1-9ヤギニワトリの側で
ソルダース村の南にある高台に一際大きな家がある。
村長の家である。
その一室に野郎が集まって
まだ昼になってもいない時間から働きもせず
酒を飲みながらだらだらとしていた。
「これでやっと落ちるだろ」
「もう少しでミーアも兄貴のもんだな」
「ああ、面白みのねぇ旦那のギルが運悪く
賊に殺されちまった時は
これでやっと俺のものだと思ったが」
「くく、オレ達に似た賊に合うなんて
運が悪いよな。
それにしてもしぶとかったな。
ギルの野郎もだが」
「ホントだぜ。見ろよこの左腕の傷。治っても疼くんだ。
腕っ節だけは小さい頃から図抜けてたからな」
「しかし、奴が死んだ後も時間かかりましたね。
村の連中もいちいちミーアの手助けしやがるから
食堂も普通に回り始めてたし。
ほんと手間がかかったな」
「新しい食堂作ったせいで、
せっかく街道から集めた金も
大分減っちまったが
それもやっと終われる」
村長のイスに腰掛け、
庶民が飲むには不相応な9級食材で作られたカスツール酒を飲みながら
村長の息子は応接用のソファに座る取り巻き連中に指示をする。
「さぁ、後はこの村から逃げる選択肢を潰して
ミーアの件は完了だ。
お前等もう一働き頼んだぜ」
村長は家の別の部屋に居るようで物音が聞こえる。
どうやら隣の部屋にいるらしい。
「「「「ドンッ」」」」
壁を強く蹴りつける、村長の息子。
「うるせえぇぞ、静かにしてろじじぃ」
また酒を煽り、今夜にでもあの女を抱けると妄想する。
股間は既に盛り上がってしまう。
じゅるりと涎が溢れないように手で拭う。
村長の息子は、特別に有能ではなかった。
だからこそ、村で一番信頼が厚く、文武に優れた男であったギルが
憎かった。
いつか殺す、そして奴の大切にしていた女も
体だけでなく心さえ屈服させる。
それの望みがようやく結実する。
興奮が抑えきれない様子は一層村長の息子を禍々しくしていった。
中天に太陽がかかる頃、カンガール食堂の家畜小屋には
ミーアの娘シャルが訪れていた。
ヤギニワトリは、朝と昼二回卵を産む。
もちろんストレスがかかると卵は産まないし、
餌の栄養バランスが悪くても産まない。
しかし、現在六太の世話も
それほどヒドイレベルではないようで、
大抵二回産んでいる。
ただ、昼については、
六太は森に植物採集に出かけることにしていたので、
卵の回収はミーアの娘シャルに任せていた。
「きょうは15コとれた」
ヤギニワトリが餌を食べている間に
産んだ卵をシャルが手提げの籠に回収していく。
「はいどいてどいて」
餌に夢中になり、道をふさぐヤギニワトリの間を
シャルは器用に通り抜けて小屋の外へと出て行く。
きょうは15個ある。あさはロクタがとってきて
12個だった。
わたしのほうがママのやくにたってる。
シャルはたくさんの卵が集まったことで喜びの表情を浮かべ、
卵が割れないように慎重に運ぶ。
シャルはミーアの作るヤギニワトリのオムライスが大好きだ。
ママのりょうりはせかい一だと
いつもくるおいちゃんがいっていたが
そうだとおもう。
だから、シャルもそんなママが自慢なのだ。
そんなママみたいになりたい、と思い、
シャルは職業も『料理人見習い』を選んだ。
パパがいなくなって、シャルもママもかなしい。
シャルのまえではいつもかなしそうなかおはしないけど、
ひとりでいるときに「頑張んなきゃ」っていってる。
そんな母親の姿を見て、これまで以上に
シャルはお手伝いをする決意をしていた。
だから、飼育場の作業もするし、お皿も洗うし、
家の掃除もしていた。
たまに、ヤギニワトリと遊ぶこともあるが、
それもかなり我慢している。
ヤギニワトリのせわもぜんぶぜんぶ
やるっていいたかったけど、
いまはネコのテもかりたいほどだから
ロクタにもしごとをわけてあげるんだ。
父親のギルが亡くなり、
六太が来て、よりしっかりしてきたシャルであった。
少し頑張り過ぎではと母親のミーアも思わないでもないが、
娘の気持ちも成長も喜ばしく、
それがミーアの現在の力の源になっていた。
シャルは卵の入った籠を一旦地面に置き、
素早く檻の扉を施錠する。
ヤギニワトリが逃げたり盗まっては大変だから。
「「「ガチャっ」」」
鍵がしっかりとかかる音を聞き、
「よしっ」
シャルは今日も上手く扉を閉じられたことに
満足し置いていた籠を両手で持ち上げ家に帰る。
歩きながら、昔父親のギルに教えて貰った
歌を歌う。
さいきんはまいにちのようにあのおとこがきて
ママにけっこんしろってうるさい。
あんなパパはぜったいいやだ。
わたしのパパの方が何倍もかっこいい。
父親のギルとの楽しかったことを
思い出し、
シャルは止まりそうになる
足を前に出す。
「お嬢ちゃん」
突然低くドスの利いた野太い声がシャルの背後からかけられる。
シャルはその声に一瞬びくっとしてしまい
動きが止まる。
止まるとほぼ同時に
シャルは口をふさがれ、
意識を奪われた。
檻の中のヤギニワトリも餌に夢中で
シャルがあまり上品とはいえない男の肩に担がれて
運ばれていくのに気付かない。
男はそのまま森の中へと入っていき、
ついさっきまでシャルが立っていた位置には
手提げ籠があり、
中の卵はほとんど割れてしまっていた。




