仕組まれた暴走
帝国城のエントランスホール。
何処からか侵入した、多種多様な魔物の群れ。
「この程度か虫螻が! それでこの皇帝の首が取れるとでも思ったか!」
それに対処する家主と家来。
時々、客人。
「どうして、皇帝が戦ってるんだ……?」
手にした『聖剣』で魔物をちまちまと刺しながら、春斗は疑問を口にする。
魔物相手に「皇帝らしい台詞」を吐きながら戦う皇帝は最近剣術を習い始めたばかりの春斗より剣を振るう姿が数段は様になっており、剣もその地位に見合う物なのか、青白く光りながら鋭い切れ味を見せている。
「皇帝が戦ってるのに止めない騎士。つまり、そういう文化なんだろ」
素手で殴った昆虫型の魔物が体液を撒き散らし、関節という関節をぐしゃぐしゃに折り曲げてそのまま絶命。
残酷で不思議な戦い方をする遊が、春斗の疑問に適当な答えを返す。
「でも、皇帝陛下って強いんだねー」
二人の背後から群れのド真ん中に小規模の雷を落とした女は、豪華な装備と赤髪が目立つ皇帝を目で追いながら、次の電気を手の中に溜める。
宮本 八子。
名前は「ヤコ」だが、小さな頃から「ハチコ」と友達に呼ばれている高校生。
拓哉が偵察に行って直ぐにこの襲撃。
最後の一人は戦闘能力が低いため、近くの別室にて他の仕事をこなしている。
その二人を足して、勇者一行の日本人。
──この舞台の観客にして、主演たちだ。
どれだけの魔物を倒したか。
疲れを知らない皇帝陛下は高笑いで暴れ回っているが、魔物の死体で足の踏み場に困る現状。
美しい内装だったエントランスホールが台無しだ。
魔物は人や他の生物が立ち寄らない場所に生息するはずで、街中に、それも中心である城の内部にこれだけの数が現れる訳がない。
「怪しい人影を発見!」
漸くか。
そう思った春斗が声のした方を見た、その時。
深くフードを被った怪しい人物を囲む帝国騎士の一団が。
一瞬で、全員、地面から生えた巨大な杭に串刺しにされた。
同じくその光景を目撃した遊は、ただ一人。
新たな敵の出現よりももっと“ヤバいもの”を直感して、拓哉を残さなかった自分の判断を嘆いた。
まだ戦闘による死に慣れていないでパニックする八子を無視し、側で固まっている春斗の視界を、手遅れだと思いながらも立ち塞がることで遮る。
手にした聖剣と腰に下げた鞘が、目を眩ませるほど強い光を放つ。
眩む視界で脇を抜けられた気配を感じ取った遊は焦る心の中で皇帝と「犠牲者」に謝罪し、元は赤い高級絨毯、今は魔物の体液で汚れてベトベトとした床に手を付いて。
叫ぶ。
「全力で身を守れえええええ!」
戦いに集中して抑えられていた感情が。
春斗の、勇者の、精霊の。
一体化して混ざり合った本能が。
騎士への愛が。
「ウガアアアアアアアアアアアアア!」
「ふむ。私も手伝おう」
光の中で遊は、その男の声を確かに聞いた。
・・・
帝都をぐるりと囲む外壁の上。
「スゴ……」
これまでで最大の警告を鳴らしたスキル群に従って『ゲート』で逃げたソラは、怪しい魔法使いのコスプレをしたまま、城から生えた光の柱に感動していた。
光柱は城を突き破り、雲を散らし、帝都を明るく照らしている。
見晴らしの良さと目立たなさを気に入ったソラが今回の作戦のためにと勝手に改造した外壁上の喫茶スペース。
そこで待機していたベルと世話役のソフィアも、突然現れた怪しい魔法使いよりも光柱に目を奪われ。
「成る程。聖剣の力ね」
早々に理解と納得をしたベルが異常で、ソフィアのようにポカンと口を開けるが正常。
「咄嗟に勇者と私を囲むように頑丈な壁を作って、聖剣の威力を上に逸らそうとした。やるね、あのオジサン」
その判断は褒めるが、聖剣の威力に対して壁が脆すぎた。
ぶらりと現れた魔王が壁を補強しなかったら聖剣と適当に打ち合って相殺したけど、とはソラも口には出さず。
けれど此方の方が、勇者の力を世界に示すという意味では相殺よりもド派手でインパクト大。結果オーライの大満足。
予定より帝国へのダメージも大。
「ま、あのオジサンのギフト使えば改築も簡単でしょ。後は適当に贈り物して、皇帝は存分に暴れたから満足だろうし、犠牲者役の騎士に謝礼を送って」
指折り確認。
そうこうしている間に服はそのままにソラの姿が元に戻り、ぶかぶかのローブ姿を、ベルがガン見。
「ダンジョンと繋いだゲートは閉じたし、あっちの豪邸はあ……無視でいっか。あれも演出ってことで」
今回の流れはこうだ。
騎士団所有、改築予定の建物。
ソラが、ゲームの攻撃魔法を試し撃ちがてら爆発。
それから少し遅れて、城の入口。
比較的弱いダンジョンと繋いだ『ゲート』を遠隔操作にて開ける。ダンジョンの魔物を『ゲート』に誘導する役目は、ダンジョン側の『ゲート』出現場所に待機していた魔王。
魔王の役割はベルがギフトで代用してもいいのだが、ダンジョンにベルを待機させるのを嫌がったソラの我が儘である。
直後、スキル<直感>により勇者一行の剣士が来ると判断。
即席であの日を再現したキャラ作りで戦闘するが、間違えて別な弓を装備してしまい、会場に選んだ豪邸の庭がエラいことに。
剣士をあしらうと、魔法使いコスに変身して『ゲート』で城へ。
『ゲート』は複数開けられないのでこの時、魔物の供給が途切れる。魔王も消える瞬間にくぐり、城の中に隠れる。
事前に騎士団から募った犠牲者という名の希望者を、勇者一行から離れているけど視界が通る場所に配置し、ソラ出現。
やはり魔法の試し撃ちで、
目の前で騎士を殺すことで、ソラは忘れかけていた勇者の『強制・騎士大好き病』を利用して本気を出させる。
予定では勇者とソラ(変装)が戦い、適当な所で魔王が颯爽と登場。
ソラが負けたふりで退場し、後は流れで「元の世界に帰りたいなら~」的な会話を魔王がやって作戦終了。
現実は、想定よりも勇者の騎士愛が強かった。
より派手になったし勇者の現時点での全力を見れたので、ソラは満足である。
皇帝は魔物討伐に。
魔王は作戦の歯車に。
ベルは遠くから見学。
ソフィアはベルのお世話。
「王国のハンターが二人、居たはずだけど?」
作戦に出てこなかった二人の所在を疑問に思ったベルが尋ねると、ソラは光柱の消えた城を指差し。
「女官長に頼まれたから、皇女ちゃんが戦闘に加わらないように足止めしてもらいました」
カタリナさんには作戦の立案に参加してもらったけど、作戦終了後に伏線として顔合わせさせるくらいしか役割が無かった。
そう告げるソラにベルは納得し、いつもの夜に戻って気を取り直したソフィアも、女官長らしいと微笑む。
「部屋の位置的に聖剣の光が危なかったらしいけど、犠牲者は出なかったって」
作戦報告をするため本を確認したソラの言葉に、ソフィアは顔を引きつらせた。
エントランスホールの真上近く。
部屋を掠めた極太の光線に、駄々を捏ねていた皇女は大興奮、ネルフィーは時間の都合で欠伸。
他のカタリナやら女官たちは呆然とした後、今のソフィアのような顔をしたり、腰の力を失って暫く立てなくなったり。
思ったより、城へのダメージ大きいかも。
そんなことを今更ながら考えたソラは、自分もちょっとは手伝うことを決めた。