魔王と悪魔と飯と百合
2014.7.29 誤字脱字修正・ソラの描写追加
描写の後付けとかあまりやりたくはないですが、確かに言葉足らずでした。
考える時間を設けて、一時の休憩。
……の、ほんの前。
「ふむ。それならばこの私が」
仮面舞踏会、ならぬ仮面会議。
山羊を象った仮面を着けた青白い肌の男が、表明した。
「今度こそ、世界をひとつに」
何を隠そう、あと数ヶ月で千周年を迎える初代勇者召喚の原因。
偉大なる魔王陛下が拳を振り上げ……。
「ホームレスは黙ってろ」
心無い誰かのヤジに、魔王様はそっと、席に座った。
休憩に入り、ソラが挙げた議題と関係あったりなかったりすることを話し合う会議室。
全員が仮面を着けている異様な光景。
多くの人は周囲と相談をしている中、一人の女性がソラに近付いてきた。
「ソラちゃんソラちゃん。あれが魔王様って、マジ?」
「マジだよ」
間髪入れない即答に、ガクリと膝を落とす女性。
「……いや、グリモワールで知ってたつもりだけど……マジか」
魔族のカリスマ、魔王。
ほぼ寿命の無い魔族は得てして、超が付くほどの個人主義者の集まりである。
生物の証たる心臓と、魔物にしか確認されていなかった魔石。
その二つを一つの体に合わせた魔族という種族は、魔石により寿命からの解放、魔物に似た強靭な肉体、エルフと並ぶ魔力、生物としての成長、それら全てを併せ持った、まさに最強の人種である。
ここまでなら完璧だが、弱点も多い。
病気に対する免疫力の弱さ。
人間の三分の一ほどのエルフの、さらに半分以下の繁殖力。
身体が人型とも、肉と骨で出来ているとも限らない異形の体。
空間魔力が薄い場所では体調を崩し、長期の滞在は命に関わる。
そんな癖の強い魔族の纏め上げ、国を造り、他大陸に戦争を仕掛けるまでに育てあげた偉大な統率者である魔王。
その思想や戦略眼は戦後、敵であったはずの魔族以外の人にすら信仰者を生み出すほどに、カリスマ溢れた人物……。
……だった、筈だ。
「百年くらいは真面目に王様してたらしいよ?」
ソラが聞いた話。
世の中が平和になると、強さが全てな魔族の中に、政治や学者の道に目覚める魔族が生まれ始めたそうだ。
そちらに仕事を任せる内に、気付けば魔王城に居場所が無くなっていた。
「……乗っ取り?」
「魔王様は魔族らしい脳筋思考で、元々頭を使う仕事はやりたくなかったんだって」
気を使った有能な部下が「魔王」という称号を法律で新たに定め、君主だけど政治に関わらない、日本で言うところの天皇のような地位を制定。
日本の天皇家のような厳格な決まり事は無し。
本人がドラゴン含めて世界最強クラス。
長寿を持て余す。
魔族の大陸──安直だが「魔大陸」──に居ると、歓迎されたり挑戦者が集ったりと肩身が狭い。
仕事からは解放されたが、国からも解放されてしまったというオチ。
「十年に一度は大きなお祭りがあるから帰るらしいけど、それ以外はこっちの大陸で本名隠してウロチョロしてるそうだよ?」
魔族以外では皇帝や一部の者だけが知っている知識。
魔大陸の市民も側近や影武者のお陰で、未だに魔王は城に居ると思っているそうで。
「知りたくなかった……」
膝を折って床に手をつく女性、その背中にウケ狙いで座ってみようか悩んでいたソラ。
と、ベルがその場に来た。
「で、これは?」
四つん這いの女を見下し、お腹を蹴りやすいポジションを確保するベルに、ソラが間に入ってきた。
「ダメだよベル、この人、“そっちの人”だから」
「そっち?」
躊躇ったソラだが、ゆっくりと口を開けた。
「出逢った時にさ、襲い掛かってきたから蹴飛ばしたらさ、突然、地面を転がりながら笑い出して……」
ベルが顔をしかめ、周りの人もさっと距離を開けた。
「……流石にちょっと、気持ち悪かった」
「ちょっと待って! 違うから! そっちの人じゃないから!」
立ち上がって弁明を叫ぶ女性と、さらに距離を置く人々。
女性は、悪魔憑きだ。
悪魔。
生物だけでなく、本能しか無いはずの魔物からも怖れられる謎の物体。生物なのか分からないので物体。
基本は黒いモヤ状。人間、動物、魔物にも取り憑き、身体を乗っ取り、宿主の精神を壊し、その身体で別の生き物に触れては乗っ取り……と、伝染病のようにその数を増やしていく恐怖の象徴。
物理、魔法共に、悪魔本体には効かない。
取り憑く身体が無ければ生息域以外では消え去るので、悪魔が人里近くに現れた場合、宿主の身体が欠片も残らないような飽和攻撃を仕掛けた後、消え去るまで半径数キロに生物を入れないようにする必要性がある。
そんな悪魔に取り憑かれたのに精神が壊れなかったモノを、人は「悪魔憑き」と呼ぶ。
ラクーン王国のしがない農民でしかなかった彼女は、山賊に攫われるも何とか逃げ出したものの、道を誤って悪魔の森に入ってしまう。
そこで悪魔に襲われたわけだが、その身に悪魔の力を宿しただけで、精神が壊れることはなかった。
だが悪魔憑きは、人に嫌われる存在である。
悪魔の代名詞である取り憑いたり移したりといった能力は全く無いのだが、悪魔憑きは悪魔に取り憑かれる生物の数万に一という低確率であり、多くの人はそれを知らない。つまり、偏見だ。
そして悪魔憑きには「取り憑いた悪魔が過去に取り憑いた生物の、身体の一部が生える」という特徴があって、奇形となった人に、人は冷たい。
幸運にも悪魔部分が服で隠せた彼女は、元の村では些細な違和感でバレる可能性もあり、別の村で秘密を抱えて生きていたわけであるが。
「悪魔憑き……聞いたことあるけど、なんだっけ?」
たまたま通りかかったソラが鑑定の魔法により暴いてしまい、うっかりな呟きを聞いてしまった彼女は、口封じのために襲い掛かって、まさに一蹴。
自暴自棄で嗤った。
因みに、人魔大戦時、魔王軍は悪魔憑きを歓迎していた。
デメリットが奇形になる、失敗して死ぬ確率が高い。
それに対してメリットは、魔力や生命力が増す、力が強くなるなど、成功してしまえば後は強くなるだけ。
脳筋思考で大陸を隔て文化が違う、そして元より人間からしてみれば奇形ばかりな魔族にとって、悪魔憑きは「悪魔に勝った凄い奴」なのだ。
だから多くの悪魔憑きは魔大陸に渡り、そうでなくても魔王を尊敬している。
「蹴ったら笑うんだよ? 気持ち悪いよ?」
「確かにそれは気持ち悪いけど」
同意に凹む悪魔憑きは無視。
「ソラ、貴方自分が悪魔憑きのフリをしてたこと、忘れたわけではないのよね?」
ああ、悪魔憑きってそれだ、と。
手をポンっと合わせたソラに、ベルは白い目を向ける。
「正直、王国が小物にしか見えないから忘れてた」
「地理的にも産物的にも政治的にも軍事的にも小物だけど、今回のテーマでもある勇者に関わることでしょう」
はぁ、と溜め息を吐くベル。
そしてソラは、相も変わらぬ斜め上。
「悪魔を利用すればいいんじゃないか!」
どうやら、ソラの中で方針が決まったらしい。
「例の組織を前座にしながら時間稼ぎして、参加者みんなで悪魔憑きのコスプレで暴れよっか!」
採決と簡単な打合せで会議は直ちに終わり、会議室はグリモワール所持者のオフ会会場に様変わり。
むしろそっちが本命だと言わんばかりに、とある皇族二名がアップを始め。
次の仕事と稽古があるため、騎士に泣きつかれたソラによる強制退場が行われた。
・・・
日本でのソラは、高校生ながら一人暮らしで自炊をしていた。
だから、ある程度の料理はできてはいた。
レパートリーを増やすために料理本と料理番組は偶に見ていたし、美味しい物を食べるのが好きだ。
そこへ、<料理人><味覚強化>などの料理スキル。
魔物を倒せば集まる珍しい食材。
メイドに偏り、まさかのシェフ雇い忘れ。
ゲームでの生産料理が口に合わない。
ベルの勇者知識による日本料理のリクエスト。
オーガからの肉。
気軽に日本に帰れるという反則。
そして何より、女の子の笑顔。
ソラの料理の腕前は、細かな知識はともかく、技術と味付けだけならば並のプロをも凌ぐだろう。
勇者崇拝が進む異世界なので、日本の家庭料理ですら「お客様に出しても恥ずかしくない料理」に含まれる。
やろうと思えば帝国城の厨房に入り、最上級のお持て成し用の日本料理専門のシェフとして働けるレベルだ。
「──つまり、唐揚げが最強なわけだ」
秘密会議に参加する皇帝陛下の護衛として選ばれた、今日がオフの日でグリモワール所持者である騎士。
護衛対象が帰宅したのと同時に休日出勤からも解放され、こうしてオフ会に参加しているのだが。
新興宗教である仮面教の使徒でもあるこの騎士は、大皿に盛られた唐揚げを箸で器用に持ち上げた。
「いや、最強はカレーライスだろ」
以下同文な騎士その二は、その名もカレー皿と呼ばれる専用の器を持つ、黄金と白銀の合わせ技。
過去の勇者の資料から「日本の国民食」と名高いそれを、銀のスプーンに乗せて掲げた。
「お前ら、丼を知らねえのか?」
未だ名も無き村、そこで唯一のドワーフ。
自給自足ができるほど農業が育っておらず、ソラの好みから村民に大量に配られる米の魔力に取り憑かれたこの男。
一日三食、丼だ。
その丼の中でも上位であるカツ丼を、器ごと掲げるドワーフ。
「魚料理。それが勇者料理の奥義です」
自称・勇者料理研究家。
他称・ガングリファン帝国城、総料理長。
船を模した木の器に辛味ある根菜の極千切りを敷き、毒消しにもなる食べられる花を飾り付け、その花にも負けない色鮮やかな魚介の切り身。
十人前はある舟盛りからマグロを箸で摘まみ、醤油にちょんちょんと付けてから口に運んだ。
「品種改良を極めた米に、生の玉子。それこそが勇者の象徴」
自称・勇者料理研究家、その二。
他称・ダッセル男爵当主。
通称・米男爵。
玉子 on the ライス。
ダッセル男爵のご先祖様が初代勇者から直伝された伝統料理であり、発明王として有名な三代目勇者執筆『異世界たまごかけごはん』にはダッセル男爵家が協賛として記載されている。
殺菌消毒、衛生管理が行き届いた、生食用に飼育されたニワトリの玉子でしか味わえない高級品である。
ソラが日本のスーパーで買ってきた、ニートルダムでは同じ大きさの金と同等の価値があったりする生玉子を掲げ、反対の手には茶碗。
「あそこ、何やってんだろ」
食べ物を掲げたり演説したり口に運んだりと、よく分からない男達のテーブルを眺めていたソラ。
自分のオススメを褒め称えるだけで他の料理を貶さないことは良いが、それが逆に異様な空気を生み出している。
視界に男しか映らないのが辛くなってきたので目の前のテーブルへと顔を向けたソラは、にやけた。
地道にグリモワールを配ってきた成果。
貴族婦人、貴族令嬢、侍女、騎士、文官、情報部、魔法使い、看板娘、見習い職人、農民の娘、ハンター……。
グリモワールを配る相手はスキル<直感>をクリアした女性ばかりなので、貴族と農民が一緒のテーブルに着いても問題が起こらない。
貴族の方は仮面舞踏会のルールに慣れていることと、何よりグリモワール所持者という一種の仲間意識。
皇帝が己をさらけ出しているのに帝都に変な噂流れていないことから、グリモワール所持者は口が固いとよく分かる。
皇帝の書き込みは、駄目だ。
貴族にとって噂が何よりも怖く、今では下手な爵位よりも信用できる、最上級のステータスなのだ。
貴族はそうでも、農民の方はビクビクしているが。
例えば、そこのテーブル。
「貴女、凄く綺麗な肌をしてるのね」
「ひゃいっ! そ、そういう種族なので!」
「透明感があって、キメも細かい。お手入れは?」
「いえっ、特に何も……」
「それでこれ? 羨ましいわ」
「そんなっ……貴族様ほどでは……」
「あら、今は身分なんて関係ないのよ?」
「そう言われても……」
「ああ、かわいらしい……食べちゃいたい」
「ひいぃぃ!?」
ソラと同族の香りがする侯爵令嬢が、病的なまでに肌が青白い──さっきの悪魔憑きをナンパしている。
「こういうのが見たかったんだよ!」
スイーツを多めに並べたテーブルで、人種の関係なく女の子たちがキャハハウフフしている、異世界ならではの光景。
異世界に来てからというもの、ソラ本人が女の子に絡むことはあっても、女の子同士が抱き合ったり囁きあったりイチャイチャする場面を見る機会がなくて、それはそれで欲求不満だったのだ。
それはそれ、これはこれならぬ、(本人の)百合は百合、(他人の)百合は百合なのだ。
例え、片方が悲鳴を上げていようとも。
ああいうタイプは最初嫌々でも押されているうちに気付けば流されているタイプ。強引だと思わせといてからの涙、そんなギャップ攻めが効果的だ。悪魔憑きだし、人の温もりに飢えてると思うんだ。侯爵令嬢も最近失恋したばかりらしいから良いと思う。
ソラ、百合漫画の読み過ぎである。
目を輝かせるソラを、隣で微笑みながら眺めるベル。
そこが一番の百合空間になっていて、頬を赤らめる少女と、赤を垂れ流すメイドが一人。
なお、お母さん世代は別なテーブルにて旦那の悪口で盛り上がっていた。