3-1国民への条件
「こ、こちらに六太さんという方はいらっしゃいますか」
「六太ならオレですが、なんのご用ですか?」
丸いレンズの眼鏡をかけた女性から六太は声をかけられる。
ここは、ルクティの街にある宿屋ファイン。
一階のフロント前。
ラノンベルヌの祭りが終わって以来、
ゴブリンハーフの申請が通るまで特にすることがなくなった六太。
ただ、宿屋の共同経営者としての肩書がついてしまったため、
ラクアに尻を叩かれながら、宿屋業を勉強中である。
そんな六太が拭き掃除に勤しんでいると、
二十代前半くらいであろう眼鏡系女子から声をかけられた。
「私、ルクティの街の財政官をしております、クサリです、はい」
「……そんなお偉い方が何のご用ですか?」
『偉い』と言われて少し頬を朱く染めて、
クサリは言う。
「そんなことないです。偉いといえば偉いですが、
私は……」
なんか落ち込ませてしまった。
六太は初対面の女性を傷付けてしまったことに
少し慌てる。
「いえ、私は庶民派でいきたいんですっ」
宣言された。
どういうこと?
六太の頭の中は疑問で満たされていた。
「ところで、何のご用で」
目の前で拳を小さく突き上げ
何かを決意しているクサリに六太は尋ねる。
「そうでした、そうでした。
六太さんっ」
「はい」
「貴方ゴブリンハーフとして国民申請されましたよね」
「ええ」
確かに六太は申請をした。
しかし、それについてなぜ財政官がやって来たのか
全く検討がつかない。
「ゴブリンハーフの方は力持ちなので、
国民として国への助力をお願いしています」
「つまり、なにか労働しないといけないと……」
そんなこと申請窓口では言われなかった。
あの受付、必要なことはちゃんと言えよ。
心の中で悪態を吐くと、それが顔に出てしまっていたようで、
六太の表情を見てクサリが困っている。
「すみません。規則なんで」
「いや、なら仕方ないですね。
ところで、具体的にはどんなことをやれば
いいんですか?」
「それはですね、ごほんっ。
私の部下として書類整理から現地視察まで色々と
手足となって働いて貰います」
「つまり色々な仕事をすると。
で、期間はどのくらいです?」
「申請が通るまで、
およそ三ヶ月弱です」
長いっ。
さくっと言われたけれど、長い。
ゴブリンハーフの扱いはよくないとは思っていたが、
それにしてもヒドイ扱い。
住む場所や日々の食事に困っていないし、
仕事は雇われる側でないから六太は対応できそうだ。
しかし、
庶民レベルの生活水準にあるゴブリンハーフなら
国民にはまずなれないだろう。
「そうですか……
わかりました、それでいつから行けばいいんですか?」
六太の返答に驚いたように、クサリは反応する。
「えっ、大丈夫なんですか?
仕事とか辞めないと
ほぼ一日拘束されたりするので」
「大丈夫ですよ、一応」
「わかりました、そこまで覚悟されているんでしたら
私も腹を括って面倒みさせてもらいまぅっ」
噛んでしまって耳の血行がよくなったらしい。
やらかしてしまったことで
「ちょっと蒸しまぅね……」
と話題を変えようとしてさらに噛み倒す。
ゴブリンハーフの申請の時に対応してくれた
窓口の男性公僕とは比べものにならないくらい
丁寧に対応してくれている。
労役のような制度にはうんざりさせられるが、
一緒に働く相手がクサリのような女性なら
それほど悪くはないだろう。
六太はラクアに事情を説明し清掃道具を片付け、
国民に意地でもなるために、財政官クサリに付いていく。
ルクティの街はガリアナ王国有数の都市である。
しかし、大きくなればなるほど、
人が集まれば集まるほど、治安も悪くなりやすい。
この街は、中心部から同心円状に広がる都市で
内に行くほどに治安が良くなっていく。
逆にこの街の第8区より外側は貧民街と
呼ばれており、犯罪の温床となっている。
「えっと、第9区に行くんですか?」
その質問にクサリは頷く。
今、六太はクサリの荷物持ちとして、
大きなリュックを背負い、両手にも手提げ袋。
重さだけでもぐったりなのに、
クサリは今から犯罪の温床である貧民街へ向かうと言う。
「あ、危なくありません?
最近誘拐もよく起きているって噂で聞きますし、
せめて護衛くらい付けた方が━━」
クサリはその六太の反応に待ってましたと得意げな顔をする。
「大丈夫」
六太に振り返り子供をあやすように優しく言う。
が、六太はなぜか、
「お、おおおおおっ」
激しい動揺をクサリに見せる。
頭上にクエッションマークを浮かべていると、
六太がクサリの背後を指差す。
「おいっ」
クサリの後ろに、身長2mはあるだろう蜥蜴と鹿の獣人が
立っていた。
二人とも筋骨隆々で、怪我の跡も顔や手にいくつも見える。
まずい逃げないと。
六太が荷物を捨てて、どうやって逃げようか考え始める。
しかし、それもすぐ終わる。
「待ってましたよ、ギュリゲさんにニバさん」
「大体時間通りだろ、クサリ」
蜥蜴の獣人の答えに少し不満気味に頬を膨らます。
クサリと出会ったばかりの六太には、
そんなかわいらしい仕草もするんだというのは発見である。
「そっちの坊主は、奴隷か?」
「違います。
私の部下として少しの間働いてくれる六太さんです」
品定めするように、獣人の二人は六太を上から下まで
観察し、
「オレは蜥蜴人族のギュリゲ。
でこっちの鹿人族がニバだ」
「クサリの部下なら貧民街に来た時は
おれらが獣人会が守ってやるから安心しろ」
獣人会。
ゴブリンハーフと大差ない程度に
同じ亜人である獣人はガリアナ王国で立場は強くない。
狼娘のラクアは第4区でしっかりした宿屋で働けたりしているが、
一般的な獣人は貧民街や冒険者として
人に比べ多めのリスクを取って生きていく必要があった。
そしてそんな獣人が多くいる貧民街。
同じような連中が集まれば、
組織としての繋がりを作る。
本当の家族ではないが、それより強く結び付く関係性の繋がりだ。
「おめーも亜人か。
そっかそっか。ならおれらの獣人会に入れてやるよ」
鹿の顔した亜人にリュックの上から背中を叩かれる。
六太は思ったより強いその力のせいで、
前に転びそうになりながらも、
愛想笑いを浮かべる。
力が強い相手とやり合えるような人間ではない。
六太は自分をそう評価していた。
とりあえず、貧民街でもそれなりに安全に
動ける目処がついた。
安全に働けるならそれ以上は考える必要はあるまい。
六太は余計な心配などせず、クサリの後ろに付いていく。




