2-10後継者
シノギの荷物を片付けると、その部屋は
晴れて六太のものとなった。
最上階の部屋だけあって、窓から見える景色は
絶景かな。
六太は下界を見渡し、ほくそ笑む。
「人がゴミのようだ……」
思ったより安く拠点の確保ができた。
ただ、毎月お金が出るばかりの賃貸では、
自称「不動産王(笑)」としては不満が残る。
故に、次は物件の購入を検討しよう。
六太は新たな目標を立て、
「まあ、今はこれでいいか」
と、まだ本気は出さずに休むことにした。
ここから風呂屋までは徒歩一分。
食べ物や生活関連の商品を売っているところも
近くにあり便利。
自分の今ある状況を楽しもう。
まずはひとっ風呂。
替えの下着を荷物から引っ張り出し準備を六太は始めた。
「おいっ」
変換中にノックなしで扉が開かれた。
「(ちょっとちょっと、もし、あれしてたら、どうすんの、
どうすんのよ。お互い気まずいでしょ、シノギさん。
ノックくらいしてくださいよ)」
「お前、素材とか色々運んできたものこれから売りに行くんだろ」
「え……ああ(そうだった)」
余計な荷物をここに置いたら、
さっき商業ギルドに預けた商品の交渉をする予定だったことを
六太は思い出す。
街の外から運んできた商品をこの街で売るためには
まず商業ギルドでの確認が必須になっている。
税金を徴収するためのルールとのことで、
どんな質のモノがどれくらいあるか確認してもらう。
後は商業ギルドに卸すか個別の商会との折衝をするかは
ご自由にということ。
六太は気合を入れるために、頬を両手で叩く。よしっ。
下着と着替えを抱え、交渉終了後すぐに風呂に行ける
準備用意をし六太は部屋を出る。
「商業ギルドに行く前に一緒に行って欲しいとこが
あるんだが」
シノギから六太への突然の頼み事。
「とりあえずついてきて欲しい」
詳しく聞ける雰囲気でもなかったので、
六太は黙ってシノギの後ろについて行くことにする。
シノギについて行くと、
第6区のファイン商会所有の素材屋に到着した。
「おぉ~、さすが州都ルクティの街の店だ」
「うんうん、シャス村とは比較にならない
品数だね」
六太もラクアもその豊富な品数に感心しきりであった。
10級はもちろんのこと、9級だけでなく
貴族が食する8級食材のコーナーもある。
ソルダース村の素材屋が商店街の八百屋さんなら、
ここは百貨店の地下一階食料品売場だ。
店に入って右奥の方には加工済みの素材も販売されている。
そういった工夫も至る所にあり、店も随分繁盛しているようだ。
「ここに何があるんだ?」
目的地にもついたので、
そろそろ聞いても大丈夫と判断し
六太もシノギの意図を尋ねた。
それに対する返事を貰う前に、
六太らの前に少年らしさがまだ残る青年がやって来た。
「あたしの弟だ、ライトという。この店を任されている」
「あ、これはどうも初めまして」
「六太さんですね、姉からお噂は伺っております」
噂って何?
この旅で出会ったばかりだから、
無謀にも賊が出る街道に突き進んでやられてたこと?
それとも、シノギやラクアの言うがままお金を払っていたこと?
何です、何を聞いたんです。
六太はいい噂が伝わってはいないだろうと推察しつつ、
苦笑いをする。
「そ、そうでしたか。ところで」
六太はシノギに視線を向け、説明を求める。
「うむ。
その、ムリを承知でお願いする。
頼む、六太が持ってきたものをこの店にツケで卸してくれないか」
「?」
「姉さん、ムリ言っちゃダメだよ」
命の恩人とはいえ、なんでもかんでも言うことを
聞いてはいられない。
さすがに商品の販売については、
これまで払わされたお金とは桁が違う。
「(断ろう……)」
六太はNOと言えない日本人であったが、
今回は断ろうという覚悟を決める。
上手く断れるか自身はないが、
「それはさすがにっ……!?」
しかし、六太の視界に頭を下げているシノギが入る。
まだ短い付き合いではあるが、
人に頭を下げることをほぼしないあのシノギが
頭を下げているのである。
「……詳しく説明して貰えるか」
六太は理由を聞くことにする。
「ありがとう」
シノギからのこの言葉を聞くと、
彼女に促されて、弟のライトが説明を始めた。
六太らがルクティの街に到着する
二ヶ月前のことである。
シノギ・ファイン、ライト・ファインは
ファイン一族の会議に出席していた。
会議というよりは、
現当主であるハロル・ファインお祖母様から呼び出しを受けて
急遽一族が集まったのだ。
ハロルは、
一代でファイン商会をガリアナ王国でも
指折りの大商会に育てた女傑である。
ファイン家で彼女に口答えする者はいない。
「お母様、今日はなんでしょうか」
先陣を切ったのは、現在ファイン商会ナンバーツー
と言われるハロルの息子で、
シノギの叔父にあたる中年男性。
「引退するわ」
皆が言葉を失った。
齢90を超えてもなお当主を続けてきて、
周囲のそろそろ隠居されては
という声にも一度たりとも聞く耳を持たなかった。
その人が突然辞めるといえば、誰もがその言葉を信じられなかった。
「聞こえなかったの?
わたしはね、引退して気ままな生活でもするって言ってるのよ」
「ほんとうに……ごほっ
ほんとうですかお母様」
喜色満面を我慢しつつ叔父が反応する。
叔父の執事に耳打ちされ、己の顔の状態に気付く。
ごほんっ
叔父は咳払いを一つし、恭しくハロルに頭を下げる。
「これまで長い間我らファイン商会を
当主として導いてくださり感謝申し上げます。
これからは我々一丸となってこの商会を守っていきます」
一丸となってなんて嘘だ。シノギは顔をしかめた。
この叔父は野心が強いというか、欲深い。
金遣いも荒く女遊びも派手。
使用人への高圧的な態度は日常茶飯事で、
巨大商会の先頭に立つには器が小さい。
そうシノギは感じていた。
もし叔父がファイン商会の当主になったのなら
きっとそう遅くないうちに商会は空中分解する。
冒険者の身であるシノギとしては、それでも大した問題はない。
しかし、これまで世話になっていた多くの使用人達を
路頭に迷わせ自分だけ気ままに冒険者暮らしをするのは、
後ろ髪引かれる思いがある。
「それでーー、次の当主は我々で話し合いで決めるので
よろしいですかね」
叔父がハロルに次期当主の選定方法について提案する。
そんなことになれば、どんな手を使ってでも当主を奪い取るだろう。
例え、誰かが事故死したとしても………
シノギは異論を唱えようと、声を上げようとすると、
「次の当主は試験で決めます」
ハロルがそれより先に喋り出す。
「試験?」
ハロルの発言に怪訝な顔をする叔父。
「そうです、試験は二つ。
一つは、第4区にあるファイン商会の
始めての店が入っている宿屋ファイン。
あれを買い取るだけのお金を集めてみせなさい。
金額は1000万ジェジェ」
「相場より随分高いのでは」
「これは資金を集められる器量があるかを見るため」
「はぁ~」
叔父にとっては大した金額ではないが、
ハロルの思惑が捉えきれないでいた。
「もう一つは、人形を見つけてきなさい」
「人形ですか?」
叔父に限らず、ハロルの発言は
会議に参加する誰もが理解できていなかった。
「ただの人形ではないわ。
父ラノンベルヌが森の奥で落としてしまったといわれる人形よ」
「「「「?!」」」」
その場の全員が、ハロルの求める人形に驚愕する。
「ちょっと待って下さい。
ラノンベルヌが死んでから一体どれだけの時間が
経っていると思ってるんですか」
「80年くらいかしらね」
「お母様、ご自分のお父様である
槍聖のラノンベルヌ・ファインが
そんなもの持って森に行ったなんて
誰に吹き込まれたんです?
(耄碌しやがって……)」
面倒な試験を課せられたことで、叔父の目論見は
大幅な修正を求められることになった。
簡単に手に入れられるだろうと考えていた
当主の座が遠くなり、
苦虫を噛み潰したような表情をする叔父。
「これは決定事項です。
さあ、期限は二ヶ月後のラノンベルヌの凱旋記念祭の日まで。
話は以上よ」
お祖母様は車椅子をメイドに押させて、部屋を出て行く。
部屋に残された皆も一様に静かにその場を離れて行く。
ご当主はそもそも隠居するつもりがあるのかと
皆が疑問に思っていた。
無茶を言うことがしばしばあるとはいえ、
今回の提案はまさに雲を掴むような話しであった。
しかし、それでも現在の序列に関係なく
後継者になれる可能性が出てきたことも事実であった。




