皇帝の涙
帝国暗躍編を書こうと思ったら脱線して未だ炬燵から出ないの巻。
ソラが怪談話の幽霊のような行動をしているその訳を話す前に、まず、二人の現状を確認したい。
ソラが英雄の卵を誘導して、成功のような失敗をしてから三日間。
皇帝には報告書を書き上げて提出すると伝えたソラとベルの二人は、貰った土地に建てた家……は放置のまま、『ポータルハウス』を使って寝起きし、報告書の資料集めと称して『ゲート』で帝国城に通う日々を過ごしていた。
帝国城に来る本当の理由は、ベルが城の蔵書を読ませてもらうためだ。
本来は外部に晒さない秘密の図書室。書記官や歴史家が書き残した大体は正確な歴史書から、触れてはならないものに触れてしまったけど真実なので城で御披露目される時代を待っている禁書やら、内容はそれらしいが、「天下の帝国城」という割にその蔵書は少な目。
表に出して大丈夫な本は、貴族かその推薦を受けた者しか利用できない図書館のほうに納められているからだ。
仮にも他国の王族であるベルにそんな、帝国の秘密を握らせるような真似をしてもいいのか、という疑問も勿論ある。
当初、皇帝だって渋って見せたのだ。当たり前だ。下手をすればそれは、煙の無いところに火をつける行為だからだ。巧くやれば王座さえ狙え、下手をすれば帝国とさては命を奪わなければならないほどの情報だ。
……ただ、相手が悪すぎた。
「ソラ、かっさらって帝国の敵国に売れば大儲けよ」
「うん、解った」
「売るのなら北がオススメだな。あそこの国は存在から何まで胡散臭いが、その情報の価値を見誤るようなこともあるまい」
ドラゴンを素手で倒す戦闘力。インベントリという理不尽な収納力。『ゲート』という侵入&逃走手段。
圧倒的理不尽を前に、まるで時代劇もので悪代官を前にした町人のように皇帝涙目だが、そこへさらに、ひょっこりと現れた娘のまさかの裏切り行為も加わり、撃沈した。
即位してから初の閲覧者許可を出した後、皇帝は灰となり、風に飛ばされたのだ。
当初、ソラの力を知り、お互いに利用し利用される関係を築こうと目論む皇帝陛下だったのだが。
明らかに一方的に利用されているような、というか何で土地あげたのに城に居座るんだろう、皇帝て偉いよね、炬燵良いよね、お姫様腹黒、娘反抗期、ウチの嫁さんマジ怖い。……思考の海へと旅立っていった。
ベルが図書室に閉じこもっている間、世界有数の権力者である皇帝陛下は、雑事を片付けながら緑茶を美味しくいただいていた。
逃げた、ともいう。
そうして、飼い主は本に夢中で相手にせず、その他では決して扱いきれなかったせいで、仮面の魔獣が、帝国の首都に放たれてしまったのだった。
「そう。みんなに相手にされなくて寂しかったのね」
「姫ちゃんで遊んでもよかったけど、なんだか次期皇帝の勉強とかで忙しそうだったから」
「(娘よ……忙しくて、本当に良かったな!)」
この場に居ない、ソラに会ってから何だか冷たくなった気がする大事な一人娘に、父親は心の中で祝福を贈った。
「そういえば、報告書を書いていたのではなかったのか?」
思った疑問を口にすれば、料理の乗った小皿を炬燵の上に並べて食べ始めた二人が呑気に答えた。
……ここは食堂ではなく、皇帝が書類仕事をするための執務室である。
「三十分ででっち上げた。うわ、キムチ臭っ」
「書いてる手が見えないくらい速かったわよ。ソラ、この沢庵は成功よ」
「うん、大根選びに時間を掛けただけはあるね」
「ピクルスは……成功、なのかしら?」
「ちょっと酢が効き過ぎかな? ベルベルは苦手そうな味だし、半分はタルタルソースにしようか」
ポリポリと、実験作らしい漬け物をお茶請けにして感想を言い合う二人。
自由だ。
内容は兎も角、資料集めから始めれば丸一日から数日は掛かりそうな分厚さの本格的な報告書だったのだが、ソラはそちらも規格外だと理解した皇帝陛下。
複数の漬け物の臭いが混じり合う執務室を換気をするため、少々くたびれた様子で立ち上がった。