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異世界の成金道  作者: (ちきん)
第二章ファイン商会と女モノノフと狼娘
29/59

2-16新当主

ルクティの街に入り、その足で冒険者ギルドへ。


到着したときは昼前という時間帯で、

冒険者の多くがクエスト中らしく

ギルド内は混雑していなかった。


「ほぉ~、これはまた大きな魔石を持っていたものじゃ。

 相当手強かったじゃろう」


普段は一階に下りてくることもほとんどない

ギルドマスターが六太らの討伐部位を鑑定し始めていた。


「うむ、あたし一人では到底勝てなかった。

 強敵だ」


ギルドマスターはニヤリとしつつ、

鑑定をしていく。


緊急クエストの魔物だからわざわざギルドマスターが出てきたのか?

と六太は考えていたが、

実はギルドマスター代理の女性が外出中で仕方なくだったりする。

もちろんギルドマスター代理が外に出かけている理由は、

ギルドマスターの代わりに会議に参加するためだ。


「特に問題なしと

 報酬の準備はちと時間がかかる。

 明日にでも取りに来てくれ」


六太、シノギ、ラクアは互いに視線を交わし、

拳を合わせた。


緊急クエスト━━【ストーンベア亜種の討伐】完了



六太らは運んできた肉などを、ライトに預けて

その日は風呂屋経由のベッドで就寝。


「おやすみ」


その言葉を合図に、宿屋ファインの自室に戻ると

皆爆睡した。




ラノンベルヌの凱旋記念祭。


六太らが戻った3日後に開催された

ルクティの街が一年で最も賑やかになる日。


主催者の一人であるファイン商会の当主ハロル・ファインは、

毎年恒例になっている開催の乾杯の音頭をとる。


街の広場に設置されたメインステージで、

皆がそれぞれ手に持った酒や果汁の入ったコップやグラスを高らかに上げ、


【【【【【【英雄ラノンベルヌと仲間達の活躍に乾杯】】】】】】


ハロルの声に続き

ステージ下で祭りの開催を待ちわびていた数千人はいるであろう

人々が叫んだ。


皆が各々飲物に口をつけ飲み干す。

飲み干せば、それぞれが目当ての屋台や催し物へと

向かっていく。


祭りのスタートだ。



メインステージでも音頭をとっていたハロルが、

群衆の様子を見てから果汁の入ったグラスに口をつける。


「!?」


ステージのそででシノギについて来ていたラクアも

乾杯してグラスを口に付けようとしたところで止まり、

駆け出した。


ラクアが10m近く前方に飛んだ。


「だめっ」


獣人ならでは優れた身体能力は、

声を上げた次の瞬間にはその身をハロルの元へと移動させた。


当主の側で控えていた護衛すら一瞬遅れる。


狼娘はハロルのグラスを奪い取る。

が、すぐに近くの護衛に押さえられる。


何事かとステージ近くにいた人達がその光景に驚き注目する。

しかし、大半の人は、それぞれの祭りに忙しく気にも留めていない様子。


頭を床に押しつけられ、ラクアは呻き声を上げるが、


「離せっ」


シノギが護衛の男二人を横から押しのけラクアを解放させる。


「どうした?」


ラクアにかけられたシノギの言葉には、

ラクアがハロルを襲おうとしたのではないかという

疑いは一片もなかった。


「ごほっ……これ…ユブィリア草の毒の匂いがする」


その言葉が聞こえたハロルの側でどよめきが起こる。


ユブィリア草は、多年草の植物で、

その形態はポーションの材料に使うカルア草に非常に類似している。

しかし、効能自体に類似性はなく、

逆にユブィリア草は毒性が非常に強い。

吐き気、腹痛、けいれんなどの症状を起し、

呼吸困難で摂取後半時もかからずに命を奪う。


「なぜそんなものが……」


驚きを隠せないシノギは、視界の端に

違和感を感じる。


一人おかしな挙動の奴がいる。

わき汗が尋常でないし、顔には玉の汗。


「そうか、ありがとうラクア。

 よくわかった」


ハロル・ファインもシノギの視線の先に気付く。

視線を向けられた叔父は

引き攣った笑いで硬直していた。






ラノンベルヌの凱旋記念祭が開幕し、

直後にハロルが暗殺されかかるという事件が起きる一日前。



ファイン家の所有する建物の一室に

一族が再び集められた。


もちろん、次期当主について現当主ハロルが召集したのだ。


今回次期当主に名乗りを上げたのは、二人。


シノギの【叔父】とシノギの弟【ライト】である。


それ以外の者は傍観者として、次期当主に睨まれないように

できる限り態度を明確にしていない。

曖昧さで無用な争いを避けた結果、シノギらへの妨害も

軽微で済んでいた。


「お母様、次期当主の大役は私が承りましょう」


そう告げると、後ろから部下らしき男が、

1000万ジェジェ分のヨルム金貨と人形を持ってくる。


ヨルム金貨は100枚をピラミッド状に重ねられており、

整然とされ黄金色に輝いている様は

金貨を見慣れている大商会の一員でも知らず知らず声を漏らしてしまう。


ただ、重ねてみても1000万ジェジェという額面は変わらないので、

ハロルにしてみればムダなことをいう評価でしかない。

そこは叔父の趣味の問題で、譲れなかったようだ。


一方人形はといえば、『槍の神』の形を模した古びた人形だ。


「いかがでしょうか」


叔父は、鼻の下に生やした髭を左右ともに上に向かってセットした

カイゼル髭を指でなぞり、満面の笑みを浮かべている。


冒険者を数十人も雇って探させたのに、なんの結果も出しやがらない。

叔父ははらわたが煮えくり返る想いだったが、

手に入らなかったがハロルには通じないとも考えていた。


そこで、推察する。


誰が作った人形なのか。

そこがどんな形の人形なのか。

細部まで再現することはできないだろうが、

耄碌している人間を騙す程度には作れるだろうと、

叔父は踏んでいた。


作ったのはどうせハロルであろう。

そして人形を作るということは、

なんらかの神を模して作ることが一般的であり、

子供が武芸特に槍で名を馳せた父親に渡すなら『槍の神』。

叔父は己の考えに従い、十人以上の子供に『槍の神』を模した

人形を作らせる。

そして縫い物が得意でない母親のハロルが幼き日に作りそうな

出来の宜しくない人形を選んで、古びた感じに細工した。


叔父はハロルの反応に内心ドキドキしながら観察する。


「そう」


特になんの感情もないように、ハロルは一瞥した。



「それでは次は私ライトが用意したものをご覧ください」


ハロルの表情を十分に観察できなかったこと、

そして成人して間もない若造に苛立っていた。


その若造である、ライトが前に出てくると、

後ろからは1000万ジェジェ分のヨルム金貨を

小汚い袋に入れたままシノギが持ってくる。


「人前に出すんだ。

 並べるくらい気を遣えよ」


叔父の派閥からのヤジが飛ぶ。

しかし、ハロルがいる手前、叔父の制止により

場は再び静かになった。


ストーンベアの素材を換金するのがぎりぎりまでかかってしまい、

急いで持ってきたので、シノギ達に並べている暇はなかった。



ライトがシノギらを信じ事前に売却先との交渉をしていたので、

すぐに換金できたもの、

150万ジェジェ程度足りない状況。


もう方法がないとライトの店で皆途方に暮れていると、

ルクティのギルドマスターがやって来てシノギに


「お主、ちょっとワシが作る

 若手育成のためのパーティーに入って

 いくつか依頼受けてみんか?

 入るなら、色々支度金くらいは出すぞい」


と都合のいい話を持ってきた。

シノギは六太の専属護衛の約束はあったが、

六太本人が構わないと言ったこともあり、

シノギは200万ジェジェの支度金を貰ってその提案を飲み、

やっと1000万ジェジェの大金を用意できたのだ。



そして、シノギは金貨の入った袋をハロルの前にある机に置くと、

今度はポケットから人形を取り出す。


ラクアが森で見つけた人形である。


洗ったためか汚れはなく、劣化もない。

新品のような人形である。

ただ、その形状が不細工で、

何の人形かもよくわからない。


ただ、それとは不釣り合いに

神々しさすら感じる存在感があった。


「ぷっ、なんだその人形。この場所で悪ふざけるのはよしなさい。

 ライト君もこれから商人としてのキャリアを

 積みたいならそういう行動は慎みたまえ」


叔父は笑いを堪えられず、ついライトに忠告してしまった。


すると、周囲の空気が変わったのに、叔父が気付く。

冷汗をかきつつ、その空気の中心にいるハロルの方を

叔父はゆっくり向く。


「それが本物であることわけが……」


雰囲気にのまれ言葉を続けられず叔父は黙った。


老婦人は車椅子からゆっくりと立ち上がり、

シノギの元まで行く。

シノギから人形を受け取ると、

ついさっきまでのゴブリンを視線だけで殺せそうな目差しを

優しくし、その小さくブサイクな人形を両手で包み込む。


「お母……様?」


叔父は幼少時以来見たことがなかった

ハロルの優しい表情に驚く。


しかし叔父の驚きはこれで終わらなかった。

『鉄の老貴婦人』と言われたハロルの目から

涙が溢れ落ちたのだから。


「!?」


叔父だけでなく、シノギやライトを含む

皆がその光景に驚きを隠せなかった。


「この人形はね、

私がお父様に上げたのよ」


その人形のお尻には

ラノンベルヌの名前が記されている。


その部分をなぞりながら、涙を流すハロルの顔は

笑っているようにも見えた。


「お父様は、字も下手なんだから」


涙をハンカチで拭うと、一呼吸して老貴婦人は宣言する。


「これは確かにラノンベルヌが

 持っていたもので間違いありません」


「なぜ、何を根拠にそんな」


叔父は慌ててハロルに尋ねる。


「なぜって、自分で作ったものかそうでないか

 分からない程に私は呆けていません」


「し、しかしこれは『槍の神』には見えません。

 やはり勘違いされているのではないですか」


これが本物となってしまえば、次期当主は自分でなくなるから、

叔父も必死だ。


「誰が『槍の神』と言いました。

 これは命をつかさどる『世界樹の神』を模したものです。

 まぁ出来は悪いですがね」


ハロルの言葉に目を見開く叔父。


「戦場から無事帰れるようにと

 渡したものですから」


叔父は己の企みが失敗したことを覚り、

ハロルからの視線を避けるように顔を背け、

肩を落とす。


「ありがとう、シノギ、ライト。

 大変だったでしょ」


「いいえ、お祖母様。

 仲間が力を貸してくれたおかげです。

 あたしは何も大したことはしていません」


「いい仲間を持てたみたいだね」


「ええ、信頼できる仲間です」


シノギは後ろにいる六太とラクアを見てから

ハロルの目をまっすぐ正面から捉え

そう言い切った。


「当主はライトでよろしいですか?」


「あなたはいいの?」


「私は武の道に生きると決めたので

 それに当主の器ではありません」


「そうね、あなたは私のお父様に似ているから

 商売には向かないはね。

 それに既に居場所は決めたみたいだし」


「お、お祖母様っ」


ハロルはイタズラなまなざしでシノギの後ろに控えている六太を見る。

さっきまでの凛とした雰囲気はどこへやら、

シノギは慌てふためいている。


それを見て笑う老貴婦人には、

大商会の当主ではなく、孫を見る優しいまなざしがあった。





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