3-2貧民街
クサリと獣人二人に連れられて六太が着いたところは、
第9区にある貧民街と言われる割に
キレイにされている区画だった。
建物自体は平屋がほとんどで、バラックもちらほら見える。
その中を進んでいくと、その周囲からすると珍しい
3階建ての建物が見えてくる。
「この辺りの他の建物とはちょっと違うな……」
その異質な建物がクサリと六太の目的地。
「到着ですよ。さ、ここが今
私の手がけている仕事です」
「ここって……何ですか?」
建物自体が周囲のそれと比べて大きいという特長はあるものの、
それ以外には何の変哲もない。
名探偵ではない六太にはわからなかった。
クサリは誇らしげな表情で
丸眼鏡を少しばかり持ち上げると、光が当たりきらりと反射する。
「病院でうっ」
また噛んだ。
六太は答えより、噛んだことが気になったが、
噛んだ記憶を押し流そうと、クサリが一気に説明を続ける。
「こ、この辺りは病気にかかっても
病院はもちろん満足に休む場所もありませんでした。
だから、せめて療養する場所を作って
罹患率を低下させようとしてるんです」
「財政官ってそんなこともするんだ。
もっと私腹を肥やすイメージだったんだけど」
その言葉を聞いてクサリは急に暗い顔をした。
「……確かに多くの財政官ならほとんど何もせずに
任期が満了するまで私腹を肥やすけど……
私は違います」
「……そう」
なにやら財政官という仕事に特別な思い入れが
あるような感じを、六太はクサリの様子から受ける。
『徴税』
忌み嫌われるこの行為。
しかし誰かがやらねばならず、
その役割を担っているのがガリアナ王国では
【財政官】である。
せっかく稼いだものを根こそぎ横から掻っ攫っていく
商人に取ってはモンスターより恐ろしい化け物だと人はいう。
しかし、それは一面であって、全てではない。
税金によって、衛兵も騎士も街の整備も教会の運営も
様々な王国の仕組みが支えられ、絶え間なく動き続いている。
インフラの整備だってタダでできるわけではない。
税を集めそれらを実現するのが、【財政官】の役割でもある。
ただ、徴税という行為は、別の側面みると、
巨額なお金を集め使うことができる
強い権力を持つことでもある。
だからこそ、
その職に就くものには、それなりの身分と
それなりの才能・資質が求められている。
クサリの場合は、下級貴族の出身と身分的にはギリギリながら、
超難関の財政官試験を一発で通過する頭脳を持っている。
残念ながら、下級貴族なので、
中央には残れず地方赴任を命じられてはいたが、
エリートなのは間違いない。
貴族による領地経営が廃止された現在では、
その地の『教会の長、商業の長、行政の長』の合議制で
都市の統治がされている。
そのため、形式的には彼女がこの街の代表とも言える。
ルクティの街の教会の長がいなければ
実質的にも代表なのだが━━
私クサリ・T・ファウディルルは男爵家出身の9人兄弟の末っ子。
入ったばかりのメイドに手をつけて作らせた子供。
家督を継ぐ可能性はじめからなく、他の子供達に
万一何かあった時のための保険。
己の身は己でたてなければ
ならない立場であり、
家族の誰も私に関心など示さなかった。
だけど、おかげで一人で過ごす時間がたくさんでき、
たまたま本が好きで、たまたま物覚えが良かったから、
財政官試験にも一回で合格した。
「クサリよ。
赴任先は決まったか。
決まったのなら、赴任の支度くらい
オレがやってやるぞ」
「私が一緒に付いていって
上げましょうか。
一人での生活は大変でしょう」
兄弟達は、私が財政官試験に合格すると
急に優しく何かと世話を焼こうとした。
財政官は数がほんの一握り。
それ故に多くの財政官は、
はじめはそのつもりがなくともいつの間にか
賄賂などで不正蓄財をし、一族で豪奢な生活を送る
不逞の輩が多い。
私の兄弟や親戚もそれを狙って接触してきているのは
明白だった。
でも、私はそんなことはしたくなかったから、
財政官としての給金から
これまでお世話になった分の金額に若干の謝礼を加えた額を送り、
一族との縁はきった。
兄弟達からの嫌がらせはいくつかあったが、
それも数年経った今ではもうなくなっていた。
私は形式だけの家族より、財政官という職を選んだのだ。
「おれらはクサリに感謝してるんだぜ」
「そうさな、この病院も、
孤児院も作ってくれたしな」
鹿男も蜥蜴男は
貧民街病院のスタッフルームで
六太から荷物を受け取り、それを仕分けしながら、
話している。
「そんな珍しいことなん━━」
六太が全て発言する前に、
鹿と蜥蜴男が被せるように、
「「あたりまえだろ~がっ」」
「……すみません」
反射的に謝ってしまう。
六太の顔のすぐ側まで寄ってきている
蜥蜴と鹿の顔。
怖い。こんなに間近で蜥蜴や鹿の顔を凝視したことはないのだから、
怖がるなと言う方が難しい。
「クサリだけが亜人を人と変わらず
我らのために尽力してくれた」
そこから始まり、
鹿男と蜥蜴男は交互にいかにクサリが
獣人の暮らしを良くしてくれたか。
商人から不当な扱いをされそうになった時も、
税が足りないと難癖つけられて不当な労役を課されていた時も、
彼女が守ってくれたことを切々と訴えてきた。
当のクサリはといえば、いつの間にか
スタッフルームからいなくなっている。
その後も、クサリがスタッフルームに
いつまで話しているんですか
と怒鳴り込んできたところまで延々と続いた。




