地下図書室にて
後半の台詞、読み飛ばし推奨
2014.12.17 脱字修正
仮面が飾られているわけでもないのに“仮面の館”と呼ばれている、ソラの住居。
そこには、帝国からの貢ぎ物が収められた巨大地下図書室がある。
ソラを怖れる人々から、ベル宛の贈り物。
「人を射んと欲すれば先ず馬を射よ」という杜甫の詩の通り、世界は変わっても外堀から埋めていくことは変わらないらしい。
因みに、この世界には勇者によって様々な地球産の諺や慣用句が伝えられているが、上の詩だけでも「将を討つなら先ず馬から」「馬を射ると見せかけて将を射よ」「将を射るなら馬ごと蜂の巣」「クロスワードを解きたいならまず簡単なのから解け」と、そのバリエーションは様々。
蛇足である。
ベルの機嫌を取ったところで、実際は無駄骨だ。
思い立ったが即行動なソラには、ベルでさえどうにもならないことが多々あるし。
何より。
ベルが、射抜かれて騎手を落とすような馬にはなりえないからだ。
今世の勇者召喚の主犯格を知る者は少なく、さらに、勇者召喚を実行した正確な理由を知るのはソラだけ。
ソラは「そうなのかー、じゃあ仕方ないね」で済ませた、が。
故郷を面白おかしく滅ぼしてみたかったとか、勇者に恨まれて殺されるのもまた一興とか、勇者崇拝が根強い国でホモ勇者はどういう扱いされるのかなとか、世界征服して新魔王とか名乗らないかな、とか。
現代日本では誠に遺憾ながらもよく目にしたり耳にする「みんな死ねばいいのに」という言葉。
ベルという人間は、その言葉を、結果はさておき、計画を練って実行してみせるような人物なのだ。
射抜かれたら弓を引いた奴に騎手を投げ飛ばす。
むしろ、ベルが騎手でソラが馬だ。
一時的にご機嫌を取ったところで、不愉快ならばソラをけしかける。
不愉快でなくても目的のためなら構わず踏み潰すのがベルだ。
仲良しなはずなのに禁書という人質を取られた犠牲者だっているのだから。
帝国城で働く、異世界事情により貴重な本を送れる程度には稼いでいる重鎮の涙により成り立つ図書室が、此処にはある。
・・・
ベルと掃除係のメイドしか来ない地下図書室に、珍しく居座るソラ。
ソラも、本は嫌いではない。
日本に居た頃の話。
漫画やライトノベルは勿論、有名どころの文豪作品には目を通したし、無名な良作を見つけては友達に薦めたりもするほど読んでいた。
一番読んだのは百合小説だが。
それが異世界に来てからすっかり鳴りを潜めたのは、この世界の出版事情と深く関わる。
物語が無いのだ。
本、というか紙が貴重すぎて。
どうしても知識を遺すような歴史書や図鑑が優先されてしまい、創作物どころか旅行記や自伝すら数少ない。
数少ない創作物は勇者の入れ知恵だと丸分かりで、ソラにとっては真新しさの全く無い物語を、登場人物や地名を変えただけ、幾つかの物語を混ぜただけ。
旅行記も『何代目勇者の足跡を追って』という勇者関連が多く、それも地方の特色やグルメは殆どない。
此処では勇者がー、元々は森であったが勇者と魔族が戦いー、水不足で喘ぐ村が勇者の活躍によりー、勇者がー、勇者がー……。
それはもう旅行記ではなく、勇者の行動を時系列ごとに良いことだけを並べた、勇者賛美本である。
そんな中でソラが唯一楽しめたのが、帝国の侵略戦争、その前線で戦い抜いた帝国騎士の日記。
魔法が火器や戦略兵器に取って代わっただけのよくある兵士目線の戦争の話ではあるが、所々に見受けられる異世界らしさが地球人にはとても新鮮で、もしもの時は報告書代わりにもなりうる独特な日記の書き方が、ソラには面白いと感じた。
この本を地球に持って帰れば、ハリウッドが黙っていない。
……そんな予感を抱いたソラは、地球に持っていこうか、ちょっと本気で悩んでみた。
そんなソラが図書室に居る訳。
そろそろ、本格的に行動していこうかなぁ、と。
一部帝国民が聞けばツッコミの嵐に遭いそうな事を考え、行動の軸になりそうな勇者関連の情報を勉強しに来たのだ。
「初代は脳筋。二代目は初代の尻拭い。三代目は知識チート。四代目は──」
忘れかけていた物。
召喚された時に所持していた学生鞄をインベントリから取り出し、ノートと筆記用具を数ヶ月ぶりに扱うソラ。
日本に簡単に帰れることが分かって、シャープペンの芯を切らした後の心配が無くなったのだから、遠慮なく消耗できる。
王道である「三色ボールペンをあげる」という行為を皇帝相手に実行済みだが、反応が思ってたよりもつまらなかったので、全面カットである。大人の事情である。
「ねえ、勇者召喚って今回で十代目?」
学校の図書室をイメージした長机の対面に座る専門家に、ソラは気になったことを尋ねてみる。
本を読みながらでも摘まめるようにと用意したソラ手製のチョコレートボンボンを口に入れ、『発掘ウソウソ大辞典』という、貴族向け高等ジョーク集を読んでいたベルは。
「公式では、そうね。因みに私は三人召喚したわ」
とても重大な問題をポロリとこぼし、また本に目を戻す。
「……非公式には何人か勇者が召喚された、と」
ソラはソラで話を盛り上げるわけでもなく、ノートに但し書きを加えただけ。
脅威のスルー能力である。
勇者についてはそのくらいかなと本を閉じたソラは、そういえば、と。
ある意味で勇者よりも大事な事を、ベルに聞き忘れていたことを思い出した。
「勇者召喚って毎回、あんなに巻き込まれる人が出るの?」
そのベルは。
本に顔を向けたまま、固まった。
「どしたの?」
首を傾げるソラ。
最近になってようやく、館では仮面を外しているソラが、異世界では珍しいという黒目をパチクリ。
ソラの素顔かわいい。
そんな惚気で脳が再起動したベルは、つまらない本を閉じて。
「……とうとう、話す時が来たのね」
そんな出だしにワクワクしたソラは、後にちょっと後悔した。
ベルは、チョコレートボンボンで酔っていた。
ソラが入れたチョコレートボンボンのアタリ、アルコール度数七十五を食べたようで。
話の長いお姫様モードの光臨である。
「あれはね、城の隠し部屋に遺された過去の賢者たちの研究資料を読み解いた結果、私が生まれて初めて作り出したオリジナルの魔法。私は体内魔力が少ないから自分では使えないけど、勇者召喚というのはそもそも魔法陣が大事で後は魔石でも他人の魔力でも、ある所から引っ張り出せばいいの。最初は資料通りの方法で城にあった大きめな魔石で試して、召喚したついでに召喚のリバウンドを利用した送還魔法も試したから、この勇者は帰っ たわ。異世界滞在三秒くらいかしら。次に二人目。実は最初の召喚は部屋でやったのだけど、大きめな魔石では魔力が足りなくて城中の魔石が消えちゃったのよ。あの騒ぎは中々楽しめたわ。それでも実験には魔力が足りないから、仕方なく、仕方なく聖教会の無能を利用したの。魔法を使える教会の忠実な下僕を借りて、また魔石が無くなっても面白いけど、流石にバレそうだから過去の勇者召喚に使われたというあの巨大魔法陣が遺跡を使ったの。転移魔法陣を使って私が城から出たことはバレなかったみたいね。あれって一度使ったら消えるけど、紙に予め描いておくと便利なのよ。ソラのゲートには負けるけどね。そうそう、それで二人目を喚んだのだけど……あの馬鹿。ああ、勇者じゃなくて無能の方ね。偉そうだし胡散臭そうだしで勇者に警戒されて、教えてもないのに聖剣を解放されたのよ。聖剣のギフトはその名前とは違って、実際は精霊と同一化する能力。折角、男の勇者が出たら訳あり精霊を付けて楽しもうとしたのに。あの遺跡は上位精霊が寄り付かないのに解放しちゃったから聖剣は弱いし、しかも外に逃げられたし。あ、逃がしたのはワザとよ? 誰も疑問に思わなかったみたいだけど、騎士をわざと陣を囲むように配置して、私は出口方向に一人。訳も分からぬまま召喚された勇者が王国とか私にでも復讐してくれないか期待したけど、そういえばまだ見つかってないようだから気をつけなさい。それで三人目になるのだけど、こっそり陣を書き足してみたの。少しだけよ? 発動する魔法の威力を増幅する陣を賢者が改良したのをね。書き足すのも意外と難しいのよ。間違えると発動しなくなるから。それと送還魔法の陣も書き足して、勇者を対象外にしてみたわ。それの結果がアレよ。送還魔法を避けたソラと対象外の勇者以外が残ったことに驚いたけど、まあ、私の書き足した部分が間違えていたのね。勇者だけ対象外というのが机上の空論だったわけ。帰せないから仕方なく勇者の仲間に勧誘したけど、断られたら処分してた。でも、誘ったのは失敗だったわ。仲間がいるせいで自重した勇者が予定よりつまらなくなったの。残念だわ。そういえばソラは帝国騎士に慕われてるみたいだけど、王国の騎士は勇者にぞっこんだったわ。それは少し面白いわね。戦争しないかしら」
「……七十五度は、やりすぎたかな?」
普段から育ちの良さが表に出ているベルなら、机に突っ伏したまま眠ったりしない。
それが今、額を机に打ち付けるように倒れ込んで、眠る姿が。
寝息をたてるお姫様を、新しい一面を見れたことにデレっとしながらソラはお姫様だっこで持ち上げ寝室へと運んだ。




