養殖、英雄覚醒の布石
「ふむ」
身長、百八十。この世界の男性としては至って普通。
痩せ型だが無駄な脂肪の無い、しなやかで実用的な筋肉。
伸ばしっぱなしの黒い髪は雑に揃えられ、それが男の印象に野性味を加えている。
全身が黒一色の服。シルバーアクセサリーがじゃらじゃらと。
二メートルを越す巨体が当たり前の世界でありながら、そんな男たちに囲まれても決して埋もれない存在感。
その顔はさぞやイケメンかと思いきや、鉄仮面で隠している。
黒髪と仮面で、ソラと並べばパパと娘に見えなくもない男が一人。
「此処は間違いなく、未発見のダンジョンだな」
その男、魔王。
千年以上前から生きる、時には賢者とも呼ばれる膨大な知識から断定した。
「そっち行ったぞー」
姿は見えないが、洞窟内に響くソラの声。
声が聞こえてきた方から、人にしては不自然な足音と呻き声が近寄ってくる。
「えいっ!」
魔法待機していた修道女が、曲がり角から姿を表した異形に向けて光の槍を放つ。
突き刺さったもののそれでも勢いを止めずに走ってくる異形の前に飛び出したのは、大盾を構えた十人の騎士。
「ふんっ!」
「はぁっ!」
「うあぁぁあぁぁ!?」
隙間無く並べられた大盾──騎士の中に屁っ放り腰が一人──に体当たりをするも弾かれた異形に、怒涛の三十人以上による魔法一斉発射。
力尽きた異形は、消えることなくその場へと倒れた。
「……ぐすん」
誰からも相手にされない魔王様は、洞窟の脇に退かされた魔物に解体用ナイフを突き刺した。
釣り役のソラに次ぐ高い攻撃力。
手加減が苦手なせいで騎士が受け止める前に魔物を灰にしてしまってからは、除け者にされていた。
仕方ないので倒された魔物やダンジョンを分析しつつ、解体を請け負っている。
独占状態の高レベルダンジョン。
ダンジョンといったらパーティー。
そう思ったソラがグリモワール掲示板で人を募集するも、あまりの高レベルに誰も(魔王除く)着いてこられないと知ったソラが、匿名希望緑茶大好きさんの力を借りて企画したのがこの集まりである。
ある程度ダンジョンを探索したソラが行き止まりの小部屋を拠点化し、装備を提供し、回復薬を山積みになるほど準備して。
ソラが数を減らして弱らせた魔物を拠点へと誘導し、後は全員(魔王除く)で攻撃か壁役に参加して倒すだけ。
近くで見ているだけよりも何かしら戦闘に参加したほうがレベルが上がりやすいという事なので、多すぎても意味が無い壁役だけは十人規模のチームを組んでローテーションで休み、他は魔法による一斉攻撃。
コントロールは良いけど発動が遅いので一斉発射時に遅れて攻撃に加われなかった修道女を先手に置いたりと工夫をしながら、一部を除いて、和気藹々とレベル上げに励んでいた。
「はぁ、はぁ……はぁ……」
顔を守るバイザーを上げ、今にも死にそうな顔でへたり込んでいる若者。
将来有望だからと強制参加させられた新米騎士。
「レベル250くらいか? ……ネズミ以下か」
独り言を言いながら淡々と魔物を解体をする魔王。
こんな役割なのに帰らず律儀にこなしている辺り、暇らしい。
魔王という言葉の幻想が崩れ去っていく。
「……」
「どうしたんだい、急に黙ったりして」
高レベルダンジョンに逃げてきたつもり、が。
付いて来たストーカー貴族(女)が他と見劣りしない魔法を放って普通に戦えているのを見て、逃げることを諦めて無表情な悪魔憑き(女)。
万全な装備に、回復薬、物量作戦。
レベル三桁以上が戦闘に魔王しかいないというのに、こちらでは平和な狩りが続けられていた。
・・・
「ギャアァァァァァ!?」
「さっきからうるせぇぞカス!」
本日何度目かになる、叫びながら転がっていく男の姿。
その男をジャンプで避け。
悪態を吐き、隙だらけな魔物に槍を突き刺したのは、風格のある帝国騎士。
此処は、小部屋から少し進んだダンジョン最前線。
二股に分かれる場所で陣取り、後ろの小部屋へと続く道に通す魔物を選別する場所。
本当はソラ一人で選別するつもりだった。
それが直前になってから、小部屋では一体ずつしか魔物を倒せないのに対し、此処なら数を減らすのに複数倒すからレベル上げの効率が比べものにならないと、複数の人間が名乗りを挙げた。
団長と副団長を含む、帝国騎士エリートチーム。
帝国情報部、戦闘部隊。
お馴染みのハンターチーム、『流れ星』。
その流れ星に対向して参加した、ソラが知らないハンターチーム。
『流れ星』が今回のレベル上げに参加するかどうか、酒場で話し合っていたのを盗み聞きしたらしい。
王国の若手ハンターでありながら帝国皇帝から指名依頼を受け、見事活躍した……ということが関係したのかは判らないが、傍目にはハーレムであるオード個人を妬んでいる男ばかりのチームである。
ぱっと見では普通でとてもモテそうには見えないオードの秘密がこのレベル上げに関係しているのではと勘違いした男たちが、オードに声を掛け、端からは絡んでいるようにしか見えないところで丁度良くソラが迎えに来て、快く迎え入れた。謂わばゲストチーム。
突然の転移には驚いたりしたものの、ダンジョンの適性レベルも聞かずに『流れ星』がこちらだからと選別に参加した男たち。
先程から、元気に転がっている男たちのことである。
さすがのエリートは、役立たずだろうと扱いが巧い。
絶対に壊れないソラ特製防具に身を包む男たちを“動いて吹き飛ぶ柱”として扱い、魔物の足止めや身を守る壁として有効活用している。
鎧の中には衝撃が届かない。
どれだけ吹き飛ばされても怪我一つ無いが、それでも、桁外れに強い魔物の恐怖に喚く男たち。
それを見張り、立ち上がらせ、前線に押し出し、壁にする騎士団(仮面教徒)。
ソラの事を知らない人間が、無闇に足を踏み入れからああなるのだ。
オードも初めて知ったことだが、帝国騎士のソラに対する態度は、陛下に対するものとはまた違った敬意が溢れすぎていて怖い。とても怖い。
日本で喩えるなら、アイドルのイベントに冷やかしに来た連中をボッコボコにするオタク(筋肉系)。
自ら飛び込んできた馬鹿を見殺し──与えられたポジションの都合から距離を取っているオードは、その事を意図的に忘れ、いつもの仲間と共になんとか魔物を倒せている。
レベル差は百以上あるはずだが、ソラの装備はその程度なら凌駕できると証明された。
そこで魔物に止めを刺すたびに、オードは、奇妙な感覚に襲われていた。
「(剣が、軽い?)」
オードが愛用する大剣という武器は、剣でありながら切れ味よりも重さで戦う、鈍器に近い性質の武器である。
中には鋭さと軽さを重視した大剣もあるのだが。
板のような金属の塊。その破壊力に惹かれた男に、選択の余地は無い。
その剣が、魔物を倒すごとに軽く振るえるように。
武器が軽くなった訳ではない。
武器自身の破壊力は相変わらずで、速く振るえることでさらに威力を増してすらいる。
「(レベルが上がったからか?)」
レベルが二百から三百の魔物を一体倒せば、開始前レベル三十程度だったオードなら五十にはなっていたはず。
十体は倒した今なら、百を越えているかもしれない。
「(……違う、これはレベルじゃない)」
脳が違うと訴えかける。
「(これは……そうか、これが……)」
「行ったよぉぉぉぉぉぉ!」
左右の手で別々の魔物を仕留めながらネズミの群れに魔法でファイアストームを喰らわせつつ弱らせた魔物を拠点側の通路に蹴り飛ばしたソラは、<心眼>で魔物を見ながら、視界で仲間を観察していた。
ソラだけに見えるヒットポイント(HP)で誰も死なないように見守りつつ。
レベル差、人数、活躍具合による経験値の分配を調べ。
騎士やハンターのギフトの効果を考査して。
ゲームでは無かった武器ごとの間合いの違いを確認したり、と。
一度に手に入る経験値が多いので、これなら拠点の人達も百は楽に越えそうだと安心する。
「およ?」
チームを組んでソラ特製のゲーム武器を使ったところで、あまりのレベルの開きからか、ソラが攻撃しなければ魔物には碌なダメージは入らない。
代わりにこちらもダメージを受けないのだが。
ソラが手加減一発で九割ほど消し去り、それからチームで残りを削るのがパターン。
そんな中、一人だけ魔物のHPを一撃で目に見えて減らしている男がいた。
「敵のレベルが高いと攻撃力が増す? いや、なら最初から……時間か、数か、集中力か……覚醒?」
ソラは笑う。
「今回のイベント、一石何鳥だったのかな?」
その笑顔は、勇者を召喚した、どこかのお姫様にとてもよく似ていた。
魔王をこちらに連れてくれば良かったと気付くのは、全てが終わった後であった。