この土地に労働基準法はありません。
ソラが帝国から拝借──強要?──し、先住民と交流したりペットのトカゲを放し飼いにしたり家を建てていた土地。
本来は魔物を飼うという目的の為に手に入れたのに、その役割を果たすことなく持て余していた土地。
そんな土地が今では、普通の村になっていた。
住人二名に対して二桁ほど余分に造られては放置されていた木造家屋が全て入居者で埋まり、逆に家のほうが足りなくなるほど。
足りない家は、土地の持ち主でもある便利な万能幼女(十七歳)ではなく。
ちゃんとした大工が、ちゃんとした道具で、ちゃんとした工程で、今現在も急ピッチで建てている最中だ。
元々は他国からの移民で、帝都でその腕を認められるようになってきたばかりの大工の頭領。褐色肌で酒樽に喩えられるその種族は、筋肉ダルマもとい、ドワーフだ。
無茶な注文、予算はケチる、そのくせ偉そうで高圧的な貴族を思わず殴り飛ばしてしまい、帝都で村八分……都市八分にされていた所を、ご近所さんだという騎士からソラが紹介された人材。
スカウトの決め手は「ドワーフだったから」。
記念すべき、男性移住者一号である。
女性移住者が十人ほど決まってからの決定で。顔合わせ前に移住者の名前・性別・職業が書かれたリストを上から見ていたベルは「男性もいるのね」と、リストをパッと見ただけで分かるほど偏った性別を皮肉った。
残念ながらそれを聞いた犯人は何故か照れだしたが、指摘した人物は刑事ではなく愛好家なのだ。刑事だとしたら罪にはならないが、愛好家にとっては有る意味で罪で、事件だ。
「アホかわいいは正義」と、どこぞの魔女|(同類)に、その滅多に変わらない表情とは裏腹に熱意の籠もった文字で伝えるのであった。
・・・
洋館の二階から村を一望した、ソラの一言。
「うん、村だね」
堀と柵に囲まれ、木造家屋が並び、人の営みがあり、家畜が鳴く。
どこからどう見てもその通りな窓からの景色にド直球な感想を言うソラは、偉そうに腕組みしながら頷いている。本人なりにはグッドな感想なのだろう。
子供らしい感想ね。
そんな事を思っている風に、隣の幼い横顔に微笑むベル。実は日本の学校制度では同学年という衝撃の事実を胸にしまい。
王国人や帝国人の基準ではどう見ても幼女にしか見えないソラと同じ景色に視線を移して、一言。
「長閑ね」
ただ「村」と言われるよりはマシだろう。
そんなに大差は感じられないが。
年若い少女である二人の主人達の、ほのぼのとしたその会話をずっと聴いていたい感情に後ろ髪を引かれるが、仕事だと言い聞かせて部屋を出るソフィア。
彼女の趣味は、一人に集中しているベルよりも、幅広く取り扱っているどこぞの魔女に近いものがある。
頭領の奥様に戴いた変わったお菓子があったはずだと赤絨毯の廊下を歩きながら、ふと横目に窓の外を覗いて、後ろ髪を引かれても決して止めなかったその足を止めた。
村の反対側、廊下側の窓から望める海を見ながら歩くつもりが、目線はさらに下へ。
新米メイド三人が、別々な奇行を繰り広げている。
一人目は、その顔から表情というものを無くしていた。
木製の作業台に白い布を敷き、積み木や水を入れた木製のコップを乗せ、そして、布を引っ張っては上に載せた物をぶちまけ、魔法で布を乾かしコップに水を入れ、また作業台に布を……という謎の作業を、黙々と繰り返している。
身体が勝手に動いている。死体のような、機械のような。
二人目は笑っていた。狂ったように。
エプロンドレスで包丁片手に、野外なのに野晒しの簡易キッチンに向かってひたすら、日本のスーパーでよく見かけるキュウリに似た色と太さ、しかし、長さだけは倍どころか二メートル近くあるそれを、一本丸ごと小口切り──端から薄く、な切り方──にしている。
一本を切り終えると突然、一人目と同じく無表情になっては、キッチンの右隣に置かれた大型のバケツに切ったキュウリを入れ、左隣で傘立てのようなものに刺さっているキュウリを抜いて、まな板の上に置いて、また笑いながら小口切り。
在庫が終わったと思うと空に黒い渦が巻いて、中から大量のキュウリが降ってきて傘立てに刺さるのだ。
一人は、姿が見えない。
それなのに存在感は、笑っている二人目にも負けていない。
能面、大笑いの二人と合わせて正三角形の角になる位置にある、謎の大穴。その中から反響して聞こえてくる途切れない悲鳴、泣き声、笑い声から、残り二人と変わらないナニカを穴の中でしているのだろうと予想は出来る。
帝国城での実績。メイド不在という事態の回避。そして、現在のメイド長という役職から免除された、ソラ推奨の「メイド教育レッスン」。
通称「地獄の石積み」。三人とも子供ではないが、やらされているのは似たものだから。
その内容に例え疑問を覚えても、たまに白龍を呼んでは“遊び”と称してその長い尻尾を掴んでグルグルと回って海まで投げ飛ばす主人。
そんな規格外に、逆らえる勇気ある者はいなかった。
犠牲者に心の中で合掌を向け、今度からは少し優しく接してあげようと決めたソフィアであった。
が。
決めた直後に脳は仕事を思い出し、優しさ云々のことなど忘れ、足を室内のキッチンへと動かしていた。
───とある日。
掃除中、一人が誤って壷を割ってしまった。
顔面蒼白なその部下にいつものように教育の名の下、頭が地面に激突するほどの拳骨制裁を喰らわせたソフィア……なのだが。
額から血を流しながら、満面の笑顔で「ありがとうございます!」と言われ。
そこで初めて、失敗すればまたアレをやらされるというプレッシャーが蒼白になった理由なのだと知った。
殴ってお礼を言われるという、奇妙な罪悪感。
ならば次からは期待通り『アレ』をやらせるとその場で宣言をすれば、その夜、三人は脱走を企てた。
予測して待ちかまえていたソフィアに難なく捕まり、宣言通り、終わらない地獄を見るはめになる三人であった。
ベル「『アレ』はメイドに必要な訓練なのかしら?」
ソラ「え、無駄だと思うよ?」
ベル「……」
ソラ「最悪を体験すれば普段の仕事がどんなに楽なのか思い知るって、漫画で」
ベル「……漫画で」
ソフィア「(明日から優しくしよう)」