帰還からの帰還と進まない話
「よいしょっと……あ、やっぱりズレてる」
『ゲート』から飛び降りたソラは、空気に溶け込むように消えていく『ゲート』を見上げる。
世界間を繋ぐと位置に誤差が生じるらしく、今度は乗り越えられる高さではなく、二階建ての屋敷よりも高い。
お姫様だっこしていたベルを下ろすと、ふぅ、と一息吐いた。
「いやー、ビックリしたね!」
些細なハプニング。
そんな程度であったかのように笑って誤魔化すソラに、この元凶が、という感情を乗せたチョップを何度も振り下ろすベル。
「……」
「いや、悪態でも愛の告白でもいいから喋ってよ」
「ソラ、愛してるわ」
「それでもチョップは止めないんだね!」
こんな時でもイチャイチャ。
「お嬢様!」
と、屋敷の方から聞こえたメイド長の声に反応した二人は、そちらを見ると同時に顔を引き吊らせた。
ベルの手も、思わず止まる。
「ご無事で何よりです!」
……そう言う本人が一番、無事では無かった。
メイド服は切り裂かれたように破け、胸元やおへそがセクシーにちらりとするが、それより目に付く焦げ跡、原色の汚れ。
いつも完璧に纏めてある髪は解れ、指には絆創膏がベタベタと貼られ、脛には血が出ている怪我があり、靴は左右で別物だ。
それを見たソラは叫んだ。
「全然ご無事じゃ無い!」
それに勘違いしたメイド長がオロオロと二人を見比べ、二人の身体をぺたぺたと触り、手首を持って脈を調べ。
下瞼を開こうとした所で、メイド長を押し退けるかのように身体ごと割り込んできたのは新米の一人、金髪メイド。
「お二人とも怪我も無さそうで良かったです! さあさあメイド長、お二人は大丈夫そうですし、まずは怪我の治療、その後に身繕いしましょうね」
正面から抱きしめるようにズルズルと押す金髪メイド。
その両肩の上から手を伸ばし「あぁ、お嬢様ぁ」と、普段の凛とした姿が面影もなく取り乱して幼児退行したかのようなメイド長。
呆然と固まっている二人。
それを、背後から現れた赤毛メイドと緑毛メイドが「ささ、お嬢様方もお疲れでしょうから」「お茶の準備が出来ております」と、ぐいぐいと背中を押していく。
二人は別に取り乱しているわけではないので、押されてからは普通に歩きだした。
・・・
「大変、見苦しいものをお見せいたしまして、申し訳御座いません」
ノックと返答の後、部屋に入って早々に頭を下げるメイド長。
「ホントだよ、ビックリだよ」
「元はといえば原因は貴方よね、ソラ」
「はい、ごめんなさい」
海がどうのという謎の質問。尋常ではない様子に見えたソラと、それに巻き込まれたベル。
その身を案じたソフィアは、それはもう、混乱していた。
目の前で『ゲート』に入ったというのにテラスを隈無く捜し、ソラが飛んできた離れを捜し、屋敷内を捜し、もう一度テラスを捜し。
村へ捜しに出掛けようとした所で、仕事の合間に様子がおかしいメイド長を見ていたメイド三人娘が話し掛けた。
整理がついていない言葉から何とか事情を聞き出して、揃って首を傾げた。
ソラ様がベル様を引っ張って『真っ暗道』に飛び込んだ。
それのどこがおかしいのか、と。
帝都から此処まで、それを通ってきたのはメイド三人だけではなく、目の前のメイド長からこの村の住人まで全員だ。
その不気味さは本人以外の誰もが認めるものだが、その便利さもまた、誰もが認めている不思議な魔法。
この屋敷で働きだしてから、日に何度も二人で出入りしているのを目撃しているし、二人に付いている時間が多いメイド長ならば尚更なはずだ。
メイド三人娘は考えて、役割ごとに分かれた。
取り乱すメイド長を押さえる金髪。
村へ捜しにいくフリをする赤毛。
メイド長が捜す過程でゴチャゴチャにした屋敷を掃除する緑毛。
時間が経ち、落ち着いたように見えたメイド長。
自発的に仕事をし始めたことに安心した金髪は、ここで最大の失敗を犯してしまった。
屋敷に居る緑毛に声を掛けることなく、お花摘み──隠語──に離れたのだ。
その間にメイド長は、普段なら有り得ないミスを連発。
料理をすれば包丁で指を切り、何をどうしたのか鍋を爆発させ。
掃除をリボンを引っ掛けて三つ編みが解け、台にぶつかり花瓶を割り。
屋根にペンキを塗り忘れたとソラ様が言っていたのを思い出し。屋根の上でペンキをこぼしたのに慌ててたら屋根から落ちて、一緒に落ちてきたペンキの缶を頭に被り。
いつも殴られているメイド三人娘よりも頑丈なソフィアは、何事も無かったかのように起き上がると、その後もあれやこれやと屋敷内をかき乱し続けた。
直しても直しても、目を離すと元通りどころか悪化している屋敷を必死に直し続ける緑毛と、見失ったメイド長を捜す金髪。
二人の目を奇跡的に掻い潜るソフィアであった、が。
出掛けるついでに買い物を済ませて帰ってきた赤毛と諦めた緑毛が加わり、ようやく捕まって。
何とか体に付着した分だけでもペンキを魔法で落としている最中に二人が帰還して、声が聞こえてすぐ飛び出したメイド長を追う金髪。目を見て頷き合う赤毛と緑毛。
・・・
「三人には特別手当を出しておくよ」
そう言うソラは、床に土下座しながら下に向けて喋っている。
「……はい、お願い致します」
同じく土下座しようとしたが、ベルに止められたソフィアは申し訳無さそうな表情で、居心地が悪そうに佇んでいる。
急に顔を上げたソラは、
「クールな人が取り乱す姿。ギャップ萌えの王道だね」
「ソラ、反省」
「はい、ごめんなさい」
また頭を下げた。
ソラに『ゲート』の事を問い詰めようと考えていたベルだが。
あまりにも呆気なさすぎる異世界旅行と、メイド長乱心。
未だに後片付けに追われる三人メイドの泣き言と騒音を聞きながら、何だか心理的に疲れたから寝ちゃおうと決めた。