夜の終わり、続く作戦
真夜中の襲撃から、夜が明けて。
勇者一行の最年長である安田遊は一人、朝から働き詰めであった。
材料さえあれば思うがままに加工出来るギフト『祈願創生』という、世界史規模で一人か二人しか持ち手が居ない希少能力を使い、襲撃によって壊された建造物を修繕して回っているからだ。
「想像だけで物を作る」というのは予想以上に難点が多く、未だ使いこなせているとはいえないのだが。
本業の手が空くまでの時間稼ぎだと思えば十分な出来の物が作れる、将来有望なギフトである。
「いやはや、流石ですな」
帝国城のエントランスホールに来た大臣が、雨漏りの心配が無くなった天井を見て手放しに褒めるのも当然。
魔法やギフトがある世界。同じ事ができる能力者は数多くいれど、それを一人でこなせるほどの魔力量は、召喚者故か、才能か。
服装、貫禄、それと周囲の反応。
大臣とは判らずも偉い人だと判断した遊は日本人の性か深々と頭を下げるが、大臣は笑って頭を上げさせる。
「勇者は国に縛られませんからな。勇者と共に召喚されたというのは前例が無いので判断に困りますが、恐らく、一大臣である私より貴方の方が立場が上かと」
そう言われても、といった様子で愛想笑いする遊。
日本人だという以上に、大穴の原因が仲間の一撃だというのが特に大きいので、遊は畏まったままである。
「……急な話で申し訳無いですが、王国から貰ったという腕輪を見せてもらえませんかな?」
本当に急な話。
「いいですけど……?」
一瞬、盗られるのではという思考が脳裏を掠めたが、一国の大臣が人目のある場所でやるはずがないと即座に否定。
右腕から、地味な腕輪を外して手渡す。
「ふむ……成る程成る程……基本的な……だが……」
検分する大臣と、いつもある物が無くなった右腕を気にする遊。
この腕輪は、勇者一行全員に配られた魔道具。
召喚特典に言語関係が無かったがため、王国で使われる一般的な言語を半年間で頭に詰め込んだ後、会話を手助けする補助器具を貰ったという流れ。
それが無くても遊は片言程度なら話せるのだが、身に付ければ、あたかも自分が天才になったのではと錯覚するほど異世界語を理解できる。
基礎がないと効果が薄くなるため、他国語を覚えるのがあまり得意ではない舞原拓哉は、付けてようやく日常会話といった効果で。
「ありがとうございます。いやはや、勉強になりました」
腕輪を返し、付けるのを見てからお礼を告げる大臣。
「実は私、魔力の籠もった道具という物が大好きでしてな。その腕輪は皆さん方が召喚されてから作られた品のようですな。いやはや、ラクーン王国にも優秀な職人が居られるようで何より」
言葉通り受け取るほど、遊も子供ではない。
考えられることは幾つかあるがそれは国の仕事だからと、気付かぬふりで話に関心する。
「……いやはや、そうですね」
どうやら、安田遊の事も少しだけ探られていたようだ。
「では、見せて貰ったお礼として此方を差し上げますかな」
そう言いながらポケットから取り出した何かを、遊は素直に受け取る。
一度は断るという文化も国によってはあるが、帝国では素直さが好まれるとリサーチ済み。
そして手渡されたのは、小さな宝石の付いたネックレス。
「簡単に言えばその腕輪の上位互換ですな。学習しなくても全ての言語を着用者の理解可能な言語に変換してくれるという魔道具です。作れる者が限られ、素材不明であり、存在する数もない。帝国貴族でも家宝に……いや、城の宝物庫に入れられるべき物ですな」
ポケットから何気なく取り出された物が、国宝級。
「いやいやいや、割に合わないですって!」
「大丈夫ですよ。私、こう見えて偉いですから」
会話にさせない。
昨夜の分なら後日公式の場でという話になっており、遊の手伝いも仲間である水森綾の仕事も、報酬はその時にとなっていたはずで。
それに腕輪を見せただけにしては──
「貴方のギフトなら、素材さえあれば魔道具も作れるはずです。陛下はそれを望んでおられます」
「──……解りました」
さらに大声で反論する前で良かった。
周囲を確認してから、溜め息と、返事。
日本では社会人である遊だが、エリートでも営業でもなく普通の一般社員であり、腹芸をこなせるほど人生経験も積んでいない。
「いやはや、手を休ませてすみませんでしたな」
「……いえ、勉強になりました」
あからさまに疲れを出しながら頭を下げる青年の姿に、繁忙期の文官を思い出して苦笑する大臣。
「そうそう、言い忘れておりました」
見送る体勢に入っていた遊は、まだあるのかとげんなり。
大臣自体は嫌な人どころか凄く良い人そうなのだが、立場相応の腹の色をして、とても疲れる。
「未だ眠り続けている勇者殿の、腰に下げていた剣ですがな。私の目利きではあれも魔道具ですな。それもそのネックレスと同等の価値はありそうな一品。是非とも一振り、帝国にも欲しいものですなあ」
いやはや、それだけです。
そう言い残して去っていった大臣は、よく見れば向こうに部下らしき人を待たせていたようで。
「……え、それも調べて作るの? 俺が?」
取り残された遊は、釈然としないものを抱きながら。
少なくともこの城に居る間は、紳士という相手に油断しないことを誓った。
勝てる気はしないが。
・・・
各所に配った本とのやり取りを終え、ウィンドウを閉じて伸びをする。
「こんな所かな」
仮面を装着して、三人のメイドが何やら慌ただしく走り回る館を見渡して歩きながら、やっぱり本職が建てた城にはセンスで負けるなぁと修正点を確認しつつ、玄関から外に。
『ゲート』ではなく普通に正面玄関から出てゆくソラを目撃した赤メイドが異様に驚き、他の二人も集まってひそひそ話。
そんな所をメイド長に見られて、逃げ遅れた黄色だけが先に怒られる、日常。
「こんちゃー」
村人に外見相応の挨拶をし、普通の対応八割、敬意や怯えを感じさせる対応を二割貰いながら村をてくてくと歩くソラ。
空を飛ぶ白龍が墜落する現場を目撃すれば、まず逆らおうと思う村人はまずいなくなった。
それでも普通の子供扱いされるのは、人徳か、見た目か。
ソラの愛嬌以上に、ベルが恐れられているからか。
ガハガハと笑いながらソラの背中を思いっきり叩くドワーフの大工も、ベルを前にすると緊張して敬語になるほど。
元からソラが作っておいた家も、リフォームやら作り直しが一段落した村。
スキルを全開にしたソラの建築技術は凄まじいが、元が素人で知識が足りないがために。その場に合わせた建築、この村でいえば山と海に挟まれた環境というのが何となくしか出来ていなかった。
特別な処理が施された館以外、潮風と寒気対策は必須だったのだ。
日本を知るソラからすればまだまだだが、この世界の人から見れば十二分であるほどに充実している。
未だに井戸を使うのが当たり前な世界で、上下水道が整った都市以上に飲料水が自由に使え、病気や怪我をしてもソラ特製の万能薬が館に常備。
村で生産不可能な生活必需品は多いが、 それは村としては当然。それさえも領主的存在の子供か館で働く人間に伝えておけば、行商より早く、安く、大量に届けられる。
半数以上が帝都で集められた人々なのだが、異世界有数の近代国家である帝都よりも明らかに過ごしやすいと感じている。
強いて村の難点を挙げるなら。
他の人里との交流が立地的に、オーガ村以外不可能な事。
独身女性と既婚者に人口が偏り、独身女性に異性との出会いがない事。
領主的な子供が何かやると巻き込まれる事。
おかしな子供が勧誘したからか、おかしな村民が多い事だ。
ソラの目的地は、急いで移住したいという人に、自宅が完成するまで住んでもらっていた仮住居。
現在そこは、この村では珍しいことに、非常にむさ苦しい空間となっていた。
「やっほー。どんな調子?」
家の前で木剣を振っていた上半身裸の男に、馴れ馴れしく話し掛けるソラ。
「はっ、絶好調であります!」
仮面の子供から気軽に話し掛けられたらにも関わらず、まるで上官に声を掛けられたかのような反応で帝国流の敬礼をし、返答するマッチョな男。
男の大声が聞こえたからか、家の中と裏庭からぞろぞろと集まっては綺麗に整列、敬礼、待機する男たち。
漏れ無く、マッチョ集団。
帝都の襲撃で犠牲になったはずの騎士たち、である。
全員に用事があったから丁度良いと。
インベントリから取り出した布を敷き、全員分の本をドサドサと積み上げる。
「まずは、グリモワールだね」
事前に所有者から説明を受けていたらしく、何人かから感銘の声が漏れ出た。
「次に装備。基本的な騎士装備を用意したけど、ある程度のオーダーは聞くから。かさばるから、あとで小屋建てて置いとくね」
本の次に取り出された装備見本には、先程よりも大きな声が上がった。
全身甲冑でありながらスマートで緩やかな曲線を描いた、銀に青の差し色が美しい『シルバーナイト防具一式』。防具に合わせた『シルバーソード』『シルバーランス』『銀のレイピア』『シルバーシールド』。
「小屋を建ててるから、時間的に丁度良いしオーガさんの村に全員で挨拶してきてね。多分、巨大な肉の塊を貰うと思うから……頑張って」
頑張っての意味は通じなかったようだが、帰り道で身に染みて理解するはずだ。
「あと女性騎士の人にメイドさんたちの軽い訓練をつけてもらうことになったから、連絡があったらグリモワールでしてね」
それだけを言い残して、早々と退散。
女の子大好きなソラにはやはり、男だけの集団は少々キツすぎたようだ。
「よいしょ」
そして逃げるように移動してきた海で、クラーケンとしては小さめの五十メートル級を釣り上げ、インベントリにしまってからメニュー画面で生産。
千葉さん用の餌を作りながら、今更「巨大なあたりめを食べるドラゴン」がおかしく感じて、笑いを堪え。
館に帰ると、丁度。
赤と緑が空高く舞い上がっていたところで。
「メイド長。騎士さんがドン引きしてるよ」
作戦に参加した数少ない女性騎士二人は。
それが当然であるかのように二人を放り投げたメイド長の怪力に、これに訓練をして自分たちの身が大丈夫なのか、安請け合いしたことをとても後悔していた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
挨拶を忘れぬメイドの鏡。
その背後に、落ちる二人。
「おが……おがえりなざい、まぜ……」
「……」
赤メイドは辛うじて喋れたが、緑は目を回して気絶している。
ゲームの防具であるメイド服を着ているからこその生存であり、普通なら骨折どころの騒ぎではない。
「緑は普通の人だからダメだよ。赤は丈夫だから別にいいけど」
それが耳に入ってしまい、ガクッと意識を飛ばして白目を剥く赤色。
「あ、やばいかも」
無詠唱で回復魔法を唱えたソラに、その速度と効果に驚く騎士。
騎士に訓練してもらえると聞き、内心でハシャいでいた脳筋メイド長。
お嬢様の手を煩わせたことで「少しやりすぎたかなぁ」と、少しだけ、ほんの少しだけ反省した。
またも歩いて移動するソラ。
窓から外の仕事仲間と女性騎士を眺め、安堵の溜め息を吐く黄色。
その後ろを通りながら、その安堵は二人の無事か、巻き込まれなかったからかと考え。
黄色だから十中八九、自分の身の安全だろうなと、ウンウンと頷きながら歩く。
「首をカクカクして、どうしたの」
ソラ的には二人の無事を安堵してくれたほうが百合として……とか脱線していたら。
本日の最終目的地が、自ら降臨。
「百合は強制するもんじゃない。自発的に起こる自然現象なんだよ」
キリッとした顔で、決める。
「……甘い物が食べたいわ」
「すぐ用意するね!」
沈黙を挟んでからベルは話を逸らし、忠犬ソラは喜び勇んでキッチンへと走り去った。