2-1はじめての一人旅
カンガール食堂に出資しオーナーになってから半年が経った。
異世界での生活に六太も慣れてきており、
なによりソルダース村での日常は非常に充実したものになっていた。
六太の後見人のミーアによるところが大きかった。
若くして就任した村長という役も板についてきているし、
前村長に比べても有能で評判も
すこぶるいい。
村の治安向上や近隣の村との交流促進などを積極的に進めており、
村全体も活気に溢れていた。
カンガール食堂についても、ミーアと今は亡き夫のギルとで営んでいた頃に比べても
売上げが伸びていた。
つまり、ミーアは村で偉くなったのであった。
その傘の下にいる六太といえば、
以前絡まれた少年も大人しくなり、村での扱いもよくなり
平穏な生活を送れるようになっていた。
そして、植物採集と家畜のお世話、
新たに作られたミーアの畑のお世話、
それとミーアから頼まれる村長補佐という名の雑用に
追われる日々。
「忙しすぎる……」
六太は畑の雑草を抜きながら、
毎日思っていた。
それでも、
平穏であり、美味しいご飯に、美女と美幼女の家族がいる。
なんの不満があろうか。
「六太くん、そろそろルクティの街に
行った方がいいわね」
カンガール食堂の仕込みをしながら、ミーアが六太に提案した。
「忘れてた。旅費も出来たから
適当な時期を見計らって行こうとは思ってたんですけど、
忙しくって」
「ほんとにありがと。
六太くんが村長の仕事も食堂も手伝ってくれたから、
なんとかここまでやってこられて、
少し余裕が出来たわ。
村長になったばかりの3ヶ月くらいは
ゆっくりご飯を食べている暇もなかったしね」
村長の仕事は想像以上に忙しく、
食堂含め村人の協力があったものの
ミーアも六太もいつ終わるとも分からない仕事量に
翻弄されていた。
「でも私は村長の仕事も食堂の仕事も
抜けられないから、一緒には行けないの。
ごめんなさい」
ミーアはそう言って六太に申し訳なさそうにしてくれるが、
六太は知っていた。
若干余裕が出来たというミーアの仕事は、
彼女が仕事に慣れてきただけであり、相変わらず量は膨大であることを。
「いいですよ、バース神官から詳しく聞きましたけど、
ルクティの街までの行き帰りに時間がかかるだけらしいです。
ゴブリンハーフとしての申請してガリアナ王国の国民にしてもらうのは
神官と後見人の書状があればいいだけなので、
一人で大丈夫です」
既に近隣の村までではあったが、
村長や行商の人に付いて
この異世界での旅を何度か六太は経験していた。
ただ、個人の用事として旅に一人で出るのは始めてであり、
はじめてのおつかいではないが、はじめての一人旅。
「(少し緊張する……)」
六太はミーアに大丈夫と威勢良く言ったものの
びびっていた。
行くと決まれば、早速準備。
既にミーアさんは後見人だけでなくバース神官の書状も用意していて、
おまけに旅の足として牛と荷車の用意も済ませてくれていた。
これはもうとっと行かねばという状況なので、
明日の朝出発するということになり、
準備の時間は半日くらいしかなかった。
といっても、ちょっとした武器やらを用意すれば、
後は以前旅の時に用意した荷物があるので、
一人旅用に武器でも購入すれば準備は完了である。
ソルダース村には元々冒険者ギルドがなかった。
できて何十年も経っていない新しく小さい村だったので、
なくても不思議ではない。
しかし、
冒険者が森に入るための一つの拠点としての役割を持っている村だったので、
当然あって然るべきだった。
ただ、前村長が、冒険者ギルドと冒険者の間に入り、
中間マージンを取るというせこい商売をしていたために
冒険者ギルドの進出を拒んできたのだ。
おまけに武器防具屋や道具屋も
独占しアコギな商売に精を出していた。
しかし、現在の村長ミーアがそんな状態を放置するはずもなく、
「冒険者ギルドを開きます」
その鶴の一声でというか多くの人が望んでいたことを実現した。
場所はちょうどいい所が空いていた。
【村長の息子が開いた食堂】である。
オーナーがいなくなり閉店したのだが、
村の中心に大きく作られたその建物を空き家のままにするには惜しい。
ならばということで、
そこに冒険者ギルドが入った。
そして、冒険者が利用しやすいようにと、
その建物の隣に武器防具屋・道具屋を
新設することになった。
しかし、村にそんな財政的な余裕があるわけがなく、
たまたま村長の息子を捕まえて手に入れた賞金がある
六太が全ての建物を購入し提供した。
もちろん地代ありで。
村の中心地から得られる地代はそれほど高くないが、
継続的な収入が期待されることから六太は進んで
お金を支払った。
これに味をしめた六太は、次々に金を村に投資しまくった。
賞金はすぐになくなったが、植物採集の能力により
地味に結構な額を稼げるので、全て使い倒した。
食事も寝る場所も心配ないなら、お金持ってたって始まらない。
「不動産王にオレはなるっ」
と言ったか言わないかはさておき、お金を使っていった。
まず【冒険者関連の施設】の充実。
これまでより、森への拠点として
ソルダース村を使いやすいように、
長期滞在用のコンドミニアムを作った。
宿屋もあったのだが、そこも前村長の息がかかっており、
前村長が村から出て行ったときに潰れていた。
宿屋の建物自体もかなり粗末なものだったので、
一旦壊し、しっかりした建物を作り直すことになった。
多くの短期滞在冒険者が泊まれるように
規模も大きくして。
そして、【村の食料関連の施設】。
ソルダース村は小さい集落で、人口も400人程度。
森からの恵みにより、それほど農業には力を入れていなかったが、
村の周囲にはだだっ広い平地があった。
隣村へと続く道に沿って開墾すれば、
野菜や穀物の栽培、家畜の大規模な飼育が可能と踏んでいた。
「畑とか家畜飼育場とか道沿いに作ってもいいですか?」
六太が村長ミーアに伺いを立てたところ、是非ということで了承を得た。
さらに、【村の衛生環境の改善のための施設】。
この異世界には風呂に入るという習慣はないようだったので、
元日本人として風呂に入れない現状は打破せねばならないという使命感から、
日本式銭湯を作った。
ついでに、マッサージ器はこの世界に見つからなかったので、
マッサージ室も併設して。
後に風呂とマッサージは冒険者の間で噂になり、
よりソルダース村が大きくなるきっかけの一つになるのだが、
当初はあくまで村人が清潔になるためであった。
木材は森から豊富に採れるので、
建物も比較的安価に作れ、
ソルダース村にはたくさんの人が集まるようになった。
人口も400人→1000人ほどと、半年で倍以上になっていた。
それにより
急激な村の変化は当然住民に大きな変化をもたらしたが、
新しいサービスやモノが入ってくることはそれ以上に好評を得た。
一番のネックとなる治安については、
ギルド誘致により、賞金クビを狩る人達が流入したおかげで、
以前に比べても良くなったようだ。
六太は、半年で大きく変わった村の様子に、
よく働いたなぁ~と、半年間の努力を思い出し
感慨にふけりながら武器防具屋まで歩いて行った。
武器防具屋で短剣と短槍、革の盾を購入すると、
その荷物を抱えながら、家まで歩く。
「こんにちわ、また出かけるんですか」
「ええ、ちょっとルクティの街まで」
そんなたわいもない会話を村人と何回かし、
ようやく六太は少し手を加えてオンボロから脱出した
我が家まで戻ってきた。
六太は村長の補佐役として懸命に尽くしてきたおかげか、
それなりにこの村の中で居場所が出来ていた。
それゆえ、
明日その地を少しの間ではあるが離れることに
若干の寂しさを感じていた。
「ま、少しの間だし、ささっと行って
ささっと帰ってこよう」
出来る限り早く帰ることを決意して
六太は持って行く荷物の最終確認を始めた。
翌朝。まだ太陽が出ておらず、空がほのかに白む頃に六太は村の出口にいた。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
「お土産かってきてね」
ミーアとシャルに見送られ六太は、
夜明けと共に荷車を牛に引かせてソルダース村を出発した。
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【今回の旅程】
ソルダース村→ガプレ村→シャス村→スルイガ村→ルクティの街
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経由する村は多く、恐らく片道で一ヶ月はかかる旅になる。
住み慣れた村から離れる寂しさもあるが、
まだ見たことのない場所に行く機会は
不安もあるが、ちょっとわくわくする。




