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異世界の成金道  作者: (ちきん)
第一章カンガール食堂と未亡人
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1-1ヨルチアの森

ヨルチアの森は、ガリアナ王国東部に広がる森林地帯である。

その森は危険な生物もいるが、食料など豊富な資源を人に提供してくれ、

多くの狩人や冒険者がその中へと入っていく。


そんな連中の一人に狩人の【ガスティ】という男がいた。


齢43を数え、10代より始めたその職業(ジョブ)は、

ベテランの域に入っていると言える。


しかし、ベテランにもピンからキリまでいるように、

その腕前はピンではなくキリの方。

なんとか食べていけるものの、生活は非常に苦しい。

二日に一回くらい何とか捕まえられる

レイクラビットなどの大人しい獲物を食べたり売ったりして

細々と生き存えている。


おまけに気が弱く恥ずかしがり屋な性格やあまり整っていない顔が

クビの上に乗っかっているため、

今だに嫁さんも貰えない。


すなわち、人生を単純に負け組と勝ち組という分類をした場合、

彼は負け組に属するだろう。


しかし、ガスティはどちらかといえば幸せであった。

生活の拠点としているソルダース村では、

多くの村人達と良い関係を築けており、

困った時にはお互い助け合いながら暮らせているから。



【【ビュッ】】


ガスティが放った矢の風切り音が森の静寂を破る。


特に断末魔の声もなく、残念ながら的には命中せず

獲物を逃したらしい。


「まただっぺ……」


ガスティは落胆を隠せない。

さっきも外したのだが、その矢を探すのは結構に骨が折れる。

草が茂っているところに刺さっているとなかなか見つからない。

かといって使い捨てする経済的な余裕もない。

貧乏故に探すのは慣れてしまっているのだが、それでも落胆する気持ちは

慣れない。はぁ~、と深い溜息を吐きながら探す。


とりあえず急いで見つけて次こそは獲物を。

今日一匹も獲れていないし、昨日も獲れていない。

そんな状況もあり、今日のガスティはまだ諦めて

家に帰るわけにはいかないのである。


ただ、その意気込みこそ立派ではあるものの、

その気迫が周囲の動物に警戒されているという体たらく。


それに気付かず、痩せた狩人ガスティは仕事を続ける。



「今日で4日目。……はぁ」


平均して二日に一回は獲れている彼も、

当然獲れない時は三日でも四日でも獲れない。

そして今の状況がその危機的状況である。


「なんでこんな向かない職業(ジョブ)を選んだっぺ」


この世界の人間は、幼い頃に職業適性を魔法で判定してもらい、

通常いくつか出る選択肢から己の職業を選択するようになっている。


ガスティも、狩人以外に、きこり、農民、荷役が選べ、

一番格好良さそうなものを選んだのだ。

しかし、適性があるからといって必ずしもそれらの仕事が

向いているというわけではない。


「やっぱり農民の方が性にあってかもだっぺ」


己の職業選択の判断ミスっぷりにがっかりしながら、

今日の命の糧を求め、ヨルチアの森の入口付近を再度探索を開始する。


「どこだっぺ、矢は」




ここヨルチアの森は槍術で有名なガリアナ王国の東に位置する。


ガリアナ王国の東部全域に広がるこの広大な森も、

際には村や街があり、森の浅いところは比較的安全で

危険な獣やモンスターもあまりいない。

そのため、女や子供が植物採集をよくすることがある。

森は豊かで、人々に食料や薬草など様々な恩恵を与えてくれるのだ。



【【カサッ】】


「!!」


ガスティの右前方、70mの辺りで葉が擦れ合う音がする。

獲物……だっぺか?、と期待を込めつつ、

先ほどなんとか回収したばかりの矢を用意する。


慎重に急いで。

師匠から口を酸っぱくして注意された言葉を思い出す。


より確実に仕留められる位置へと移動する。

視線の先。

藪の中からガスティがしばしば狩るイッカクタヌキの角が見えた。

獲物のレベルとしては、初心者には難しくとも、

多少の経験を積んだ狩人にはそれほど苦もない相手。

実際ガスティもこれまでに幾度となく狩っている種類の獲物だ。


まだこちらに気付かない。

ゆっくりと音を立てずガスティは狙いをつける。


「(今度こそ貰ったっぺ)」


若干揺れる矢尻の先に獲物を捕らえながら、狙いを定める。

弦を引き絞り、息を止める。

周囲の音に気を配りながらも、イッカクタヌキの弱点である

角の根元がはっきりガスティの目に捉えられる。


「(今っ!?)」


まさに矢を放つ瞬間になってイッカクタヌキが走り出した。


殺気は十分気を付けたはずだった。

ガスティは恰好の獲物をまた逃がしてしまうと焦り始めた。

動きから察するにこちらに気付かれたわけではないようだが

イッカクタヌキは止まりそうにない。


まずい逃げられる。

ガスティの焦りやすい性格がまた出て狙いが揺らぐ。


ガスティは自身の上体を動かし、狙いをつけ直す。

しかし、イッカクタヌキの走りにはスピードが出始めていた。

加速していくターゲットを射るのは難しく、

時間が経てば経つほど当たる可能性が低くなる。

そろそろ上体の動きだけでは対応できなくなる。


ガスティは当たるかもしれないという儚い希望を乗せ、

とりあえず撃っとけといった感じで矢を放った。


【【バスッ】】


「━━っ」


何か聞こえた。

矢は藪の中に消えていき、その先で射貫いたようだ。

ガスティは聞こえた声から判断し、

ターゲットの命は一撃で絶てたと確信する。


クリティカルヒット。


「やった!やったっぺ!!久しぶりの獲物さゲットだっぺ!!!」


さっきまでの職業選択の後悔はどこへやら。

獲物までおよそ100mの距離はあるだろうロングショットも

決まり、ガスティの気分は一気に上昇した。

動物の呻く声、おそらく絶命時の声らしきものも聞こえたため、

意気揚揚と草を掻き分けて近づく。


あそこの草を掻き分けた先にはイッカクタヌキがいるはず。

ガスティは視界の邪魔になる草を押しのけた。


「?」


無傷で走り去っていくイッカクタヌキの尻と尻尾が見え、

視界の中で徐々に小さくなり遠くの木の影に消えた。


どういうことだろう。

確かに生き物が死ぬ時の声を聞いたはずなのにと、

ガスティは首を傾げつつ、矢がどこに刺さったのか探す。

さらに草を掻き分けていくと、視界がより広がる。

背丈の高い草の場所から開けた場所に出たようだ。

そこで、ガスティは見つけてしまう。


「や、やっちまった━━━」


顔からは血の気が一瞬で失せ、顔色は真っ青である。

腰を抜かし震えるガスティは、尻餅をついてしまう。


彼の前の木に背中を預けた少年も、尻餅をついていた。

ついでに身動き一つしない。

10代半ばくらいの日に焼けた肌の少年に矢が刺さっていた。


ガスティは少年の心臓を完璧に打ち貫いていたことを

確認したのであった。


まさに一撃必殺。4日ぶりの獲物であった。




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