序章男は一度死ぬ
勢いで書いてるので設定やら誤字脱字やら色々なんやかやあるかもしれませんが、ご勘弁を。
都心まで電車に乗れば1時間以内で行けるとはいえ
駅から少し離れると多くの緑を残す街H王子市。
そこで葛城六太は一人暮らしをしていた。
それもただの一人暮らしではなく、真の一人暮らし。
両親は既に他界しており、兄弟姉妹はなし。
親戚もいるらしいが、両親共に付き合いはない。
友達がいるかといえば、いない。
両手で数えたのならば、10本の指は折ることができず伸びきったまま。
そんな状態であった。
もちろん自然が友達ということでもないので、
野鳥が彼の家の窓際に来てちゅんちゅんさえずることもない。
住んでいるアパートがぼろいため、
鼠の鳴き声を聞くことくらいはあるが……
つまり、完全に一人ぼっち暮らしをしていた。
それも彼自身が人見知りであり、社会性に欠けていたことに起因する。
人と関わりを持つ勇気が、たった一歩踏み出し飛び込む勇気が欠けていたのだ。
運がよければ、強引に距離を縮めてくれる友人も現れたかもしれない。
しかし、そんな人物との出会いがそうそう都合良くあるわけもなく、
六太は一人ぼっちであった。
H王子市の郊外にあるオンボロなアパート。
まだ日が上ったばかりの早い時間ではあったものの、
夏の強い日差しが既に屋外を満たしている時間帯。
気温の上昇と共に大きく鳴いているように感じる蝉の声が
アパートの裏の林から騒々しく聞こえている。
油性ペンでとりあえず書かれた【葛城】という表札を扉に付けた
アパートの一室の気温は、住人の体力を奪う暑さに達していた。
「……そろそろ仕事に行くか」
壁にかけられている大きめのアナログ時計を見ると、
そろそろ出発しないと遅刻する時間だ。
ベッドに横になっていた六太は起き上がる。
のそりと動く体には、ほとんど機敏さはない。
エアコンをつけない生活に慣れてるはずだったが、
今年はかなり夏バテ気味だ。
「あぁ~もぅ、早く季節変わらないかなー」
今年の夏はここ最近で一番ツラい。
そう六太は感じていたが、これまで風邪くらいしか病気をしてこなかった身としては、
ただの疲れくらいに考えていた。
季節が変わればまた元気になるだろう、程度に思っていた。
六太のワンルームの狭い部屋には家具が割と少ない。
単純に狭くて置けないということもあるが、
収納スペース外にある家具といえばベッドと食事用の小さな机くらいである。
六太は腰掛けていたベッドから立ち上がると、
その小さな机の上に置いてあるショルダーバッグを掴む。
そして、持ち上げようとした瞬間、
突然の痛みに六太の顔が歪んだ。
なんだこれ。
殴られたかのような激しい痛みが頭に走った。
これまで一度も体験したことのないような強い痛みに、
六太は何が起きたのか全く理解できないでいた。
強盗かとも思ったが、こんな貧乏なアパートに入る人間はいない。
恨みかとも思ったが、そんなにややこしい人間関係も持ったことがない。
結局何が起きたかはよく分からないまま、倒れる。
机に手をつこうとしたが、腕に力が入らずに
机に体を打ちつけてうつぶせに崩れ落ちた。
痛みだけかと思ったが、どうやら思ったように体も動かない。
まったく言うことをきかない体のせいで、
バッグの中にあるスマホすら取り出せない。
助けを呼ぶこともできないことを理解し、六太は死を覚悟した。
「(もうだめかも……、
結局なんにもないつまんない人生になっちゃったな)」
痛みの中でそう人生を振り返るのを最後に、六太の意識はあっさりと途切れた。
H王子市に生を受け、およそ四半世紀生きた男、
葛城六太は暑い夏の朝に息を引き取った。
六太がいないことによって社会の中で誰か困る人はおらず、
その日のうちに探されることもなかった。
結局最後までひとりぼっちで死んだ。
たまにきまぐれでエサをやっていたネズミや野鳥くらいは心配して寄ってくる…
なんてこともなく、やっぱりひとりぼっちで人生を終えた。
もう起きることはないだろうな、意識を失う直前にそう六太は思っていたが、
その予想は見事に外れ、意識は戻ってきた。
死に直面し人が変わる、というケースはあるが、
六太も死の瀬戸際まで行き、心持ちを改めていた。
もしも助かるなら
これからはもっと充実した人生が送れるようにしよう。
人と関わることを避けずに、肩の力もいいかんじに抜いて
人生を楽しく過ごそうと覚悟も決めていた。
具体的なやり方はわからないが、とりあえず漠然とそう決めていた。
だから、目が覚めたことは素直に嬉しかった。
とりあえず、自分の代わりはいくらでもいるとはいえ、
仕事場に連絡しよう。
出費はいたいが、病院にも行こう。
それからもう一度人生をやり直してみよう。
倒れた時に比べれば動く体を起こし、目を開ける。
頭の痛みもすっかりなくなりすっきりしている。
夏の暑さも気にならないほど爽快に目覚められたはずだが、
すぐに六太は混乱した。
ひさしぶりの光に一瞬目を眩ませられる。
眩しい。
だが、すぐに光にも慣れると、目の前は自宅のボロアパートでもなく、
かといって病院でもない。
六太の周りに広がっていたのは━━
木、木、木、苔、岩、草
「…大きいな」
目の前の巨大な木や岩に六太は圧倒されていた。
どう見てもそこは壁と天井に囲まれた部屋の中でなく
ただの自然の中。
しかも、自宅近くの緑とはレベルが違う緑具合。
昔見たTV番組で出てきた秘境のような、原生林が広がっていた。
「…どこ?ここ?」
キュゥアァァー、クォーなどの鳥?らしき声が森の中に響き六太はびくっとする。
六太の頭上高くには木の枝が所狭しと伸びており、
日光を遮り、薄暗く少し不気味な森。
空気はキレイでおいしいが、
自然にそれほど接することがない人間にはかなりへビーな環境である。
「……」
ひざ立ちの状態で周囲を見回しながら、ちょっとまずいかもしれないと六太は思い始める。
何か木や岩以外に人工的なものはないかと探すが見つからない。
それでもしばらくの間周りに目を向けるも、期待できそうな要素を見つけられない。
しかし、諦めがつくと気持ちも不思議と落ち着いていた。
どこにいるのかもわからないが、とにかくこの場所から移動する必要がある。
じっとしててもしかたないし…
今後の方針は決まったので、
六太は倒れていた体の状態と持ち物の確認を始めた。
まずは、自身の体がどうなっているのか。
血は出てないのか、痛みはまだあるのか。
痛みが強かった後頭部を触ってみても手に血がつくことはなかった。
他にも倒れた時に机にぶつけた痛み、傷もなかった。
ただ、服は……股間は隠せているが概ね裸。
ワイシャツにスラックスを着ていたはずなのに違う服装になっている。
「え?なにこれ…」
周囲の景色がおかしなことになっているように、
どうやら自身の体にも色々とおかしなところがあった。
意識を失うまでの葛城六太の体は成人男性として平均的な170cmくらいあった。
筋肉も脂肪もあんまりついてなく、ひょろっとした体型だった。
しかし今確認してみると、まるで違う体だ。
脂肪が少ないのは同じだが、今は結構筋肉がある。
腕を曲げれば、上腕二頭筋がそこそこ盛り上がるし、腹筋も若干割れている。
身長は小さくなっているようで、ゆっくりと立ち上がってみると
視線の高さが一段階くらい低くなっている。
インドア派で真っ白だった肌は浅黒い。
光が少ない森の中ということを考慮してもやっぱり浅黒い。
全体としては『運動部で日焼けした中学生』みたいな印象を受けた。
「どうなってるんだろう。
まぁ動けないわけではないから……とりあえず体は保留かな」
声も少し高くなっているようで、以前と違う。
違和感だらけの六太だったが、とりあえず歩き出した。
ちなみに、持ち物は何もなかった。
遭難時の心得などないので、どうしたらいいかは分からない。
倒れていた場所に戻れるように意識しながら少しだけ進んでみる。
すぐに背の低い木が密集している場所が進路を塞ぐ。
「いきなり通れない…」
手を使って進めるか試していると、思ったより枝が少なく柔らかい。
これなら進めるかも、と考え体を木の間に押し込んでいく。
密集している場所も10メートルくらいで終わり、木の間から出ようとすると、
柴犬の成犬くらいのなにかがこちらに向かって飛び込んできた。
「ぅわっ!?」
驚く六太の足元をその生物があっという間に通り過ぎていくのとほぼ同時に、
『ヒュッ』という風を切る音が六太の耳に届いた。
【【【トンッ】】】
六太が音のする方を向く前に、強い衝撃が体を貫いた。
ただ、密集した木の枝が支えになり、地面にたたきつけられることはなかった。
「!?」
一体何が起きたのかさっぱり理解できないでいた六太だったが、
衝撃を受けた部分を手と目で確認してみると、
「矢が刺さってる?」
六太の胸元からはまっすぐな木の棒がはえており、その先には矢羽があった。
まるでオブジェでも見ているように矢を見ていると、
目の前が真っ暗になってきて、そのまま尻餅をつき意識を失った。
六太が目覚めてほんの数分、
まるで夢の中の出来事のように始まって、夢が覚めるようにあっという間に終わった。
ただ、胸元に深々と刺さった矢は、使い古された狩猟用の矢は消えることがなかった。