犬と私と骨とチェリー
地球ならば世界記録達成とともに人間かどうか疑われる速さで駆け抜けて、行き着いた先。
小さな少女を覆い隠す背丈のイネ科の草が生い茂る中、ぽっかりと空いた広場。
犬が群れていた。
「最初から群れで来いよぉ!?」
侵入者に唸りを上げる百匹を超える犬に理不尽な怒りをぶつけるため、少女は消えた。
否、次の瞬間には十匹の犬の首が切り落とされていた。
「近接特化『鬼の王』……試させてもらうよ、イヌコロ」
スキルを物理攻撃に特化させた『鬼の王』は、ゲームでは比較的序盤で設定可能でありながら、一部のステージを除き最後まで殴るだけでクリアできてしまう、『超特化七変化』のチートたる所以の一つ。ゲームでは定番の「物理無効で魔法しか効かない敵」を天敵とする以外は敵無しで、攻撃の足しにならないスキルは素早さと防御に回す徹底ぶり。
『鬼の王』という名前は、その筋肉馬鹿っぷりを表現したパレットの保存名。メニューのパレットを開き、設定保存した名称をクリックすれば、それであなたも筋肉馬鹿に。
骨の大剣を一凪。
それだけで、離れた場所に居る犬すら風圧だけで吹き飛ばされる。
ゲームの力が現実となり、|システム(鎖)から解き放された結果は、ソラの予想を大きく上回る力と、制御の難しさ。
「(剣は軽いけど……折れそう!」
勿論、折れそうなのはソラの骨ではなく『大食らいの骨』だ。
力に振り回され、出鱈目な力で地面に叩きつけること数回。草原の中に生まれた小さなクレーターと同じ数だ。
「頑張れ『骨っこ』!」
『骨っこ』は、『大食らいの骨』のネットでの呼び名である。材料が狼種の骨、ただそれだけのお手軽初心者武器。
寧ろ、よく保っている。
「って、ああぁぁぁ!?」
が、限界は早かった。
切れ味の悪さから、触れると肉や骨が飛び散る残酷仕様だった『骨っこ』──むしろ剣ではなく鈍器──は、その短過ぎる生涯を華々しく散らした。
「<生産>『大食らいの骨』」
──材料は現在、量産中。
草原の中に、ぽっかりと空いた広場。
何カ所か地面が凹んでいる以外には血痕も死体も無いその場所で、少女は座り込んで生産に熱中していた。
「ヤバい、マジヤバい、パネェ、マジパネェよ」
ブツブツと、正直使っているのはモテようと努力している一部若者とオッサンのみで、若者全般を当てはめるのはどうかと思う現代若者言葉を、念仏のように唱えている若者。
「異世界は焼き肉定食、異世界はラーメン炒飯セット、異世界でお子様セット」
弱肉強食、から分かり易く脱線している。
「……ツッコミ募集中」
誰も居ない草原で、小さく呟いた。
・・・
「……行くか?」
軽鎧で身を包んだ青年は後ろを振り返り、気乗りしない様子で背後にいる仲間達に尋ねた。
最も、結果が分かっている上での質問であり、覚悟を決めるための質問でもあった。
「当然でしょ」
妹。
「当たり前です」
魔法使い。
「リーダー、行かないのか?」
幼なじみ。
「行く」
エルフ。
口々に先を促す、言葉や表情から好奇心が滲み出ている仲間達。
好奇心はハンターの必須条件だといわれているが、青年は違う、と否定的だ。
好奇心は警戒心を薄れさせ、罠に自分から掛かりに行くようなものだ。ハンターは生き残るための慎重さが大事で、好奇心は寧ろ邪魔だと。
そんな青年の言葉を聞きやしない仲間達だが、そんな仲間達だからこそ自分が人一倍に慎重であろうと、青年は誓ったのだ。
「──はぁ……全員、草に隠れて見つからないように。武器はいつでも抜けるよう準備。そして、いつでも逃げれるようにな」
「チェリーダー愛してる」
「さぁ、早く行きますよチェリーダー」
「チェリーダー、だからあの子に告れないんだよ」
「ウジウジくん、じゃなくてチェリーダー。早く行こ?」
先程と同じ十番でチェリ……リーダーである男に返答。
「おい、チェリーダーってなんだ。チェリーなリーダーか? だったら泣くぞ、大の大人がみっともなく大声で泣き喚くぞ。いいのか、お前達のリーダー泣いちゃうぞ。一緒に居るのが恥ずかしいくらい泣くぞコラ」
妹がそんな兄、リーダーの肩を叩く。
「そんなんだからチェリーなんだよ、チェリーダー」
「これは……」
リーダーは残っていた涙を拭い、その光景に言葉を失った。
涙はあれである。ちょっと目に砂が入っただけだ。
今回、ハンターズギルドで受けた依頼は『ワイルドウルフの異常繁殖の調査と駆除』だった。
どうせいつも通り街道近くに大きめのコロニーが出来たのだろうと、難易度の割には報酬の良いこの依頼を取ることができたことを、安定志向のリーダーは喜んだ。
───狼の鳴き声と、有り得ない戦闘音を遠くから聞くまでは。
「コロニー跡、で間違いはない……のか?」
草を倒し、円形の広場が形成されるのがワイルドウルフのコロニーの特徴である。
が、広さを見た限り、このコロニーは今まで資料ですら見たことがないほど巨大な、それこそ百匹規模のコロニーであった可能性が高い。
普通は五匹、多くても二十匹以内であるにも関わらず、だ。
例え特徴が一致しても、自信を無くすのは仕方がないことだ。
「このクレーターは戦闘痕? けど、死体も、血も無いなんて……」
仲間達の好奇心が、得体の知れない恐怖心に変わりかけた頃。
──そう、ヤツが現れたのだ。
「あ、人だ。よかっ…………!?」
ガサゴソと草を掻き分けてコロニー跡に入ってきたヤツは、こちらを確認するなり声を出しかけ、固まった。
不審に思うが青年がリーダーの務めとして声を掛けようとした瞬間、ヤツは突然、視界から消えた。
──今まで感じたことがない衝撃をその身に受けた青年は、気を失うことになる。
──青年は意識を失う寸前、こんな言葉を耳にした……気がした。
「こちら、ハーレムパーティー撲滅委員会の者ですが!」