唐突な帰還とタイムトラベル
*章は、作者の独断と偏見と気分で適当に分けています。
夏である。
勇者召喚された地球での時期は、六月。
新入生もクラスでの自分の立ち位置を知り、夏休みを楽しみにしたり絶望したり特に何も思わなかったりする微妙な時期。
外見以外は歴とした高校二年生だったソラ。
通っていた高校はソラらしく女子校で、面白おかしくセクハラや青春を満喫した一年で出来た友達と、今年の夏休みの予定なんかも立てていた。
だがそれも、走れば間に合いそうな距離で魔法陣が輝くという有り得ない『異世界召喚チャンス』をその手に掴み、ソラは地球から姿を消してしまった。
あっちの友達はきっと、悲しんでくれているだろう。
だが、ソラの性格を知っている皆なら「魔法陣に自分から駆け込んでいった子供が居た」という目撃情報から「ああ、子供だ」と、気付いてくれると信じている。
「ねぇ、ここの海開きっていつかな?」
ベルとソフィアが居る二階のテラス。
『Persona not Guilty』の防具である水着をハンガーに掛けて振り回すソラが、離れの方から飛んできた。
ソラが“千葉さん”と呼ぶ白龍(本名・ツィーバ)のため、海の魔物を釣り上げては生産レシピにある乾物に加工することをソラは三日に一度はしていたのだが、釣り上げた魔物の素材が溜まってきた。
それを整理していたソラは、その素材で水着装備や海グッズが作れると知り、天使の羽を生やして本気で、たったの数メートルを飛んできたのだ。
───ソラの海への欲望が、新たな、不思議な冒険への幕開けだった。
「海、ですか?」
首を傾げるソフィアは駄目だと判断し、キラキラさせためをベルに移す。
だが、現実は無情である。
「こっちの世界、海に入る習慣は無いわ」
長い空白。
飛んできた時の白い羽と笑顔のまま瞬き一つせず固まったソラが、動いた。
悪い意味で。
真っ黒い『ゲート』が普段より高い、ソラの腰より上の位置に開く。
その位置を間違えた『ゲート』に、まるで窓枠を乗り越えるかのように手と足を掛けたソラの二の腕を、ベルはとっさに掴んだ。どうしてそんな行動に出たのかベル自身も知らない。
「……ソラ、その先はどこに繋がっているのかしら?」
本気を出せば簡単に振り解けるソラが止まったことに安堵したベルだが、次の言葉に──
「去年、友達と行った海水浴場」
──絶句。
「それって日本じゃ」と、驚愕して固まったベルだが、やはり言葉が口から出ることはなかった。
代わりに出たのは小さな悲鳴。
駆け寄って手を伸ばしたソフィアは、間に合わず。
───二の腕を掴んだベルの手を逆に掴み返したソラが、ベルを引っ張って一緒に『ゲート』へ飛び込んだ。
・・・
「……馬鹿」
青い空。遠くにある入道雲。真上にある太陽。
あちらはまだまだ涼しい。春物の白いワンピースに丈の短い上着を着ていたベルは、幸いな事に上着を脱ぐだけで夏風になる。
着ていた上着を放り投げた。
「今は反省している」
受け取ったソラはインベントリに仕舞い、自分は装備画面から仮面を外……さず、迷ったが『ゴーグル&シュノーケル』を仮面装備として身に付け、そして白のスク水に着替えた。
水着を着たソラだが、とある事情から、海に叫びながら走るような真似は出来なかった。
去年、ソラが仲良しなクラスメイトの案内で来た穴場的な海水浴場は、去年と同じように人目もなく。
女子高生たちが一組、遊んでいるだけ。
二人が隠れるところにまで届く、女子高生達の若々しい声。
「おぉネェチャン、ええ乳しとるやないかい」
「ホンマでんなぁ旦那。わざわざ遠い海まで来た甲斐があったってもんよ」
高身長と低身長の二人組が、オッサンみたいな演技で一人を追い詰める。
「「グヘヘヘッ」」
「キモチワルッ!」
同時に変な笑い声を上げる二人を背後から貶しながら、ゲラゲラ笑い指差す三人目。
「キャー!」
ふざける二人組に追われ、その胸部を反則的にまで『ぷるんぷるん』揺らしながら本気で砂浜を駆ける巨乳の四人目。
「……はぁ、折角海まで来たのに。あの二人はいつもの変わらないね」
持ってきたパラソルなんかを投げっぱなしにして巨乳を追い掛けていった二人の背中を睨むも、その口角も目尻も緩んでいる眼鏡の五人目。
ギギギギ、と音が鳴りそうなほどぎこちなく首を回したソラ。
ベルに、てへっ、と笑いかけ。
「どうやら本当に、去年の海水浴場に来ちゃったみたい」
……と、巨乳のクラスメイトを追い掛ける自分を指差しながら、告げた。




