ソラの仕事、みんなの余談
白い外壁の一軒家を前に、殆ど存在しない胸を精一杯張る少女。
「ドヤァ」
口から擬音として出てしまうほどのドヤ顔は、残念なことに真っ黒な仮面の下に隠れている。
仮面には、目を表す赤い宝石が二つ。よく見ると真っ黒の下地の上に、宝石に集まるような濃いめな黒い線が描かれている。
とても、とても不気味だ。
「その仮面は外しなさい」
流石に注意するベル。
折角の可愛い顔が見れないから、なんてことはなくはない。
「えぇー」
嫌がるソラには、子供を諭すように訴えかけるのが効果的だと知るベル。
「勇者と会う時みたいに、悪役として出る時に取っておいた方がいいと思うの」
「……そうかな? そうしようかな」
その時に着けるからといって今着けていけないわけではないのだが。
外して、仮面を見つめて。
ベルの言い分に納得したのか、不気味な仮面を虚空──インベントリ──にしまう。
「なら、どれ着けよっかなぁ。今日はなんとなく黒の気分だったんだけど」
リアルな熊が口を開けた仮面。
黒一色なフルフェイス。
黒い渦を巻いた『ゲート』のような仮面。
次から次に出るわ出るわ。
果たしてそれは仮面なのか、というツッコミは無しで。
着けなくて良いのに。
ベルはそう思うが、口には出さない。
何度か言って無駄だったのだから諦めもするし、隠しているものを知っている優越感もある。
「──よし、これにしよう」
取り出したそれを被る。
骸骨フェイス。
「止めなさい。黒はどこへいったの」
真っ白な頭蓋骨は、ベルに不評でお蔵入りになったとさ。
めでたし、めでたし。
「なんだか今、物語が終わっちゃった気がした」
「物語?」
気を取り直して。
蝙蝠を模した仮面を被ったソラは、開けっ放しの玄関から白い家に入るとすぐに出る、という謎の行動を何度か繰り返し。
再度、ベルに向けて胸を張る。
「どうよ!」
「……」
「どうだ!」
「……」
「……反応をください!」
ベルはジト目がよく似合う。
直角に頭を下げながら、ベルかわいいよベル、なんてソラは思う。
ジト目に定評のあるベルは、その目をソラに向けながら、一言。
「……で?」
もっと引っ張って、可愛い女の子からのジト目を浴び続けたいというドン引きな欲望を抑えつけたソラ。
「『ポータルハウス』が、なんと、一回入ってから外に出ても勝手に飛んでいかなくなりました!」
晴れた日の裏庭。
パラソルを差して安楽椅子で寛ぐベルと、その側でメイドらしく黙って控えているソフィアへと自信満々に解説するソラは、いつの間にか一人ハロウィン、吸血鬼のコスプレ風装備で。
「これなら忘れ物をしても消えちゃう心配が無いし、野営する時も使いやすいよね」
家を呼んだら野営じゃ……と思ってしまったソフィアだが、考える間もなく思考を切り上げた。
まず、「家を呼ぶ」って何だろうか。
お嬢様が野営と呼んだなら、それは野営なのだ。
簡単に中を説明と一緒に見せて貰ったが、正直、館を建てた意味が見いだせないほど革新的で機能的な家だ。
つまり、わたくし如きにお嬢様の考えを読むことなど不可能、ということです。
──と、いつも通り、思考を放棄した。
「これもベルのお陰だよ」
『ポータルハウス』内の窓際に、日光を浴びて元気いっぱいな謎植物の姿が。
中に人が居なくなると飛んでいってしまい、次に呼ぶと新品が降ってくる。何ともゲームらしい『ポータルハウス』という魔法。
実験の結果、観葉植物は駄目、動物は大丈夫、ということが解った。
丁度よく、行動範囲が広くて会話のできる白龍ツィーバと運命的な──主従関係的な意味で──出会いを果たしたので“その場から動かない、小型で無害な生物を捜せ”という、おつかいを頼んでいたのだ。
無事に初めてのおつかいを成し遂げたツィーバはソラ特製『噛みごたえのある食べ物セット、一月分』を貰い、こんな簡単な頼みごとばかりなら歓迎だと、絶対に無いと分かる夢想を描きながら久し振りの巣へと帰っていった。
「うん。これで勇者を観察しながら寝泊まりできる拠点が手には入った」
「わざわざ、そのために?」
てっきり、勇者は放置で済ませると思っていたベルは驚く。
「勇者の移動は馬車に依存してるみたいだからね」
移動速度は一定で、道無き道は通らない。
索敵、関知ギフト持ちは居らず、遠くからの気配でバレないのは上空から観察して確認済み。
王国から帝国に勇者が移動することは書状を貰ったらしい皇帝から聞いており、国境で王国騎士が離れることも確定。
街道がよく見える位置にカモフラージュを施した『ポータルハウス』を置き、勇者を待ち伏せるの目的。
そして、そんなことをする理由は……。
「行く先々に先回りして、黒幕らしくちょっかいかけてみようかなぁって」
──ロクでもなかった。
感性が染まりきっていないまだまだ一般人であるソフィアは、伝説の勇者を相手にまるで悪戯小僧のようにニシシと笑うソラに呆れ。
染まりきっているベルは、それは愉しそうね、と微笑んだ。
・・・
余談ではあるが。
ツィーバが山の洞穴へ帰ってみると、何故か、武装した人間が群れていた。
いつかのツィーバの悲鳴。その後から、毎日のように見えていた飛んでいる姿が確認されなくなったことから、街では死んだか縄張りを移したと思われていたのだ。
運が良ければ亡骸、最悪でも弱ったドラゴン。巣を移してドラゴンが不在でも、人間にとっては宝の山であるドラゴンの巣は、ゴミでも糞でも持ち帰れば一攫千金。
良く言えば冒険者。
悪く言えば欲深い人間。
上級ハンターでさえ麓の森で狩りをして山自体には登らないほど危険な雪山に、領主も絡んでの大規模計画が立てられた。
交代での山の観察。戦争でも仕掛けるのかというほどの物資。麓までのサポートを含めた動員。選抜と訓練。
そして、本番の雪山登山。
雪山と魔物、双方の脅威により脱落者を出しながらも、何とか中腹にある巣に辿り着き、不在を確認。
喜び勇んで剥がれた鱗や抜けた牙、糞やら何やらを回収し終えて帰ろうかという、まさにその時。
白龍の御帰宅。
勿論、見張りは居たのだが。
不運だったのは、山の背後から現れては斜面を擦れるような急降下、というツィーバお決まりの帰宅方法を、その見張りが知らなかったことだ。
鉢合わせてしまったその一団に、ツィーバから一言。
「グル?(え、留守中に掃除してくれてたの?)」
「ヒエェー、助けてくれぇー!」
「お許しくださいお許しくださいお許しください……」
「ちっ、仕方ないか!」
「現れやがったな白龍! この次代の英雄である俺様の必殺剣を喰らいやがれ!」
唯一の入り口を塞いでいる本物のドラゴンの姿に、半数以上は心折られてしまっていたが、勇敢、いや無謀にも戦いを挑む人間も居た。火球、土槍、雷撃の魔法と、剣、槍、弓による攻撃。
何を思ったのか、抵抗せずに全ての攻撃を受けるツィーバ。
近接攻撃が引いたところに、魔法が雨霰。
「やったか!?」
土煙が舞い、必殺剣という名の只の斬り付けを行ったフラグ職人が仕事をこなしたところで、咆哮。
「ば、ばかな……無傷、だと……」
「これが……ドラゴン……」
うん、痛くも痒くもない。
自分が弱くなったわけではないと自信を取り戻しかけたツィーバ、だが。
同時に、目の前で何か喋っている掃除屋さんと見た目だけ、本当に見た目しか似ていないあの理不尽な存在を思い出してしまい、気が沈む。
えっちらおっちら。
掃除屋さんを踏まないように巣の奥に向かうと、横になって丸くなる。
これでも結構、疲れていたのだ。心労で。
「……どうする。寝たところに罠でも仕掛けるか?」
「馬鹿やろう。俺は確かに眼球を刺したのに、全くの無傷どころか槍の方が折れちまったよ。やるなら俺らが帰った後、ひとりでやりな」
攻撃後に増えた心折れた人間は早々と巣から飛び出し。
自慢の鋼鉄製の槍を折られたベテランが逸る若手に釘を刺してからゆっくりと、ベテランらしく出て行くのを見て、残りの人間も慌てて出て行った。
残されたツィーバは、既に夢の中。
人間や魔物、他のドラゴン相手にバッタバッタと無双して、勝利の咆哮をあげたところに理不尽襲来でボッコボコ。
魘されていた。
そしてその唸り声を聞いた人間たちは「巣を荒らされて怒った」と勘違いし、街に持ち帰って匂いで追ってこられて襲われたらと思うと、宝の山であるドラゴン素材を全て道中に捨て、逃げ帰るのであった。
・・・
さらに余談だが。
帝国の皇帝は、巣荒らしが“予定通り”失敗したと、情報部から水鏡により報告を受けていた。
死んでもいないし引っ越してもいないと元凶から聞いていた皇帝は、主要な鉱山を押さえているせいか最近調子に乗っている伯爵に失態を演じてもらう為、わざと泳がせていたのだ。
同じ国の身内だとしても、無能と、有能な馬鹿を切り捨てるのがトップの仕事。
件の伯爵は別に有能でも無能でもない普通なので諌める程度に抑えるつもりであるし、何より皇帝の今一番の悩みは、有能というか能力と自制という楔を振り切った自由娘だったりするのだから頭が痛い。
伯爵領の有能なハンターに、侯爵名義で長期依頼が入ってたり。
親の力で上級になったと噂の無能ハンター。ハンター登録していない、つまり国に金を収めていない傭兵。そんなのを美味しい依頼で伯爵領に送り込んだり。
災害などで税収が思わしくない領地に、多少高くても売れる品物、売るだけ売って深く関わらないように間接的に教えてあげたり。
伯爵に意見を出せる立場の中に偶々情報部出身者が紛れ込んでいて、伯爵の思考誘導をさせたり。
山のプロとして情報部所属のガイドが登山のペース配分を決めてたり。
元凶の日記から近日中に白龍が帰ると知り、これは報せないととガイドに何らかの方法で教えておいたり。
見張りに余所者を指定させたり。
持ち出した物は何だかんだで捨てなければならないように誘導させたり。
作戦の大本が成功したことで安心した皇帝は続けて、計画の蛇足を脳内で試みてみる。
捨てさせたドラゴン素材が市場に流れれば他国にも伝わるほどの騒ぎとなり、伯爵も帝国の介入に気付いてしまうだろう、が。
ドラゴンの素材とは、例え一握りの糞であろうと、帝都の一等地に家が買えるほどだ。
なんとか合法的に回収する方法はないかと思考を巡らせ、考え抜いた結果。
……別に回収しなくても、元凶に頼めば気前よく貰えるだろうという確信が生まれた。
だが、絶対に本人──本龍を呼ぶという確信もある。
そんなものが帝都に現れたら例え皇帝がお触れを出していたとしても騒ぎになること間違いないし、白龍が使役──正確には上下関係のある友人──されていると伯爵が知れば何癖をつけてくるだろう。
少しの未練はあるが、諸々の影響を天秤に乗せ、仕方なく諦めることにした。
……後日。
「用途が無いからあげる」
そんな軽い言葉と共に地竜の逆鱗を手渡されることを、皇帝はまだ知らない……。
余談ですが、作中の「龍」は東方風の蛇型、ドラゴンのお年寄りとか。
「竜」はその他の、西洋型、恐竜、ワーム、ワイバーンなどです。
あくまで作者のイメージです。
龍の方が強いとかはあまり無く、強い竜もいます。
尤もな意見を貰ったところでめんど──掲載分の修正という手間が掛かるので、完結まで変えることはないと思います。
なので先に、御了承お願いいたします。