2-15激闘
双子岩の所まで下りてくると、
今まさに最後の一人の冒険者がストーンベアの
打撃を受け木に叩き付けられたところであった。
その冒険者が地面へとゆっくり倒れ臥すタイミングで、
シノギとラクアが動いた。
あっという間にストーンベアの背後に接近すると、
振り向かせる間を与えずに
一足飛びに駆け寄り左右の足をそれぞれ薙ぎ払った。
野性の勘で避けられるのでは?という六太の疑念を払拭するように、
見事ストーンベアの左右の膝裏に傷を負わせることに成功した。
「「「「グゥブォオォッッ」」」」
体が揺らぎ、苦痛の叫び声をあげるストーンベア。
十分離れているにもかかわらず
その声は六太の体を揺さ振る。
なんとか体が硬直してしまうことは避けられたが、
近づけない。恐怖感を与えるには十分だった。
しかし、それも想定済み。
モンスター討伐初心者のラクアは一旦ストーンベア
から距離をとる。
初撃こそ魔物に触れる所まで近づいたが、
初心者が何度も近づくには、
心が削れすぎる。
六太は投石ロープで、野球ボール大の石を
ちまちま顔目がけて投げ始める。
ラクアも薙刀をしまい、弓でシノギの援護をする。
『どう?』
『ダメ。私たちの麻痺攻撃は
あいつには通らないみたい』
六太は相棒のシビレネズミのミミーに
麻痺攻撃をトライさせていたが、
どうやらあまり芳しくない結果らしい。
ほぼ家みたいな相手だから
効かなくても仕方なしか……
残念な結果ではあるものの、
戦闘中の今は落ち込んでる暇はない。
六太は少しでもストーンベアの意識がシノギばかりに向かないように
地味に石を投げ続ける。
「(うむ、こいつは強敵だっ)」
シノギは初撃により相手の機動力を
大分削れたこともあり、
多少の余裕を持って
ストーンベアと対峙していた。
【鋭い爪と剛力で相手を叩き付ける攻撃】
【接近した時の噛みつき攻撃】
【プレス攻撃】
【岩を投げつける攻撃】
先ほどの冒険者の闘いを観察して
このストーンベアの攻撃は4パターン見つけた。
冒険者ギルドで調べた結果と同じ。悪くない。
目の前のストーンベアが鋭い爪での攻撃を繰り出す。
大振りなその攻撃をシノギは躱し、
槍での攻撃を足元に集中させていく。
この狩りは成功する。
シノギに油断するつもりはなかったが、
初撃からここまでは想定以上に順調だった。
ただ、六太はシノギのような余裕はなかった。
事前の調査で
攻撃パターンがおおよそ分かっていたので、
なんとかなるだろうとは考えていた。
しかし、いざ対面してみると、
そんなのはほんの一瞬で間違いだと気付く。
一撃必殺。
言葉にしてみると大したことではないが、
殴られたら即死である。
それで萎縮せず動けるほど、
六太は訓練されておらず、
正直、早く500mはこのモンスターから
離れたいという気持ちで一杯だ。
は、早く倒して、シノギ……
完全に戦意喪失している六太であった。
慢心しないと言い切るほど、経験を過信しない。
その程度のことが分かるくらいには死戦をくぐってきた。
そうシノギは思っていた。
しかし、順調しすぎるこの闘いの中で、
微かな、それでいて命取りになりかねない
己の慢心に気づけないでいた。
時として、強力な魔物は奥の手を隠し持っており、
それが状況を一変させうる。
この当たり前のことへのシノギの認識が、
ほんの少しだけ甘くなっていた。
シノギの槍によりかなりの傷を負ったストーンベアは、
周囲の岩をプリンのように掬って、
辺りに散弾銃のようにぶん投げくる。
ここまでなら、通常の攻撃でしかない。
シノギの攻撃は止まらない。
ただ、その岩が近くの木に当たって砕け軌道が変わった。
こぶし大の岩でラクアの頭にあたり気絶する。
「きゃっ」
その悲鳴を聞き、シノギの中に不安が出てくる。
それでもシノギは自分が優先すべきことは忘れない。
今自分がすることは常にストーンベアの意識を引くこと。
予め六太という回復役も用意していたのいだし、
ラクアが今すぐに危ないということはない。
シノギは心のほんの一部を占めている不安な思いを追い出す。
ストーンベアの猛攻は依然として続いていたが、
既に体中に傷を負い、致命傷までもう一歩いうところまで、
シノギは追い詰めていた。
「「「ギィグアァオォッ」」」
シノギのさらなる一撃が、ストーンベアの片目を潰した。
視界の半減、両足の深い傷、首や関節から流れる夥しい血。
ストーンベアに命の危機がまさに迫った。
その時、ストーンベアは口を大きく開ける。
噛みつき攻撃かと思い、シノギがバックステップ。
距離をとった。
「!?」
シノギの予想に反し、
ストーンベアは『毒』を吐いたのだ。
その毒をシノギはなんとか避けたが、
たまたま後ろに放置されていた冒険者の遺体に当たる。
すると、見る間に遺体は石になってしまった。
【石化毒】
石化毒は生物なら1分もかからずに
石にし、数分で命を奪う。
回復させるには、神官のスキルによる治療か
専用のポーションが必要となる厄介しろモノでもある。
幸い今回六太が用意した大量のポーションの中に
石化専用のポーションが人数分だけではある。
しかし、怪力の魔物の前で動けなくなって、
砕かれずにポーションで治せるかは難しいところだ。
石化毒が外れたことに腹を立てたストーンベアは、
今度は己の体の岩のような部分をもぎ取り、投げた。
知っているパターンの攻撃だったが、
岩を取ってから投げるまでの速度が早く
シノギはしっかりと避けられなかった。
シノギは肩に岩を掠らせ、
そのままの勢いで地面に激突してしまう。
六太はラクアが岩にぶつかってすぐに
己の責務を果たしていた。
せっかく持ってきたポーションの出番である。
ラクアは頭だけでなく、
腕でも岩を受けていたようで、
両方からかなり出血していた。
六太は知り合いの血だらけの姿に
少し顔を青ざめさせながらも
「大丈夫だ、きっと大丈夫……」
とポーションを傷口にかけてやる。
すると、血こそ消えなかったが、
傷口はみるみるうちに塞がった。
苦痛の表情もラクアの顔から消えた。
「……よし」
ただ、それでも意識は戻っていない。
若干の戦力ダウンではあるものの、
元々六太のパーティーでは、
シノギが戦力の大半である。
彼女さえ無事なら可能性はまだ残る。
六太はラクアの治療を済ませると、
周囲に落ちているストーンベアが投げた岩の欠片を拾って、
また投げ始めた。
「やっ」
3投目を投げたところで、六太は凍りつく。
ストーンベアが急に何かを吐いたのだ。
こんな攻撃パターンは冒険者ギルドでも情報がなかったし、
さっきの5人組の冒険者との戦闘でもなかった。
しかも、吐いたものが当たったところは、
石みたいになっている。
石化専用のポーション持ってきてよかった。
六太が安堵していると、
今度はストーンベアが腹の岩を毟り取って投げている。
最悪なことに、それがシノギの肩に直撃し、
彼女はそのまま地面に激突したのだ。
「やばいっ」
という言葉を発するのと同時に
六太の体は動いていた。
目の前のシノギはゆっくりと立ち上がろうとしているが、
ストーンベアは口をまた大きく開け始める。
石化毒かっ、
と六太は判断しシノギの元へと急ぐ。
「「「ガハァッ」」」
というストーンベアの声帯から漏れる音と一緒に
石化毒がシノギに飛ばされた。
「!!」
シノギは何とか体を持ち上げたところで、
ストーンベアからまさに飛んでくる石化毒に気付いた。
シノギは戦慄する暇もなく、
「「「バシャッ」」」
その音と共に石化毒が当たった。
━━六太に
そこで初めてシノギは六太が走って来ていたことを知り、
そして彼の体が壁となり石化毒を防いでくれたことに気付いた。
「……六太」
六太は必死に走っていた。
恐いとかどうとかではなく、
とにかく彼女とストーンベアの間に入ろうとだけ考え、
他の思考は全て捨てて走った。
おかげで石化毒をシノギが受ける前に
オレの体で受け止められた。
「うっ」
ストーンベアから吐き出された石化毒は、
痛みこそ少なかった。
良かった。
唖然とするシノギが六太の目の前にいた。
「任せたから」
キメ顔で言う。
六太のその発言で、正気をシノギは取り戻す。
シノギの戦闘不能は避けられたが、
肩の怪我で通常時よりはるかに槍の威力は落ちている。
現状このままでは六太らが全滅するのは時間の問題といえた。
このクエストは、モンスターを討伐するため戦闘が必須の案件。
チームの戦闘力のほぼ全てをシノギに任せることになるが、
だからこそ危険が大きいと六太は出発前に考えていた。
そこで、出発前に一つの保険をかけておいた。
シノギが確実にモンスターを討伐し、
皆で無事にこの街に生きて戻れるように。
そう、【ポーション】だ。
前世の日本国にはない
ファンタジー要素満タンのものがあった。
魔力が世界に充ちているからこそ
できるアイテムだとか。
安い回復ポーションは、初心者の冒険者には
マストアイテムらしい。
簡単に怪我を治せるから便利なのだ。
だから、六太はバッグに状態異常に効くものも含め
たくさんのポーションを背負って運んでいた。
そして、その中でも
隠し球を一つだけ用意していた。
【回復ポーション(上)】
六太のような弱い者でも使えるお金という
武器を使い、金貨2枚を出して購入したもの。
万一のための緊急資金として
下着に縫い付けて持ち歩いていた金貨を使ってやりました。
これで六太の財布は本当にスッカラカンになった。
実際に文無しになってからのドキドキは半端なかったが、
六太は間違いではなかったと思っていた。
六太は石化毒が直撃した右半身から徐々に固まり始めているのを
感じながら、左手で懐の『ポーション【上】』を取り出す。
蓋を抜いて、
石化の進む重い体の最後の力を振り絞ってシノギの肩に振りかけた。
「「パシャッ」」
水がぶつかる小さな音が命中。
「(外れなくてよかった……)」
石化で動かなくなった口の代わりに
心で呟いて、六太の意識は途切れた。
力が戻ってくる。
ストーンベアの攻撃を喰らい、
無様にも地面に這いつくばった。
肩をやられて、仲間が全員殺されかねない状況にした。
気を失っているラクア、戦力にはならない六太。
彼らが逃げるだけの時間も
怪我した状態で稼げるかも怪しかった。
「(情けない……)」
シノギは己の不甲斐なさに失望していた。
「(それに比べて……)」
シノギの視線の先には、気絶しているラクア。
そして自分の壁となってくれ石化した六太。
シノギは三度驚かせられた。
一度目は、ラクアの初撃が躊躇のないものだったこと。
二度目は、ストーンベアが自らの体の一部を投げつけてきたこと。
そして
三度目は、ストーンベアの石化毒の攻撃を
チーム最弱の六太が身を挺して防いでくれたこと。
しかもポーションでの治療のおまけ付きである。
ラクアも六太も二人とも
出会って一ヶ月にも満たないあたしを信頼し命を張ってくれた。
このチームを組んだとき、シノギは無理矢理引き込んでおいて勝手だが、
荷物持ち程度にしか二人のことは考えていなかった。
自分になにかあった時に二人がどうなるかなど
ほとんど気にも留めていなかった。
それが、
二人のおかげで『人形』も見つかり、
魔物と対峙してもからも助けられた。
「(情けない。
それ以上に恥ずかしい。
己一人でやれると思っていたことが)」
シノギには弛まず腕を磨き続ける才があった。
そして、武の才もあった。
我流にもかかわらず、
ルクティの街で同世代に自分より武芸で優れている者はいなかった。
ライバルと呼ばれた人物が出てきたとしても、
そう時間はかからずに相手は格下になっていた。
そして、15歳で成人するころには、
大人相手でも負けることはまずなかった。
本当に強い冒険者などは相手にしなかったということもあるかもしれないが、
凡庸な冒険者などの大人に後れはとらなかった。
勘違い。
一人で闘い続け勝ってきた結果、
もっと多い人数なら負けるわけがないという勘違い。
信頼してくれる仲間とパーティーを組み、
彼らをリスクの高い戦場に引っ張り出し傷付けた、
今だからかもしれないが、あたしでもわかる。
これまでの人生を武芸のみに捧げていたのに、この体たらく。
己の不甲斐なさで逃げ出したい気分だが、
せめて仲間がお膳立てしてくれたこの状況には決着をつける。
手許にある、ラノンベルヌの聖槍。
自分が持っているのは、ただ彼の子孫であるという
それだけの理由。
決して実力を認められたわけではない。
それでハロルお祖母様からいただいたこの槍で闘い
仲間を失うのは許されない。
負けられない。
シノギは不退転の決意で臨む。
痛みで動かせなくなっていた肩も
六太のポーション【上】で今は自在に動く。
跪いた状態から槍を掴み直して
シノギはストーンベアを瞬きひとつせず見つめる。
ストーンベアがこちらへの敵意をむき出しにし、
次の攻撃へと移ろうとしていた。
その消耗具合は酷く、かなり弱っているのは明らかだったが、
闘志に限っていえば、この闘いで最も強く燃え上がっているようだ。
シノギは立ち上がると、
対峙する相手を超える闘志を燃やす。
しかし、全くそれを外に漏らすことなく、
静かに佇んでみせた。
「!?」
ストーンベアは攻撃の動作を始めようとしたが、
眼前で始まった変化に動きを止めてしまう。
このとき、この場で彼女を見ることができるものがいれば、
驚いたことだろう。
光がシノギを包み込んだ。
滅多に見ることのできない現象。
「神の祝福」を得た結果である。
シノギの信仰する『槍の神』の気まぐれか。
はたまたシノギの武芸への思いが導いた必然か。
「うむ、力が溢れてくる」
自分を突然包む光だったが、その光は心地いい。
そして、何が起きたも光と同時に受け取っていた。
彼女の中に力が湧く。まだ経験したことのない力。
そしてそれで何ができるのかもシノギには理解できていたし、
生まれた時から知っていたように感じられる。
手に握られている槍の中に神経が通っていき、
魔力が通っていき、
それはシノギの体の一部のように感じられる。
「では参る」
シノギの姿が消える。
シノギとストーンベアの距離は10m弱。
足から地面に伝わる猛烈な力は
シノギの体をストーンベアの元に最速で届ける。
【【【【【聖なる三連穿孔撃(トライアスパスウェイ)】】】】
ストーンベアに認識させる刹那すら与えぬ神速ともいえる速さで、
槍をくり出した。
槍が音を置き去りにして、シノギはストーンベアの前で止まる。
次の瞬間目の前に迫って来たシノギに向けて
ストーンベアは腕を振り上げた。
【【【ボボボンッ】】】
鈍い音が三つ響くと、
ストーンベアの硬い頭部に三つの穴ができており、
顔をほぼ吹っ飛ばした。
そして、巨体の後ろにあった双子岩の上部に
三つの穴が出ている。
シノギの目の前のストーンベアが崩れ落ちると、
ついさっきまでは見ることができなかった
岩の後ろの景色がそこから見える状態になっていた。
シノギはストーンベアが完全に沈黙したことを確認すると、
急いで石化毒用のポーションを取りに走る。
まだ眠っているラクアの側にあるバッグから捜し出すと、
すぐにキメ顔で固まっている六太の元へ。
キュぽっ、と栓を抜くと、全身に満遍なく
ポーションをかけていく。
「んっんんっ、あれっ終わったの?」
1分も経たない内に六太の体を覆い尽くしていた石は
剥がれ落ちて六太は普段と変わらぬ状態に。
「うむ、終わった。
助かったぞ、ポーションも」
「おぉ」
六太はシノギのその言葉にこそばゆく感じながらも
返事をする。
シノギはラクアを起しに行き、
目覚めさせると、ストーンベアの解体を始める。
さすがに5mはあると思われる巨体は
3人で運ぶには量が多すぎた。
しかし、運がいいことに、
六太らの前に闘っていた5人の内
3人がポーションで回復することができた。
そのうち仲間の遺体を担がない1人に協力をしてもらい、
魔物の部位で高額取引される部位だけは
全て運ぶことができた。
帰り道ははしゃぎたい気分も六太らにはあったが、
仲間を失った3人の冒険者達の悲痛な面持ちの前では
躊躇われた。




