2-5同行者
二番目の経由地であるシャス村は
人口1万人を超え、街になる日も間近と言われている。
地元のソルダース村に比べれば、象とアリ並みに大きさが違う。
一番目の経由地ガプレ村から歩いて来た街道の小高くなっている丘から眺めると
シャス村の大きさが分かる。
大きなものは感動を呼びやすいが、やはり凄かった……
人が集まってこの村を作り、そこに暮らす。
ソルダース村の運営に関わったせいか、
つい数日前に死にかけたからか、
思いを馳せるだけで、グッと来る。
シャス村を前にして感動している六太を乗せ、荷車はゆっくりと街道を進む。
昨夜少し降った雨で湿っている街道を荷車を引く牛は黙々と歩く。
徐徐にシャス村が大きくなっていき、もう半日も歩けば着きそうだ。
それにしても目の前に広がるファンタジー的な光景。
中世ヨーロッパを思わせるが、それともどことなく異なる。
何度見ても美しい………
なにより生きてるって素晴しい…………
命は大切に…………
六太は命があることを喜びながら、昇ったばかりの太陽の暖かさを感じ、
荷車の揺れに身を任せていた。
「ついてこい」
二番目の経由地であるシャス村の門をくぐると、六太を先導する声。
六太の命の恩人であり、この旅の護衛をしてくれる
銀髪碧眼の女モノノフである。
名前は『シノギ』。20歳。独身。
慎重は170cmを少し超えるくらいの、女性にしては長身な体に、
鍛え抜かれた体はムダな凹凸は少なめ。
ソロで活動している冒険者であり、賞金稼ぎであった。
槍と刀を武器として使い、
ハンターランクと呼ばれる冒険者としての階級はFランク。
下から3番目に位置するが、
この地域では決して低いということはない。
ただ高くもない。
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【ハンターランク(冒険者の階級)】
S:歴史的な功績を残すことで得られる。
A:最上級ハンター
B・C・D:上級ハンター
E・F・G:中級ハンター
H:見習いハンター
※Bランク以上は冒険者の5%未満しかおらず、
Sランクにおいては現時点で存在しない。
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冒険者としてのシノギの力量は素人の六太には分からない。
しかし、地元のソルダース村で見かけるFランクの冒険者に比べると、
強さの面ではもう少し上なのではと感じていた。
あっという間に賊5人を死体にしたあの腕前。
あんな動きができる人間がそうそういるわけはないだろう、と六太は考えていた。
シノギの後を追いかけながら、村の中を行くと、
ひときわ背の高い石造りの建物が見えてくる。
どうやらそこがシノギの目的地らしい。
進む道は荷車が余裕をもってすれ違える幅がある。
しかし、道には露店も出ており人通りは多く、
六太は他の通行人の迷惑にならないようにシノギについて行った。
しばらくすると、目的の建物の前に到着する。
背の高い建物には2.5mの獣人だろうと頭をぶつけることなく入れる扉があり、
そこから多くの人が出入りをしていた。
その扉の横には冒険者ギルドを示す看板がつるされている。
シャス村の冒険者ギルド、そこが目的地であった。
荷車と牛を冒険者ギルドの横のスペースに預けると、六太とシノギは建物内に入る。
日が暮れるにはまだ時間があるためか、ギルドの中に人は少なかった。
朝や夕方ならば列ができる受付は、待ち時間なく対応してもらえる状況だった。
今回この冒険者ギルドに寄ったのは、シノギへの正式な依頼をするためである。
ルクティの街まで護衛してくれるという約束は交わしたが、シノギは冒険者である。
つまり、その管理をしている冒険者ギルドを通さないと、ランクアップやらに影響が出るらしい。
早くランクを上げたい彼女にしてみると、現状ギルドを通さない依頼は受けたくないそうだ。
「すみません、彼女に指名依頼を出したいのですが」
六太はギルドの受付の女性に声をかけた。
『ルクティの街まで45000ジェジェ』
相場のおよそ3倍で依頼完了。
実際は50万ジェジェ払うが、
あまりに高すぎると問題になるとのことで、
冒険者ギルドを通しての金額は
ほどほどに設定した。
わざわざ街道では助けてもらったし、
相場に比べれば高いものの
命の恩人への謝礼としては安いものだ。
六太の指名依頼の手続きが終わると、シノギが受け付けの女性に話しかけた。
「賞金クビの確認と、武器などの買取りをお願いしたい」
シノギは六太を襲った山賊達のクビや所持品・騎獣を処分する。
騎獣に関しては、六太が譲って欲しいと話していたが、
山賊が盗んだ騎獣だと後々面倒になると言われ諦めていた。
2番目の経由地シャス村は
1番目の経由地ガプレ村から徒歩で7日ほどかかる距離にあり、
その人口は1万人を超える。
ルクティの街へと続く街道とソルダース村に続く東への街道、
そして海へと続く南への街道。
3つの街道の要衝となっており、人口は毎年のように膨らんでいる。
ソルダース村から少し距離は離れているが、
近隣では最大の村だったので、
ここ半年で何度か訪れる機会があった。
全て村長の補佐役としての訪問だったこともあり、
ぼっち気質の六太であっても、
シャス村のお偉いさんと知り合いになったり、
一部のお店、例えば宿屋で懇意にするところができたりしていた。
「おっ、久しぶりだな、六太」
「またお世話になります」
野太くでかい声の主は木製の扉を開けて入って来た六太に気付く。
冒険者ギルドの接している道の突き当たりを
右に曲がると見えてくる宿屋。
【銀狼亭】
六太がシャス村で訪れる度にお世話になっている
宿屋である。
シャス村で一番評判の高いこの宿屋のおやっさんのガイさんは
声もでかいが性格もでかいというか大味だ。
髭は左右のもみあげを見事に繋げるふさふさ具合で、
見た感じはマジものの熊っぽくて恐いがいい人ではある。
ちなみに奥さんのソフィアさんは狼の獣人であり、
一人娘のラクア(18歳)も狼の獣人の容姿をしていた。
人と獣人の夫婦は割と珍しいとのことだが、
周囲の認識としてガイは熊と同じだったので、
この夫婦に関して好奇の目で見られることはほぼなかったようだ。
六太はガイさんに荷車を止めていい場所を聞き、
宿屋の裏手に荷車を移動して、宿屋の表に戻ってくる。
ようやくこれで一息つける、そう思って六太が宿屋の中へと
入ってくると、六太の耳に泊まる度に聞くやり取りが聞こえてくる。
「だめだ」
「いいでしょ、私が思ったようにやりたいの」
狼娘ラクアと熊風人間ガイの親子ゲンカである。
「ここはそんな上品にしなくていいんだ。
見ろどいつもこいつも体も歯もまともに磨かない連中だ。
品性の欠片があると思ってるのか。
な、そんな洒落っ気はこの宿屋にいらねぇんだよ」
ひどい、歯は毎日磨いてます。
ガイの言葉にこっそり反論しながら、
六太は親子ゲンカが一段落するのを待つ。
わざわざ仲裁してもこじれるだけなので、
黙って眺めていた。
「もう知らない」
宿の入口へと走っていく狼娘ラクア。
「おい、ベッドメイクはまだ終わっ……」
「もうやったっ、化け熊親父」
宿屋を飛び出していくと、獣人の圧倒的な脚力であっという間に視界から消えた。
さすが、狼。
素早い。脱兎の如き奴よ……狼なのに……
二人のやり取りが終わると、銀狼亭の主人ガイは
六太に気づき、謝りながら部屋の鍵を二つ渡す。
205、206号室の鍵だ。
2階の角部屋205が今回の六太の部屋で、206がシノギの部屋だ。
ちなみに、旅費は雇い主の六太負担と今回は決められていた。
『命の恩人とはいえ……出費が……』
『シノギのせいじゃなく、
無謀な旅を選択した六太自身の責任でしょ。
まったく』
『すみません』
部屋に入り一息ついたついでに、
軽くなった財布を見てつい心の中で愚痴ってしまったが、
相棒のネズミのミミーにまた叱られた。
護衛を雇う場合旅費を負担することもないわけではないので、
そんなに無理を言われた訳ではない。
ただ、財布の中身が少なくなったせいで、六太は愚痴っぽくなっていた。
六太は己の心の未熟さを恥じつつ、
空気を入れ替えようと、窓を開けに行く。
一人用のベッドの横にある机に手荷物を置き、
空いた手で木の窓を押し開くと、若干こもっていた部屋中に
新鮮な空気が入ってくる。
そろそろ日も傾き始めてきたので、空気が冷たくて気持ちいい。
旅の疲れとシノギと一緒にいた疲れが溜まっているようだ。
六太は新鮮な空気を一杯に吸い込むと、
イスに腰掛ける。
「ふぅ~、よっこいしょういち。疲れた~」
元いた世界のどこかで聞いたセリフを意識せず使うほど、
六太はリラックスしていた。
『なんかおじさんくさい……』
イスの横に乗っているシビレネズミのミミーの感想が
六太に聞こえてくる。
言葉の意味を知らなくても伝わるおじさん臭。
ミミーのその言葉は六太の心を折りかけた。
聞かなかったことにしよう……六太はそう決めた。
六太は改めて脱力しイスの背もたれに体を預ける。
体の凝りを緩ませていく。
体と共に、張り詰めた気持ちが緩むとつい先日の記憶が甦る。
まだ簡単に思い起こせる死の恐怖。
死んだと思った。シノギが駆けつけてくれなければ
今頃ここにもいられなかった。
「……漏らさなくよかった……」
股間を見て、その我慢強さに誇らしくなる。
普通だったら失禁していたかもしれないが、
山賊が腹を強打してくれたおかげで、恐怖より痛みが強かった。
もし漏らしていたら、生き残っていても
死にたくなったかもしれない。なんて六太は思ったりなんかしていた。
「漏らすことよくあるの?」
「いやいやこの前は特別で、っておい」
2階の窓から狼娘のラクアが飛び込んできた。
すごい脚力だ。
「なんだよ、そんな所から入ってきて」
「いいじゃんいいじゃん」
「で、なんか用か?」
「用がなきゃ来ちゃいけないの?私たちの関係ってそんなものだったの?」
「やめてくれよ、ガイさんに聞かれでもしたら殺される」
「父さんのことはいいの。六太はデリカシーに欠けるんだから」
六太は机に置いたリュックから水筒を取り出し、残っている水を飲み干す。
「本当にガイさんとよくケンカしてるよな、ラクアは」
「頭堅いんだもん、父さん。
私がもっとお客様が満足できるように考えているのに
何でもかんでも頭から否定すんだよ。ケンカしない方が異常だよ」
「ラクアはしっかり自分の考え持って仕事してんだな~。
でも、ガイさんはガイさんで色々考えて、
この宿屋を繁盛させてるんだろ。
なら、そこにも理解できる部分もあるんじゃない」
「そうかもしれないけど……」
ラクアは父親の仕事ぶりを思い出しながら、不満そうにする。
クビを横に振り真剣な表情になったかと思うと、上目遣いで六太を見てくる。
少し嫌な予感。
六太は身構えてしまう。
「ねぇ、六太。ルクティの街に行くことがあったら、私も連れてってよ」
「ルクティの街?
ここからスルイガ村までが10日くらいで、そこから更に14日
くらいだろ。ちょっとしたお出かけには遠すぎるだろ」
まずい。ラクアの希望する場所と今回の目的地。同じだ。
もしばれたら連れて行けと言われるのは目に見えている。
そんな面倒なことは御免である六太は悩む様子を見せ、
そのコトを感づかせないように試みる。
「う~ん、行くこともあるだろうけど、
まだ少し先かな(嘘ではない……明日だけど……)」
「じゃ、いつでもついて行けるように
準備しておくから」
「……ガイさんの了解が得られたらね」
「うん、わかったわかった」
ラクアは内向きに座ってた窓から
外に向かって倒れるようにし、後方宙返りをしながら
二階の部屋から出て行った。
「相変わらず器用な奴……」
今回は連れて行かなかったとしても先の約束をしてしまった……
いや、約束を押しつけられてしまったのか?
ともかく、先のことは先に考えればいいだろう。
六太はラクアとの約束らしきものを棚上げすることに決めた。
『やっぱり家出の手伝いなどできないよ』
『でもあの娘おやつくれるから
もし六太が手伝うと言っても
反対しないけどね』
いつのまにかミミーは狼娘ラクアに
おやつという名の賄賂で懐柔されていたのであった。
てっきり味方かと思ったミミーもそうでないことがわかり、
六太はぐったりとしてしまった。
おかげでその日は泥のように眠った。
翌朝、いつもより気持ち早く支度を済ませ、
ガイさんに見送られて、宿を出る。
少し霧が出ているが天気もよく、まだ日出前ではあったが、
同じように旅に出る人がちらほらいる。
六太は念のために狼娘ラクア対策をする。
ソルダース村へと続く東の街道に行くように見せつつ、
宿屋からは見えない道を通って
ルクティの街へと向かう西の街道に入る。
護衛のシノギは少しあきれていたが、
これなら大丈夫だろ、と六太は自らの慎重な行動に満足していた。
その対策の成果か、何事もなく、牛2頭とシノギとともに
シャス村の門を抜けていく。
「ちょっと、裏切るの?」
「えっ」
シャス村の門を御者台がまさに抜けると同時に、
六太に声がかけられた。
その声には聞き覚えがある。
狼娘ラクアその人である。
どうやら六太の対策などは狼娘ラクアには
無意味だったようだ。
獣人の嗅覚だけでなく、隠し事が下手な六太の行動など
宿屋で色んな人と接している狼娘ラクアには筒抜けだった。
結局狼娘ラクアの勢いに負けて、六太の荷台には、
3人が乗ることになった。
ひょいと背負っていた荷物を荷台の空いているスペースに乗せると、
軽やかにラクアは荷台に乗り込む。
ぎしり、と新たに加わった重さに木が音を出すが、
荷車の速度は特に変わることなく街道を進む。
「う~~ん、楽しみ~」
両手両足を伸ばして早朝の冷たい空気を目一杯吸い込んで、
宿屋の娘はキラキラした目で道の先を見つめていた。
若者が旅立つ姿はすがすがしく、面倒なことになったと思っていた六太の気持ちをも動かしていた。
渋々ではあるものの彼女の同行を認める方向へと変わっていた。
……とりあえず、次のスルイガ村に着いたら、
ガイさんとソフィアさんに手紙を送ろう。
娘を拐かした男のレッテルは避けねばなるまい。
シャス村に次に来たときに殺されかねない。
熊のような巨体に殺されそうになる未来の自分の姿を想像し、
六太の背筋に冷たいものが走る。
はぁ~と、小さなため息を漏らして、
六太はこれからのことに憂鬱になりながらも、
「ラクアです。よろしくお願いします」
「冒険者のシノギだ。護衛は任せろ」
シノギもラクアともに人見知りという感じではないので、
二人は握手をかわし話しをし始めていた。
長くはない旅ではあるが、打ち解けた方が当然いい。
ギスギスした旅にはならずにすみそうで、六太は安堵していた。




