Trigger
本当は二十話以内に書く予定だったものが含まれています。
「思ってたより上手だね」
仕留めた獲物を片手に跳んできたソラは、茶色の保護色になったシートの上でうつ伏せになったベルにそれを掲げて見せた。
ベルは一目だけ獲物に向け、無言で次の準備をするが、その表情は楽しそう。
廃都から出てすぐ。
廃都となる寸前に起こった大事件により、豊かな森に囲まれているのにペンペン草の一本すら生えない荒野と化した場所。
「万が一にも誤射が無くて、小動物のような魔物しか出ない場所」を皇帝に尋ね、文官の手を無駄に煩わせて聞き出したエリアだ。
調べるのは部下であって自分ではない皇帝は、地図を引っ張り出して緊急会議を始めた部下を後目に何をやるのかを聞き出し、面白そうだからと付いて来たがった、のだが。
デートだからと断るソラと、冷ややかな視線で牽制するベルに破れた。
二人を口実にサボろうとしたことで部下の好感度が下がり、失敗に終わったが抜け駆けしようとしたことが娘にもバレて嫌われ。
帝国は今日も平和である。
そんな二人がデートとしてやっているのは、ライフル射撃。
とてもデートらし……くない。
このライフルは、ソラの持ち物だ。
ゲームでよくある、世界観を無視した設定。
中世な雰囲気を漂わせるファンタジー世界が舞台の『Persona not Guilty』の武器カテゴリには、制作者の趣味から“銃”が存在する。
武器ごとに決められた固定のダメージしか敵に与えられないという尖った性能の武器カテゴリで、固定ダメージは基本的に低いのだが、物理攻撃無効でなければ防御力の高い相手にも効率良くダメージを稼げ、非力な魔法使いのようなキャラでも距離を取ったままMP消費無しで物理攻撃ができ、システム的にステータスの割り振りが重要な中で攻撃力を上げないで良いというメリットがある。
そんなメリット以上に、敵のHPが増える終盤ではどうしてもダメージ不足になるという、ゲームでよく起こる「銃よりも弓が強い」という現象が発生する。
弓のダメージは銃とは違いキャラのステータスから算出されるのだからゲームのシステム上は当然のことなのだが、現実的には理解しがたい。
「次は、あの木に止まってる鳥を狙ってみよっか」
「……わかった」
銃にも様々な種類があるが、今、ベルが構えているのは狙撃銃。
戦士でも魔法使いでもない文学少女のベル。そんなベルには頼りになる仲間が居るのだから、それを囮に、超遠距離から支援という名目でちまちまと経験値を稼ぐのが向いていると、囮本人が分析した。
構え、スコープを覗き、狙いを定め、引き金を引く。
「ナイスショット」
裸眼で命中を確認したソラが回収へと走り、スコープから目を離したベルはその後ろ姿を見送る。
魔物以外にも、銃の検証のために的を置いたりソラも撃ったり。
銃を変え、狩りの仕方を変え、ベルの集中が切れるまで。
ベルが疲れたら即、撤収。
「確認は大事だね」
「……確認だけでは済まされないと思うわ」
ゲートで屋敷へと帰ってきた二人。
ベルがやると言うので、お茶でも飲みながら銃について思ったことを確認しあうことに。
射程、銃に依存。ゲームと違い環境の影響を受ける。
重さ、見た目に反して軽い。ファンタジー金属の効果か。
反動、軽い。ゲームでの反動モーションが小さかったからか。
当たり判定、銃弾のみ。当たり前なことだが、ゲームなら弾自体に当たってなくてもダメージ判定があるから念の為。
ここまでは、ほんの序の口。
リロード、無し。
弾薬、無限。
威力、最弱武器でも鉄の鎧を貫通。
「予想はしてたけど、これは酷い」
ゲームシステムを受け継いだ銃には、危険が詰まっていた。
むしろ、危険しかなかった。
リロード無しで弾薬無限。
フルオートで打ちっ放しで大体が片付くし、反動が少ないことも大きい。
「んー、ドラゴン相手には威力が低いかな?」
ハンドガン、サブマシンガン、アサルトライフル、スナイパーライフル……。
テーブルに並べた銃を眺め、ソラは残念そうに「AK-47でドラゴンに突撃する兵士……」と呟いた。
「ドラゴンは無理でも勇者でも英雄でも、私一人でやれそうね。それに……」
お姫様とは思えないほど物騒な言葉を吐いたベルが、続けた。
「威力がもっと高い銃、あるでしょ?」
ベルの問いに、ソラはにこやかに頷いた。
・・・
『Persona not Guilty』。
千を越えるスキルを集め、合成し、組み合わせ、最強のキャラクターを作り上げるゲームである。
千を越えるといっても組み合わせられない単独のスキルも多く、効果無しや効果が弱くて実用性に足らないスキルもあるので、実は数字のインパクトほど複雑なものでもない。
それでも百人近くのプレイヤーが全く被らない「最強の組み合わせ」を出来るくらいには、自由度が高い。
スキルには特殊効果などもあるが、重要なのはステータス。
ステータスは八角形の「レーダーチャート」。通称「クモの巣グラフ」で表される。
真ん中の点がゼロで、外に向かうに連れて数字が大きくなり、最大は十二。
意外と少ないと思うかも知れないが、一でも効果が大きく、ステータス画面にこれだけが表示されているだけで実際は──マスクデータでは──もっと細かく決められている。
HP(体力)
MP(魔力)
ATK(物理攻撃力)
DEF(物理防御力)
MATK(魔法攻撃力)
MDEF(魔法防御力)
SPD(素早さ)
LUCK(運)
HPとMPとLUCKは単独のスキルが多いので簡単に上げられるのだが、他の五つは均等に整えるにはバランスが難しく、個々のプレイスタイルによって偏りが出る部分。
「──ここまでが基本情報ね」
銃の危険性を切欠に、ソラの特異性をおさらいすることにした二人。
出逢ったばかりの悪魔の森で、一度はゲームの能力で出来ることをベルに話してはいるのだが。
あの頃よりも実地と考察によるデータが揃い、ベルの理解も増したため、改めて判ったことも多い。
ソラの『Persona not Guilty』でのプレイスタイルは、特化したステータスに合わせた装備と特殊効果を付けた複数のセットを用意し、ゲームの仕様により状況に合わせてボタン一つでセットを変更しながら戦う、有名な大型掲示板において『七変化』と命名された方法の、さらに改良型。
ステータスだけではなく装備に付加された効果とスキルの特殊効果までも厳選して鋭く尖らせ、通常のプレイヤーにはとても扱い辛い『超特化七変化』というスタイルに昇華した。
ソラは完成した自キャラのステータス画面を、掲示板に晒したことがある。
普通にクリアする分には見向きもされない効果やマイナス効果も活用する事、殆どのゲーム要素を活かす事から「達人認定試験」「廃人仕様」「逆に使えない」と絶賛された。
それをコピーしたキャラを使った縛りプレイが動画投稿サイトに上がった時、ソラはとても喜んだ。
投稿者が現実の都合により挫折したため、投稿者の許可を得て自分で完全版を投稿してしまうほど喜んだ。
その動画用に作り上げたキャラの名前が、『sora』。
「──それには銃用のセットもあって、今は確認もしないでそれにしてたんだけど。やっぱり銃もスキルとか他の武器と同じで異世界仕様に変わってることだし、この世界用のセットに組み直そうと思うんだ」
「……」
ベルは後半、ソラの説明を聞いていなかった。
さらっと暴露された偽名の秘密。
ソラが偽名であることは初めから知っていた。
勇者の国では身分に関係無く名字がある。それを判っていたベルは最初にソラが名乗った時、自分の王族としての長ったらしい本名ではなく“ベル”という略称で答え、今までやってきたのだから。
ベルは、いらっとした。
“ソラ”は愛称だと思っていたからだ。
ソラがギフト『鑑定眼』と同じ能力を持つ魔法で自分の本名を知っていることに、能力の理不尽という今更なものではなく、「秘密の共有が崩された」ような不平等さを覚えた。
護身用にと貰った拳銃を、構え。
「……ベルベル、遊びでも銃口は人に向けちゃいけないんだよ?」
突然の奇行。
その原因を知らないソラは、何かベルの気に障るようなことを言ったか必死に思考を巡らせながら、撃たないだろうと高をくくって笑顔で両手を上げた。
「そうね」
ベルは躊躇いもなく、引き金を──。