1-10ミミー
「(シャル戻ってくるのが遅いわね)」
ミーアは自宅で窓の外を眺め
シャルが家畜の飼育場から中々帰ってこないことを
心配し、迎えにいこうか考えていた。
まだ6歳の娘にはいつも助けられている。
ギルがいなくなってから、
お手伝いをこれまで以上に進んでしてくれる。
そんなかわいいわが子を見て、
母親がへこたれている訳にはいかない。
「あの子は絶対守ってみせる」
決意を新たにし、迎えにいくのは
この作業が終わってからと手許の服を畳む。
全部はムリなので、必要最低限の服を選びまとめる。
部屋の一角には馬一頭で引けるくらいの量まで
生活用品が整理されていた。
「この村を出て行くつもりか?」
ミーアの背後の扉が突然開く。
そこには、村長の息子が玄関に立っていた。
「勝手に入って来ないでください」
ミーアは驚きを隠しながら、できる限り毅然とした態度で
拒絶の意志を言葉に乗せてみる。
「俺はバカじゃない。
ミーアお前の考える事くらいわかってるぞ。
村の連中は俺を親の威を借りるボンクラと
陰口している奴もいるが、
そんな連中も結局は俺に従う。
ボンクラに従う奴等は、どんな存在なのか
理解も出来ないカス確定だが」
ミーアは村長の息子の話に含まれる悪意に恐怖を感じた。
しかし、目の前で震えていては
村長の息子に付け込まれる。際限なく。
そうなっては娘のミーアすら守れるか怪しくなる。
可能な限り冷静を装い、さっきからの作業を続ける。
明らかに性的な視線を送られているのを感じるが、
それでも手は止めない。
「(気持ち悪い……)」
扉に体を預けながら村長の息子は、
畳んだ衣服を隅へと持って行くために背を向けた
ミーアの尻を視姦する。
下等な魔物のゴブリンを彷彿とさせるような雰囲気を醸し出していた。
「俺は紳士だからな、無理矢理というのは好きじゃない。
やはり自分から俺の上で喘がせて
愛している、前の夫のよりすごい
と言わせないともえない」
ミーアにゆっくりと村長の息子は近づく。
もう手を伸ばせば尻を触れるくらいに。
ミーアは振り返り睨み付け、村長の息子に近づき頬を目一杯の力で叩く。
【【【ばちんっ】】】
一人でちょっとした重い食材なら運べるくらいには強い
食堂の女主人の力で、
村長の息子の顔を大きな音と共に叩いた。
「くくくっ。
気が強いそんなところもいい。
だがな、いつまでもその態度は続けられないだろ」
左頬がビンタで少し赤くなろうとも、村長の息子は
何もなかったかのように、続ける。
しかし、ミーアを本当に絶句させたのは、
村長の息子が続けた言葉だった。
「お前の娘が森の奥深くで迷子になっても
そんな態度がとれるかな」
ソルダース村周辺のヨルチアの森は魔物もほとんどいない。
既に多くの冒険者が踏み込んだことにより、
その森の浅い所では、人の子供であろうと
比較的安全に行動できるようになっていた。
森の初心者である六太ですら活動できるレベルである。
しかし、それもあくまで村の周辺のみ。
ガリアナ王国の東部全域に広がるその森の奥は
人を寄せ付けない場所である。
森の入口から1時間歩く圏内ならば狩人は行ける。
だが2時間も歩くと、一人前の冒険者でなければ生きては
戻れないであろう。
「!?」
絶句し青ざめたミーアの耳元に村長の息子は口を寄せる。
「よく考えろ。
今夜また来るからそれまでには覚悟を決めておけ。
アッ、そうそう、
もったいないから、気を遣って
体を洗っておく必要はないからな」
くくくっ、といういやらしい笑いと共に
そう呟いき、扉を雑に閉めて村長の息子は帰っていった。
逃げるのが遅れてしまった。
もっと早くこの村を出るべきだった。
ミーアの胸中に後悔が渦巻いたが、
こうなった以上今は娘のシャルが無事に戻ってくるかどうか。
「私じゃ守りきれないの……」
己の無力さにただただ悔しさを感じるミーアは、
その場に座り込むことしかできなかった。
六太の植物採集は
相変わらずの水準のままであり、
多少レア食材の知識がついても
土地勘が少しついても
結果には変化をもたらさなかった。
「努力いらないってことなんだろうか……」
少し寂しい事実に肩を落としながらも、
努力しなくてまあまあの結果が
出続けるならむしろいいということに六太は気付く。
「むしろ素晴しいことだ……ふふっ」
不気味な笑みを浮かべながら、草をむしり続ける。
すると、無心にむしり続けたせいか
籠もいつのまにか一杯になってしまう。
「一旦家に戻るか」
重くなった籠を背負い、六太はまだむしり始めて
それほど時間が経っていないが、家に一旦帰ることにした。
六太は森の浅い所で活動しているので、大した時間もかからずに
森を出る。
ほっ、慣れてきたとはいえ、やはり森から出ると
気持ちが落ち着く。
「!?」
六太の視界に森への道を歩いて行く男達が入った。
加えて、その肩に見覚えのある顔の少女。
シャルが静かに担がれていた。
「やぱいよな……」
20代くらいだろうイキッた感じの男が三人。
たまに見掛ける村長の息子の取り巻きだと
六太は気付く。
尾行のスキルなど持ち合わせていないが、
尾行した方がいいか。
どうするか。迷っていると、
男達が視界から消えそうだったので、
六太は考えることを止めて、
尾行を始めた。
しかし、六太が実際に森に入ることはできなかった。
野郎連中が三人のまま森に入って行くところまでは尾行できたのだが、
そこで見失った。
いや、見失わざるを得なかった。
「おめぇがゴブリン野郎か」
六太の前には同い年くらいであろう
十代半ばのがたいの良い少年がいた。
村長の側近の息子であった。
小さい村だと同年代の子供の数もあまりいない。
新参者で同年代の奴がやってくれば、
どんな奴かと気になる。
まして、職業『戦士見習い』の少年が、
親の立場で割とちやほやされる少年が、
ゴブリンハーフなるよくわからない奴がやってきたとなれば、
今の自分はどんなものか腕試ししたくなるのも
ムリはないかもしれない。
とんだ迷惑だ、と六太に思われようが、
仕方ないことなのである。
よりにもよって忙しい時に決闘を申し込まれた。
「人違いです」
「違わねーよ」
当然こちらは急いでいるので、
なんとか躱そうとしたが、
そもそも碌に知りもしない相手に絡む
脳筋の少年にそんな努力も役には立たなかった。
森の入口付近で、少年と決闘。
相手は木の棒に革の鎧を着て、
まさにやる気満々だ。
「いくぞ、魔物野郎っ!!」
ゴブリンハーフが人より力のあることは
人種的に明らかであり、年齢もほぼため。
前世からの年齢だと一回り以上下ではあるが、
勝てる可能性はある。
しかし、棒対素手って卑怯にも程がある。
騎士というより山賊じゃないかと
六太は心底思った。
結果的に試合には勝ったが……勝負には負けた……
前世までの貧弱な体から
現在の割とパワフルな肉体に変わって、
ちょっとしたケンカなどどうってことないだろう
と高を括っていた。
しかし、六太は今も昔も体の使い方を知らない子であり、
野山で育った子供に勝てる訳なかったのだ。
しかも、後で聞いたところによると、
ゴブリンハーフは人より人種的に
確かに強いらしいが、
ほんの少し程度らしい。
圧倒的な差があるとすれば、精力と生命力とのこと。
確かにマウントポジションでボコx2に殴られて
腫れ上がっていた六太の顔も、
気を失っている間にボコx1程度に治っていたのだから
生命力は圧倒的に強そうである。
ただ、気絶はさせられわしたものの
今回の勝負、六太は勝った。
気を失ったのはあくまで勝った後。
その前に村長の側近の息子は負かした。
方法?そんなもの決まっている。
袖に隠しておいたシビレネズミを
マウントポジションでいい気に殴ってくる村長の側近の息子の
足にお見舞いして麻痺。
動かなくなったところを、
マウントポジションでしこたま殴ってやった。
六太は殴りなれていないこともあり、
ボコx1の顔だけでなく、拳もちょっと痛め
満身創痍。
おまけに目が覚めるともう、村長の息子の取り巻き連中は
完全に見失っていた。
彼らの行き先は樹海であり、追いかけるなど不可能であろう。
……と
普通ならそうなるだろう。
そう普通の人ならそうだ。
しかし六太は違った。
なんといってもスキル『ネズミ飼い』がある。
そうちょっと前までの
無職でスキルなしの少年ではなくなっていた。
もちろんつい先日拾って飼い始めたネズミは一匹だけ。
決闘の奥の手として使うため、村長の息子の取り巻き共を
追いかけさせるわけにはいかない。
がしかし、六太のネズミこと「ミミー」はメスだった。
それもおそらくシビレネズミ界では上位の美貌を持つメスだったらしい。
そんなメスが一匹いれば、
いつの間にかオスが集まってきて
容易く捕獲できたりした。
今はそのオスを別働隊として
村長の息子の取り巻き共を追わせていた。
なんとも器用なことができるスキルである。
気絶から目を覚ました六太は、
植物採集の荷物をその場に放り出し、
ネズミのミミーの導きで
尾行している別働隊のオスを追いかけた。




