表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の成金道  作者: (ちきん)
第一章カンガール食堂と未亡人
3/59

1-2ソルダース村

少年を抱きかかえガスティは走った。

これまでの人生でこれだけ真剣に全力を出したことは

ないくらいの速度で走った。


「はぁ、ハァ、はぁ」


腕も足もぱんぱんで、はち切れそう。

20分も走り息が激しく切れるもガスティは足を前に出し続けると、

ようやく周囲の木や草の背丈が低くなる。

見慣れた建物が並んでいる。


ソルダース村へと辿り着いた。

普段の半分くらいの短い時間で、ガスティは村に戻ってきていた。


ガスティは村に辿り着くとすぐに教会へと駆け込んだ。


【【バンッ】】

「神……官さ……ま、バース神官様」


もの凄い勢いで教会の扉を押し開きガスティは飛び込んだ。


「!?」


ちょうど昼食時ということで、村唯一の神官バースは

のんびりとパンを食べていたが、

驚いて開いた口からパンの欠片が溢れ落ちるのだった。




ヨルチアの森の木材をふんだんに使い建造された教会。

その礼拝堂の隣に設けられた5人入れば一杯になる治療室は、

バース神官、狩人ガスティ、少年、その他野次馬で

人口密度はかなり高めだったが、皆がバース神官の発言を待ち

静かにしている。


「この子は死んでるね」


「で、でも呼吸はまだしてるっぺ」


「しかし、いや……確かに矢は心臓を貫いて

 心臓は動いていない」


ガスティの慌てぶりとは対照的に、

村唯一の神官であるバースは冷静にそう言った。


森で射貫いた直後こそ呆然としてしまったガスティだが、

村に戻って来るまでにも、そして今も

少年は呼吸は弱いながらもしていた。


事実バース神官も、

心臓にクリティカルヒットしている矢があるにもかかわらず、

自発呼吸している少年を確認していた。


「ん~~~」


眼前の出会うことのあまりない状況に、神官であるバースは唸っていた。


確かに心臓も止まっているようだし死んでるには違いない。

しかし、それでなんで呼吸を続けているのだろうか。

これまで体験したことのない状況にバース神官は困惑していた。


バース神官がこの村に来て10年。

村唯一の神官として着任し、村人の治療及び子供の頃に

行う職業(ジョブ)適性診断などの業務を一人で担ってきた。


森に近く、狩人も多い土地柄、

獣やモンスターに襲われた村人が突然やってくることもままあった。


しかし、そんな緊迫した状況であっても、

職業(ジョブ)神官としてのスキルを使って

慌てることなくいつも村人の治療をしてきたのだ。


神官という職業を選択してからは、

厳しいと世間で言われる訓練をなまけずに積んできた。

おかげで、それなりの経験と力を持ち、

様々な状況で臨機応変に対応できると思っていたのだが、

どうやら世の中はまだまだ広いらしい。


まいった、さっぱり分からない。

ガスティやたまたま集まってきた村人の視線を背に受けて、

バース神官は掌にじっとりと汗をかき、

どうこの状況を乗り越えようか必死に考えた。


自分が持っているスキルは、3つ。


-------------------------------------------------------------

【スキル】

 ヒール(回復魔法)

 ボケーション(職業判別魔法)

 ホーリーライト(状態正常化魔法)

-------------------------------------------------------------


とにかくできることをやるしかない。

バース神官は、全てのスキルをかけることを

試すことにした。


とりあえず、矢を抜き、傷口をヒールの魔法で塞ぐ。

ヒール程度では、小さい傷口を塞ぐくらいで、

臓器などへの重大な怪我には役に立たない。


止まっている心臓を動かすなど、

法王ですらムリだろう。

蘇生魔法など伝説でしか聞いたことがない。


続いて、何の意味があるかはわからないが

ホリーライトを唱える。

が、予想通り少年の体に変化はない。

未知の強い毒が原因であれば、

ホーリーライト程度では役に立たない。


正直この時点でバース神官の心は挫けかけていた。

神官のスキルで人の治療に使えるのは、

ヒールとホーリーライトの二つ。


それがだめなら、お手上げなのである。


後はボケーションであるが、

これは職業適性以外は年齢や身長などの

基礎的な情報が分かるだけで意味はない。

そう意味はないのだが、とりあえず唱えてみる。


やはり意味がない。

村には自分しか神官はおらず、

隣の村まで行き他の神官に意見を聞こうにも

1日は移動に時間がかかる。

そんなことしている間に目の前の少年が

呼吸を止めてしまうかもしれない。

そもそも少年が命が危ういのかどうかすらよくわかっていない。

いったいどれだけ余裕があるのかわからない。


しかし、そうはいってもこれ以上自分にできそうもない。

死んでしまうかもしれないが、様子を見るということにして、

近隣の村の神官に助力願おう。


バース神官が諦めようとした時、


「!?」


ボケーションで取得した基礎的な少年の情報に気になる部分を

見つける。

これはっ。

驚きとともに、昔座学で先生役をしてくれた大神官の

雑談を思い出し、その情報の意味を理解する。


「……どうやら、ただの人ではないようだね」


「まさか聖人様?

 それとも何か神の祝福を得ているんだっぺ?」



この世界には多くの神が存在する。

森の神、土の神、火の神、風の神、水の神といったメジャーどころから

少しランクが落ちる猫の神、性の神など八百万の神がいる。


それぞれの人間は信仰する神を選択する自由がある。

神の祝福とは

そういった信仰に対して神が稀に人へ与える恩恵である。


神の祝福で得られた恩恵は優れた【スキル】であることが多く、

多くの人が神を信仰するのもそういったスキル欲しさだったりする。


そして、聖人はその恩恵を最も強く受ける

最高峰の存在といっていいであろう。


彼らは神の寵愛を受ける存在であり、人を超えた存在である。

それを殺した者は言い伝えでは雷に打たれた、体が内側から吹っ飛んだ

など色々悲惨な目にあうとかあわないとか━━



「体が吹っ飛ぶとかは……あぁぁぁあっどうすっぺ……」


狩人ガスティの冷や汗は止まらず、その狼狽えぶりは

周囲の憐憫の情を誘った。


「いや、聖人ではないようだが、

 ゴブリンハーフだ」


バース神官はここ最近めっきり広がったおでこの

汗をタオルで拭い、そう告げた。

ようやく原因も判明し全身に纏っていた緊張感が緩む。


「どういうことだっぺ、バース神官様」


「すまんすまん。

 やっと腑に落ちたもので、詳しく説明せねばならんね。

 彼は人にしか見えないけどね、

 ゴブリンと人との間に出来た子供、ゴブリンハーフだよ。

 つまり、人の『心臓』とゴブリンとしての魔族の心臓である

 『核』の二つを持っているんだ。

 だから今回人の心臓が打ち貫かれて機能しなくなっているんだが、

 それでも今は核の方が動いているから呼吸して生きていられるんだろう」


その言葉を聞いて、ようやく治療室全体を満たしていた

張り詰めた空気が和らいだようだった。


「つまり助かったってことでいいんか……」


今ひとつ理解しきれなかったのか、ガスティはバース神官に尋ねる。


「その通りだ」


人の心臓は死んだので、ある意味助かってはいないが、

ここでわかりにくい話をする必要もないと考え、

バース神官はガスティにそう返事を返した。


空気が抜け萎んだ風船のようにガスティの体が崩れ落ちる。

野次馬連中からそこでようやく良かったという歓声が上がった。


「よかったっぺ、…ほんとによかったっぺ」


ガスティは40間際の中年のおっさんだが、

一気に十歳以上老け込んだような印象を周りに与えた。


矢で射抜かれた少年の容体にひとまず危険な状況ではないこと

がわかった。

野次馬も散っていき、バース神官と狩人ガスティは

二人治療室で一息ついていた。


「本来ならば、ゴブリンハーフは生まれることもないのだが、

 この少年は違う珍しいタイプのようだ」


「はぁ~そうなんだっぺ」


ゴブリンは魔物である。

それほど強い魔物ではないものの、彼らに捕まった

人の女性などは子供を生ませる道具にされることもあり、

非常に忌み嫌われる存在だ。


通常、人に生ませたゴブリンの子供はゴブリン以外のなにものでもない。


しかし、稀に人の容姿を持つゴブリンハーフという個体が

できることがあるらしい。

人と変わらぬ容姿と知性、それとゴブリン譲りの強い生命力を

ゴブリンハーフは持つ。


そのため、ここガリアナ王国ではゴブリンハーフが見つかった場合、

届け出るように国民に求めていた。


建て前としては国民として認めて保護しようということだが、

本音としては人の役に多少は立つだろうから

存分に使ってやろうという趣旨らしい。


「王国への届け出が必要だから、

 少年の体の回復を待って、

 ルクティの街に行くといい」


「……えっ」


ガスティはバース神官の言葉に驚いた。


なぜならルクティの街はとても遠いからだ。


ルクティの街は、ソルダース村から村を幾つか経由し、

一ヶ月程度旅をしてようやく辿りつけるガリアナ王国の東部最大の街だ。

ギルドの支部や多くの商会が集まっている。

人口も十万人以上はいると言われている。


片道一ヶ月往復で二ヶ月以上をかけて、

安全とは言い切れない街と街の間を旅するのは、

冒険者や行商でもやっていなければ通常しない。


特に、狩人ガスティのような貧乏人には

ムリもいいところなのだ。


「ルクティの街までは遠いし、

 そんな旅費はとっても払えきれないっぺ……」


「そうだろうな……

 ただゴブリンハーフは成人するまでに

 国に届け出をしなければ罰則が課されるから

 行かないわけにもいかない。

 何か方法を考えないと」


バース神官からの死刑宣告にも当たる発言を聞き、

ガスティは泣きそうな表情を浮かべる。

さすがに村の人に協力を仰ぐにも、

旅費など費用が大きすぎ返済できないだろう。


ガスティは日々の生活だけでなく新たに負うことになった

責任に押し潰れそうになっていた。


そして、そんな彼の気持ちなど今は微塵も知らず

ゴブリンハーフの少年は寝息を立てていた。


教会の外はまだ日も高く、明るい日差しの下、

森の新鮮な空気を吸って村人達が賑やかに活動していた。


少年がその音に気付き目を覚ますまでは

もう一日待たなくてはならない。

転生してきた六太の異世界での生活は、明日から始まる。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ