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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
ソラと愉快なスカウトキャラバン
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遊びと本気

 がちゃりがちゃりと鎧を鳴らし、毛深い身体を鎧で隠した男は城を練り歩く。


 帝国騎士である男は、城の決められた巡回中だ。


 ほんの最近まで暇で暇でしょうがなく人気のなかった巡回警備が、とある事件以後、すっかりと様変わりしてしまった。




 今では『幼女襲撃事件』『炬燵テロ』『緑茶の会、発足記念日』などと使用人たちの間で呼ばれているあの日の翌日。文官を中心とした騎士と不仲なグループ──貴族はいたが、使用人はいなかった──にネチネチと叱咤されていた騎士を助けたのは、あの幼女。

 ソラと名乗る、人族で自称十七歳という結婚適齢期な筈なのにどうしても幼子にしか見えない、摩訶不思議な女性であった。


 先に助けられたと言ったが、正しく言うと、少し違う。


 割り入ってきた幼女がならばと持ち掛けてきた話に、基本不仲な文官たちが同情と憐れみの目を持ち、揃って「頑張れ」と応援して去っていったのだ。



 提案をまとめるとこうなる。


『時折、巡回ルートにソラが隠れている』

『見つけられなくても罰則は無い。但し、もしも見つけた場合には褒美を与える』

『発見後、撃退に成功した場合。発見時以上の褒美を与える』

『目標は殺しても死なないので全力を出すべし』

『又、反撃されて怪我を負った場合、例え手足が千切れようが首の骨が折れようがうっかり死んでしまっても、治せるらしいので安心せよ』

『発見後、戦闘を望まぬ場合は宣言せよ』

『見つけられなくても目標から攻撃を仕掛けてくる場合も有。本人なりに難易度を設定しており、低い難易度を見つけられなかった場合に攻撃を仕掛けるとのこと』

『もう一度繰り返すが、死んでも安心せよ(※人体実験済み)』

『王族には秘密にせよ』



 ……。



 繰り返し言われたところで全く安心出来ねぇーよ!

 人体実験済みって何だよ!




 ……こうして、地獄の巡回が始まった。


 夜は用事があるらしいが、三日間で犠牲者は既に二桁。

 最初だからと日中のほぼ全ての巡回時に隠れており、これまた最初だからと本人的には簡単な隠れ方をしていたらしい。


 ベテランだろうがエリートだろうが新米だろうが貴族だろうが、一人も見つけられないまま気絶。


 相手が攻撃に移った後に見つけても褒美は出ると追加され、見つけられなくてもと張り切る者も当初は居た。

 若手に慕われるベテラン騎士、褒美目当てで巡回に割り込んだ近衛のエリート様が背後からの奇襲で失敗した辺りで皆、心折れたが。



 それでも、褒美がマジックアイテムだというからとダメ元で張り切る者は多い。人によっては爵位や領地よりも価値あるそれら。


 提供者は、やはり、あの幼女。

 それは一体どこから現れたのか、山積みにされた国宝級のマジックアイテムたち。




───事件は、その褒美のラインナップを幼女が説明している時に起こった。


 顔は整っているが少々騎士としての心得が足りない、女の子にモテモテで少々天狗になっているバカが、「そんなのより、いつも一緒にいる女の子と付き合える権利とか無いの?」と尋ねた、その瞬間。



 ……繰り返された『死んでも大丈夫(※人体実験済み)』という言葉の意味が解った、貴重な体験だった。






・・・






 これまでの傾向から特に重傷者の多い、夕焼けが綺麗な時間帯の巡回。切り上げる前の仕上げ的な、その日の総決算的なことらしいと、気絶したエリートを片手で引き吊りながら幼女は言っていた。



 貧乏籤でそれを引いてしまった男は今、中腰になり、金属音の鳴る足を止めていた。



「(……見つけちゃったよぉー)」


 何だか可愛らしく頭の中で言っているが、外見は人間寄りのゴリラだ。というかゴリラだ。


 いま居るのは“ロ”の形に中庭を囲む屋根付きの道、所謂“回廊”の西側の通り。

 視界の先には、皇帝陛下のお住まいに相応しき緑と多色と格式と秘密に溢れた中庭。



 甲羅のある、男子たるもの一度は興味を持つであろう虫が回廊の道のド真ん中に這いつくばっていたのが始まりで。


 外観を守る使用人に見つかれば即始末されて亡骸も遺されないので可哀想に思い逃がしてやろうと身を屈め、あっさりと中庭へと飛んで逃げられた後ろ姿を、ただ呆然と見送った時だ。


 その見事な中庭を挟んで向かいの回廊の、屋根の上。


 ぐるりと回廊を廻って東側の道。これから通る運命であった回廊の屋根が、下から見ると何やら盛り上がって見えたのだ。



 試しに立ち上がって見てみれば、なるほど。

 結構な急斜がある三角屋根の中腹にある膨らみ。足場であり背景にもなる屋根と、同色の布を被っているのだ。


 あの屋根を選んだのは理由も、恐らくだが理解した。

 難易度の低い、つまり巡回ルートから目に見える範疇で、西日を正面から受けることにより影を消せる場所。


 こうやって反対の道でしゃがむか、下から覗くか、回廊の南側か北側から西側の道へと曲がろうかという直前、ほぼ横から屋根を見れば膨らみに気付けるか。



 ……隠れ方が完璧で、反対側から立ったまま屋根を見ただけでは全く判らないのは果たして、難易度の正しさを疑う。




 さて、褒美は確定したわけだが、問題はこの後。




 男はもう一度屈んで膨らみを確認し、その体勢のまま固まってしまった。


 ……屋根と同色の布を捲り、顔を出した幼女と目があってしまったからだ。



 幼女は──仮面と夕日でよく判らないが──きっと、満面の笑みを浮かべているのだろう。




 布が勢いよくはためき、夕焼け空へと飛んだ。




───そこから先、男の記憶は抜け落ちていた。






・・・






 朝、気付けば寮で目覚めた。


『運も又、実力なり』


 そんな言葉が表紙に書き殴られた紙束と共に、真新しいガントレットが寝ている腹の上に置いてあった。


 紙束……手書きの取扱い説明書によると、この鈍い銀色のガントレットの名前は『鈍重の手甲』。

 本来は格闘術で戦う拳士用のものだが、帝国騎士の鎧と似合うし、何より貴方のギフトと合うでしょう、と。



 どうしてギフトがバレているのか、誰が洩らしたのか。

 褒美は選べないのか。説明していた時に見た、如何にもそれらしくて格好いい騎士剣が良かった。



 そんな言葉たちは一瞬にして、あの光景に塗り潰された。


───夕焼けを反射する銀色の仮面の下で、楽しそうに口角を上げた子供の姿。






 大体はこれと同じような形でソラは、歴史と誇りのある帝国騎士団に圧倒的実力と圧倒的魅力ロリボディで二心を抱かせることとなり、その数は時間が経つにつれて……。



「……別にいいよ、ちゃんと仕事さえしてくれれば」


 ふてくされた何処かの皇帝陛下は、戦時中でもないし、と緑茶を啜った。

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