2-12出発
冒険者ギルドでクエストを受けるには、冒険者になる必要がある。
クエストの性質上、危険は常にあるためギルド会員になるには
少なくとも15歳以上つまり成人していることが求められる。
「……なれるんですか」
ところが、14歳でも六太はギルド会員になれた。14歳なのに………
「ええ、貴方はゴブリンハーフなので
年齢規定はないんです」
六太に冒険者ギルドの女性受付がそう教えてくれる。
ゴブリンハーフは人とは扱いが違うらしい……。
現在は亜人もそれなりに扱われるがあるガリアナ王国であるが、
人に比べれば扱いはかなり雑である。
前例として
5歳のゴブリンハーフが冒険者と働いていたという
事実もあったらしい。
差別です。種族差別反対。
六太は心の中でシュプレヒコールの妄想に取り憑かれるも、
「早く書け」
シノギに促されて、ちゃちゃっと
ギルド会員の登録用紙にある各項目を埋めていく。
隣のラクアは六太より先に登録が完了した様子。
彼女もシノギに頼まれてクエストの手伝いをすることになっていた。
六太より身体能力も危機察知能力も優れているのだから
誘われても不思議ではない。
むしろ、勧誘の優先順位はどう考えても狼娘ラクア優先である。
がっくりである。
「ちょっ、見んなよっ」
まだ書き終わらない六太の後ろから
シノギとラクアが覗き込んでくる。
「職業……ないんだな」
憐れみの視線を二人揃って六太に投げかけてくる。
ふん。無職だってお金も不動産も一杯なんだから……
でも無職……ぐすんっ
二人の手が六太の肩に手を乗せられ、
「……強く生きろ……」
シノギのその言葉に、ラクアも頷く。
涙目になりそうなところを堪え、六太は残りの空欄を埋め、
ギルドの女性受付に提出する。
「(またパーティーを組むことになるとはな)」
シノギの視線の先では、
六太とラクアがギルドカードを渡されている。
最後に、個人ごとに違うという魔力の指紋である【魔力紋】を
ギルドカードに登録すれば、登録作業は完了である。
シノギは自分から六太とラクアを巻き込んでしまったが、
果たして良かったのかといまさら自己嫌悪していた。
シノギが一人でやっていこうと決めたのは、
冒険者になって割とすぐだった。
強さに真剣に取り組むあまり、修行僧のように生きてきたこともあり、
クエスト後に酒を浴びる程飲んでハメを外したり、
むやみに力を使う多くの冒険者の振る舞いに苦言を呈することもしばしば。
そのせいで、せっかく組んだパーティーでは
いつものようにケンカしていた。
加えて、シノギの出自は
冒険者の中では異質な部類に該当していた。
「金持ちのお嬢様が道楽でやってんだろ。
こっちは生きるためにやってんだ。
口出すんじゃねぇ」
「道楽ではない。
そもそも貴様らのようなぬるい連中に言われたくないっ」
シノギは槍聖ラノンベルヌの子孫で、
大商会のファイン家の人間でもある。
そんないいとこの女が冒険者を気取れば、
これから一旗揚げようとするギルド会員連中には面白くない。
利用しようとする奴らはいたが、
それすら長くパーティーを組んでいられなかった。
シノギは気を遣われたお客様待遇を甘んじて受けられるほど
人間ができていなかった。
結局シノギは一人で冒険者をやるようになった。
しかし、それでも人生は面白い。
冒険者でもない連中とパーティーを組むのだ。
何があるか分からないな、とシノギは独りごちた。
シノギが感慨にふけっている内に
六太とラクアはそれぞれのギルドカードを
弄びながらシノギの方へと歩いてくる。
「これでオレも冒険者かぁ~」
「光沢があってギルドのカードってキレイ。
何でできてるのかしら」
二人とも新しく手に入れたカードを愉しげに見つめていると、
「「「バンっ」」」
冒険の受付の後ろにある扉が勢いよく開かれた。
なにごとかとギルド内の視線が集まる。
そこには女性が立っていた。
ギルドマスター代理を努める人物であった。
その女性は皆の注目が集まっていることを確認した上で、
冒険者ギルドの吹き抜けのある広い空間に声を響かせた。
「緊急クエストです。
森にストーンベアが出ましたッ」
おぉッ、とざわつく場内。
ストーンベアはヨルチアの森に生息する熊の一種で
体長2mから大きいモノで3m。
灰色の毛と分厚く硬い皮下脂肪に覆われ、圧倒的な膂力から
繰り出される一撃は、人など容易く絶命させる魔物である。
そのため、その討伐はD~Eランクのハンターに依頼される
上級ハンター向けと言われている。
「成功報酬は、150万ジェジェ。
ストーンベアにしてはかなり高いな」
ギルドマスター代理から行われる詳細な説明に、
掲示板の側に立っている無骨な冒険者が反応する。
「通常より大きいサイズ、4m以上あると報告を受けています。
亜種の可能性が高いので、この金額となっています」
この魔物の最大の特徴は、
おでこ、掌、腹回りに岩のように硬い部位を持っており、
それによる頭突き、掌底、ボディプレスが人をミンチにするのだ。
「残念ながら、既にDランクのハンターを含む20人以上の冒険者が
殺されていますので、強さも金額に考慮されていると考えて下さい」
しかし、それらの肉は、
8級食材でも最高ランクに位置する。
特に岩のように硬い部分の内側の肉は、
とろけるような食感は絶品といわれており、
高値で取引されている。
「以上より、
今回の討伐依頼は
ハンターランクはD以上のパーティーに限らせていただきます」
ギルドマスター代理の女性はそこで説明を終えると、
手に持っていた依頼内容の紙を女性受付に渡す。
渡された女性は緊急クエスト専用の掲示板スペースに
その紙を貼り付けると同時に、
何組かの冒険者パーティーがクエストを受注しに受付に向かった。
冒険者パーティーのランクは、リーダーのハンターランクによる。
そのため、現状シノギをリーダーとするパーティーのハンターランクは、
『F』だ。
『残念………受けられない。やったっ』
『いやいや六太。
喜んでるけど、代わりにどうやって稼ぐの?
考えてる?』
六太が危険なクエストを受けなくて済みそうなことに
短絡的に喜び出すと、
懐に隠れている相棒のミミーに注意される。
『そうだった……』
代替案を考えねばと六太が頭を悩ませ始めた。
そんな六太を尻目に、
シノギは受付でクエストを受注する。
「?」
シノギの行動を疑問に思った六太とラクアは、
受付のシノギに近づき、提出された申請書を覗き込む。
ハンターランク:『 D 』
シノギのハンターランクは上がっていた。
六太を襲った賊を撃退したことによるポイントが非常に大きく、
また六太の護衛やそれ以前に急ぎ行っていたクエストの実績が
積み上がり、ランクが2つも上がってしまったようだ。
これで代替案を考える必要はなくなった……
しかし、確実に命の危険を孕む仕事をすることになった六太は
複雑な思いで受注が完了するのを見ていた。
ラクアもオレもモンスター退治など初めてである。
それゆえ、魔物と積極的に闘うための武器も防具もなく、
森に出かける前に装備を整える必要に迫られていた。
六太は剣など一応ソルダース村で買ってはいたが、
実際に使えるかといえば使えない。
お守り程度に、気休め程度に持っているだけ。
ラクアに至っては最低限生活できる程度の荷物しか
持って来ていないのだから、武器などあるわけがない。
しかし、今回のクエストにおいてはそのままというわけにはいかない。
パーティー内で役に立たないと意味がない。
シノギが前衛。
これだけが決まっている状態だったので、
皆で話し合い、
ラクアと六太は後衛をすることになった。
ただし、ラクアについては、
運動能力も高くや神の祝福も持っているということで、
機を見て敵へ接近しての遊撃もすることに。
六太の場合、同じように動くと
あっさり死ぬ可能性が飛躍的に高くなるため、
後衛の位置から前に出ないことでパーティーの構成は決まった。
武器や防具はシノギが予備を含め、
自分では使わないモノをたくさん持っていたので、
そこから選ぶことになった。
六太は、投石ロープに、大量のポーションを運ぶためのバッグ。
ラクアは、弓と薙刀。
完全に戦力ではなく、支援要員になった六太。
しかし、それでも初の冒険者のお仕事。
かなりガチガチになっていると、同じ初心者のラクアに、
「冒険って、なんかわくわくするね」
笑顔で言われる。
ラクアを見ると、それほど特に緊張していない様子。
これだから、まったく狼娘は。
六太はそののほほんとした雰囲気にあてられて、
少し緊張が緩む。
2階の窓に一飛びで入ってこれる身体能力
があれば問題ないのかもしれないが、
一番は自然体な本人の性格かもしれない。
「うむ、準備はこれでいいだろう。
行こう」
シノギは皆の準備が終わったことを確認すると、
荷物置き場となっている部屋を後にする。
そして、六太らはルクティの街から
ラノンベルヌの森へと出発した。




