2-17一段落
お祖母様を殺そうとした犯人は叔父だったが、
それをお祖母様は許した。
愚かなことをしたとはいえ息子だ。
殺人未遂で死罪にはできなかったのだろう。
代わりに、全ての地位と財産を没収し、裸一貫で
遠方の知人に預け、根性をたたき直してもらうらしい。
そして、ファイン商会の次期当主はライトになった。
ただ、まだ本人が若いということもあり、
当主見習いの形で、ハロルお祖母様にしごいてもらっている。
「そっか、大変だねライト君も」
ラノンベルヌの祭りの片付けを街のそこら中でしている。
そんな騒がしい街中を宿屋ファインの自室へと
ラクアとシノギ、六太は歩いていた。
ファイン家の当主争いのその後の顛末を聞きながら、
三人は宿屋ファインに到着する。
「あれっ、ハロルお祖母ちゃんじゃない?」
「うむ、何かご用事でもあるのだろうか?」
宿屋ファインの前には、メイドを背後に連れた
車椅子に座ったハロルがいた。
「ようやく来たね」
「私たちを待ってたんですか。
言ってくれれば待たせないように来たのに
ハロルお祖母ちゃん」
ラクアがそう応えると、ハロルは相好を崩す。
当主の座を一応退いて随分お変わりになられた。
シノギはハロルの笑い声を聞きながら感じる。
「はははっ、そんなこと気にすることないよ。
ラクアは私にとっても孫のようなもんさね」
ところでと、シノギにハロルが視線を向ける。
「二人にはまだ伝えてない……ようだね」
ハロルからのツッコミにシノギはどぎまぎしてしまう。
「はい。
これから伝えようと……はい」
そのやり取りを見ている六太とラクアはなんのことやら。
二人はシノギの次の言葉でやっと理解する。
「今回の件での二人への礼について伝えたい」
「そうさね。この子は二人に助けて貰って
まだお礼もしていないというじゃないか。
恩を受けてばかりでは、ファイン家の名折れだからね」
「すみません、お祖母様」
六太とラクアは互いを見つめ、
あ~ぁと頷く。
「ラクアには緊急クエストに行く前に
聞いていたが、
宿屋での働き口が欲しいでよかったか」
「うん、ゆくゆくは自分の宿屋が持ちたいからね。
でもまずは実家以外の宿屋でも勉強して、
お金も貯めたいの」
「うむ、ならば━━」
と、シノギは右手で宿屋ファインを指差し言う。
「ここで働いてはどうだろう」
「えぇっ、ここで本当に働かせてもらっていいの?」
その質問にシノギは頷く。
ラクアはキラキラした目で、古くともキレイにされている
宿屋ファインを下から見上げる。
「ありがとうシノギ、ハロルお祖母ちゃん」
「シノギや。
言葉足らずだよ」
「す、すみません」
ハロルに指摘されて、シノギは小さい子のように謝る。
「今回この店はシノギの所有にしたんだよ。
だが、この子は商売に興味がない。
それじゃ潰れちまうが、幸い宿屋をやりたい仲間と
ソルダース村の周辺で手広く商売している仲間がいる。
共同経営者として、これからも孫を支えとくれ」
ハロルから申し出は、破格のものだった。
建物や宿自体はシノギのモノとはいえ、
長い歴史のある宿の経営権は、建物の価格よりも
はるかに高い。
それをまだ若い六太やラクアに譲るのだから、
なんとも大胆な決断をシノギとそしてハロルはしていた。
「お前さんらのような
気持ちのいい子に引き継いで貰いたいからね」
ありがとう~、とハロルに抱きつき、
望外の贈り物にラクアは喜びを表現した。
「六太、お前さんには
この子をおまけに付けてやってもいいんだが」
ラクアに抱きつかれたまま、ハロルは横に立っている
シノギを指差す。
「えっ、それって━━」
六太はつい反射的にシノギの体を見てしまい
鼻の下を伸ばしてしまい、
冷たい視線がシノギとハロルから浴びせられる。
孫とお祖母様、やはりそっくりだ……
「━━なんでもないです、はい」
シノギはその言葉を聞いても厳しい視線を送り、
隣のハロルはそんなシノギを見て笑っている。
「シノギ、お前ももう少し修行が必要だね」
「そ、それはどういう……」
「鈍いね。
まったく、賞金稼ぎなんかやってるから
男の一人も捕まえられないんだよ」
たじろぎ、動揺するシノギを尻目にラクアとハグされる六太を見つめる。
「私があんたくらいの頃は、何人のボーイフレンドがいただろうね。
ユキツグさんに出会ってからは一途に尽くしたもんだが。
少しは私を見習って頑張んな」
90歳を超えるとは思えない鋭い動きでシノギのお尻を叩き、
老貴婦人は孫を元気づけるのであった。
「ひゃっ、しょ精進いたします」
孫のシノギはといえば、お尻を叩かれ変な声を出してしまう
まだまだ生娘なのであった。
六太とラクアが宿屋ファインの共同経営者になった日の夕方。
早速宿屋のスタッフへの就任挨拶をし、
まだ全てこれからではあるが、新しいスタートを二人はきっていた。
シノギはといえば、一緒に挨拶を済ませると、
冒険者ギルドのギルドマスターに
呼び出されたようで今は出かけている。
帰りはいつになるか分からないということで
それぞれ3人とも別行動を取っていた。
宿屋ファイン最上階にある
ラクア・六太・シノギ三人の共同スペースは
魔道具で明るく照らされており、
そこに置いてある机でラクアは今宿屋の帳簿を勉強中である。
六太はというと、風呂屋で一日の疲れをとり帰宅したところで、
頭から少しだが湯気がまだ上っていた。
「もう働いてんの?
凄いな」
六太は共同スペースで既に仕事を始めていたラクアに
びっくりしつつ声をかけた。
ラクアは帳簿から視線を外すことなく
六太に応える。
「一ヶ月前まではただの夢だったのが、
もう叶っちゃったんだよ。
ここで何もしないなんて
勿体なさすぎてね」
「やっぱりしっかりしてるよ。
ほんと」
六太はそういうと、机の空いている所に
脇に挟んでいた獣皮紙を置く。
「?何これ?」
ラクアはその紙を見て、六太に尋ねる。
六太は、どうぞといった手つきで
その獣皮紙を開くように勧める。
ラクアはそれを手に取ると開き、驚く。
そこには父ガイの見慣れた文字があったのだ。
「なんで……」
「まぁ、読んでよ」
ラクアは六太の言うとおりに獣皮紙の文字を
目で追う。
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六太へ
申し訳ない。
娘がムリ言ってついて行ったんだろう。
家出は母ちゃんの鼻ですぐ分かってはいたんだが、
迷惑だろうが、連れてってくれ。
俺からも頼む。
バカ娘だが、宿屋のイロハはオレと母ちゃんがばっちり仕込んだ。
どこに出してもはずかしくねぇ。
仕事を世話してくれとまでは図々しくて言えんが、
時間があったらでいい、気に掛けてやってくれ。
ガイ
追伸
バカ娘に落ち着いたら手紙を出すよう言っといてくれ
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「スルイガ村から手紙を出しておいたんだ。
余計なお世話かとは思ったけど」
「……そっか……」
その手紙の一文字一文字を噛み締める。
ラクアの中につい一ヶ月前まで一緒にいるのが当たり前だった
家族の記憶が溢れてくる。
父さん……母さん……
「あぁ━━六太のばかっ。
こんなの見せられたら、父さんと母さんの顔
見たくなっちゃう」
「自分で決めてでてきたんだろ。
せいぜい懐かしさに苦しむがいいさ」
涙が溢れ、借りてきた帳簿に落ちそうになるのを
急いで袖で拭う。
「ばかっ」
六太はニヤリと微笑むとそのまま自室に引っ込もうと扉を開けた。
それに気付いたラクアが、六太を呼び止める。
「ちょっと。
もしかして寝ようと思ってるんじゃないでしょうね」
「……そうだけど」
ラクアは共同スペースの机に備え付けられたイスに
座るように六太に手で合図する。
渋々六太は指示に従い、
「……座ったけど」
「はい、この仕入れの帳簿読んで
どんな所からどんなもの買ってるか調べて」
目の前に数冊の帳簿を置かれる。
面倒臭いという顔をラクアに向けた六太だったが、
それをラクアは一睨みして、
「やります」
黙らせた。
ちょっとやり返してやったことで、
少し気分が晴れたのか、ラクアの視線はまた帳簿上に戻る。
しかし、さっきまでのラクアとは違う。
家出同然で出来てたつもりが、
家族は応援してくれている。後顧の憂いはない。
今はとにかく目一杯頑張ろう。
ラクアはより一層の覚悟で歩み始めていた。
「……寝たい」
「ダメっ」
一方の六太には覚悟はあまりなかったりする。




