2-4襲撃
「(やばい、甘かった)」
ガプレ村からシャス村へ向かう街道で六太は焦っていた。
冷や汗をかきながら、荷車を引く二頭の牛にムチを入れていく。
牛も一生懸命走っているようではあるが、それでも足りない。
『六太、私が出かけている間に
どうして出発してるの?』
『すみません。
ミミーたちもいるし、7日くらいの旅なら大丈夫かなと』
『私たちだって危険がないか察知したり、
ちょっとした相手なら撃退はできる。
でも私たちくらいの数の小さいネズミだと、
戦力はたかがしれてる。
そのくらい分かってるものと思っていたけど』
ミミーに溜息をつかれながら、急いで逃げ続ける。
ただの山賊程度なら、
ネズミ達による索敵と牽制で問題ない。
が、騎獣持ちの山賊、上級山賊というべきか。
そんな連中が来れば、機動力の差で勝ち目などない。
こちらは荷車を引かせている牛と一緒の旅だ。
制限速度は守って欲しい。
六太は自分の愚かさを嘆きながら、ひたすらに牛達にムチを入れる。
「くくっ、本当に頭の悪いガキだ」
六太の荷車が走る街道を見下ろす小高い丘から、山賊の乗る騎獣はゆったりと迫ってくる。
山賊達は随分早く気付き逃げ始めた少年に少しばかり驚きもしたが、
機動力の圧倒的な差の前には
ちょっと早く気付かれたところで問題はなにもなかった。
騎獣は街道まで下りてくると、六太の荷車まで
あっという間に追いついた。
あっさりと追いつかれ、六太は山賊の指示に従い荷車を降りる。
「「「「ボグゥッ」」」」
骨と肉を殴る鈍い音が響く。
六太は殴られた。
山賊からすれば、余計な抵抗を省くための行為であったが、
十分にその効果はあったようだった。
「(くそ、野蛮人め)」
六太は殴られた勢いで後ろに倒れた。
山賊の数は5人。
少年一人にどれだけ慎重なんだって話だ。
二~三人ならネズミ達による奇襲でどうにかなったかもしれないが、
多勢に無勢だ。
おまけに今は
色んな村などに偵察に行って貰ってるために、
ネズミは各地に分散された状態のまま。
六太の近くにおり使えるのは15匹くらいのものだ。
そもそも少数精鋭の連中に少数のネズミで対応できるわけがない。
為す術ない。詰んだ。
六太は殴られ痛い腹を押さえながら、
既に心が折れていた。
『六太っ』
『ッ……ミミー。
ここでオレは終わりらしい。
お前たちにはわざわざ無駄死にさせたくもないし
攻撃はいいから適当に逃げろ』
六太がミミーにお別れを告げている間にも
山賊達は荷車の物色を始めた。
騎獣の上から体が縦にも横にもでかく厚みもある大男が下りる。
リーダー格らしいその大男は、髭も剃らぬその野性味溢れる顔で、
六太の荷車の物品を品定めしていく。
「……ガキのくせになんだこの高価な素材やら商品」
「これだけあれば、賊も引退できますね」
「神の祝福か、これは……」
「じゃ、早くこれをシャス村で換金して宴しましょうぜ」
「アホがーーーーーー」
爆音。
同じ人間の出す声とは思えない音が
リーダー格らしい大男の喉から出てくる。
よく響く大きな声は、山賊達だけでなく荷車の牛もびくっとさせていた。
「こいつの財産はこれだけのはずがないだろ。
命と引き換えに全財産奪うのが、神への恩返しだろうが」
「……さすが親分。冴えてますねー」
リーダー格の大男の発言に山賊達は少し間を置いて反応していた。
脅迫宣言が六太の頭上でされている時、
六太はそれを聞きながら、ミーアさんや村の人達へ
危害が及ぶことを想像していた。
お世話になった人達がこんな賊に蹂躙されるのは我慢ならない。
心が折れていたが、せめて被害が
自分の命だけで終わるようにと、
なんとか自害しようと六太は覚悟を決めていた。
「(転生して半年、辛いこともあったがいい思い出もできた。
名残惜しいが、死んで守れるものがあるなら死のう)」
そう覚悟を決め懐のナイフに手をかける。
まだ殴られた痛みが残っているのかそれとも別の理由か、
ナイフを持とうとする手が震える。
それでも、しっかりと六太はナイフの柄を掴む。
そして、掴むと同時に、空気が裂ける音を六太は聞いた。
「「「ズバンッ」」」
初めて聞く音が、倒れうつぶせになっている六太の頭上で響いた。
「なっ」
突然街道横の林の中から現れた女に、言葉も出ない山賊達。
槍一閃。
あっという間に親分のクビが飛んだ。
そして残された山賊共はその事実を理解できず
固まってしまっていた。
あまりにも突然だったので、仕方のない反応ではあった。
しかし、それは生死のかかった状況では致命的な停止であった。
親分の後ろにいた仲間二人のクビも、次の一呼吸の動作で切断された。
槍の先についている直刃の刃は
賊の血に濡れることもなく一人をこの世から葬り去った。
クビを撥ねる際一切の躊躇もないその姿に、
「鬼だ……鬼が出た」
と、最後の山賊が呟く。
その言葉を最後に山賊の汚れた体と頭が切断された。
六太が右手に掴んだナイフは役目を果たすことはなかった。
自害することに怖じ気づいたというのではなく、
別の理由からだった。
突如として現れた何か。
それに気付いて六太が顔を上げると、
山賊共の崩れ落ちるところが目に飛び込んできた。
山賊同様に何が起こったか六太は瞬時には理解できていなかったが、
六太の位置からは状況がよく見えた。
山賊共を圧倒する女モノノフ。
槍を振るう彼女の舞に六太は魅入られていた。
なんたら無双というゲームを前世でやったことがあったが、
異世界にまさかそんなことをする奴がいるとは。
六太が心の中で驚き、まぬけ面をしていると戦闘は終わっていた。
六太の周囲には圧倒的な力の前に敗北した山賊連中が
無惨な姿で散らばっていた。
「助かった……?」
敵の敵は味方というが、果たしてこの人はどっちだろう。
六太は判断できぬまま、ただ女モノノフが近づいてくるのを見ていた。
「あんたが護衛も付けずに旅に出るあまちゃんか?」
地面に伏した状態の六太の襟を持ち、
片手で女モノノフは軽々と宙に持ち上げて座らせた。
「!?……そうだと思いま……す」
自覚していたコトではあったが、はっきり指摘されて、
六太はかなり恥ずかしさを感じながら女モノノフの質問に答えた。
荷車の上に六太の体を下ろすと、
女モノノフは六太の身なりを値踏みするように
上から下まで見ている。
がっかりしたように溜息を深々とつき、
「お前金持ってるか」
「……カツアゲですか……」
反射的に口から言葉が出てしまった。
うっかり余計なコトを口にしたことにすぐ気づき、六太は青くなる。
女モノノフはニヤリとちょっとした冗談に笑ってくれたかと思うと、
槍が六太の額に当てられる。
肌を傷つけないが当たっている絶妙の槍捌きだ。
「言葉に気をつけろ。
あたしは冒険者だ。
わざわざシャス村から追いかけてまで助けてやったんだ。
それ相応の礼はあるのか聞いているだけだ」
六太は怯えつつも、目の前の20代に入るかどうかという
銀髪碧眼の女モノノフの正体を知った。
助かった。
山賊に殴られた腹はまだ痛いが、助かった。
六太はまだ槍が突きつけられているにもかかわらず、
ほっとしたことで体から力が抜け、自分から槍に頭突きをした。
しかし、女モノノフはなにもなかったかのように槍をその動きにあわせて動かした。
六太は気付かなかったが、おかげで額を傷つけずにすんでいた。
「すみません。
その……命を助けてくださって
本当ありがとうございます」
「で、いくら出せる」
きっちりしている。
銀髪碧眼のその女モノノフに対する六太の第一印象は強すぎるであり、
次の印象としてはきっちりしているであった。
「10万ジェジェでは……」
「……」
10万ジェジェといえば、日本円で換算すると大体100万円である。
それなりの額ではあるものの現在の六太の所持金からしてみると、
払って困らない金額である。
それを見抜いた上かどうかは不明だが、女モノノフは黙って六太を睨んでいる。
無言で向けられる目差しに威圧されながら、
六太はどんどん金額を上げていった。
そして、ついには桁を一つあげないといけないところまで来た。
「でしたら、ルクティの街までの護衛込みで
100万ジェジェでいかがですか。
さすがにこれ以上手持ちはないので、
なんとかこれの額で」
正直これだけ払うと、
持ってきた素材のほとんどは次の村で売り捌かないと
旅費も怪しい状況だ。
それでも、護衛代込みでなら、なんとか旅を続けられそうだったので、
六太は女モノノフに頭を下げてお願いする。
『カツアゲ』とうっかり言ってしまったが、
命の恩人に出来る限り払うべきだろうと考え、六太は頭を下げた。
「ふん、結構持ってるんだな。
50万でいい」
「よ、よろしくお願いします」
女モノノフはその言葉を聞くと、
「ちょっと待ってろ」
そう言って、山賊のクビや所持品を回収し、
六太の荷車に乗せてくる。
「うゎっ」
六太はうっかり声を上げてしまう。
布に包んであるとはいえ、
隙間から見えるクビ5個はかなりエグい。
女モノノフはその反応に少し笑みを溢すと、
5人の体の部分を街道から少し離れた場所へと
捨てに行く。
『六太、次からは慎重にね』
『了解』
『それと私たちはあなたに使役されてるんだから
自分の命より優先しないで。
主を失うのは私たち自身を失うことより
辛かったりするんだから』
『ごめん』
ミミーに叱られて、六太はぼっちの頃のような
己の命に対する責任感の薄さではいけないと感じていた。
生き続けるためにも、これからは準備はしっかりしないと。
六太はやっとこの異世界で生き抜いていこうと
やっと覚悟が出来たようだった。




