事務系NINJA
短い?
此処は、帝国の中心部。
「これは酷い」
この世界では最大級の人口を誇る、ガングリファン帝国。そんな大国の階級制度で頂点に君臨する男は、執務室で報告書に目を通しながら、その内容に顔をしかめていた。
天災や魔物被害などといった内容なら仕方無いとしても、皇帝の機嫌を損ねるような子供の作文レベルの報告書を提出する貴族や文官は滅多にいない──言い換えると偶にはいる──のだが、今回のは思わず皇帝が口に出してしまうほど酷かった。
『魔女の胸について』
『女性ハンターの一日』
『ハンター向け新商品の提案』
報告書の題名を声に出せば分かる酷さ。
三枚目については、軽く目を通しただけで御用商人行きだ。
これが日常業務の報告書なら、どうして皇帝の元に来たのか調査が入るくらいに見当違いの報告書だ。
そして、何より酷いと思わせるのが。
「報告書の書き方としては、完璧だ」
読みやすく、分かりやすい。
内容さえ、内容さえこれで無ければ文官に手本として学ばせたいほどの出来だ。
「中身が真面目なら、書いた者を採り上げて補佐付きにするくらい完璧なのがまた、憎たらしい」
炬燵でベルの膝に座らされたソラは、報告書を読みながら変な顔をする皇帝を眺めながらお茶を啜った。そしてベルに話し掛ける。
「ねえ、ベル」
「なに?」
「お腹がくすぐったいよ」
「我慢しなさい」
ソラに含まれる栄養素が欠乏していたと云わんばかりに、帰ってきてから物理的にベッタリなベル。背後からソラを抱え、服の裾から手を入れてモチモチスベスベな柔肌を堪能中。
女の子好きを公言するソラからすると嬉し恥ずかし、でもされるよりするほうが好きかもとか実感中。
ベルが補給しているその栄養素の名称は、ソラだけにソラニン……は、毒か。
ソラとっての女の子成分、百合分みたいな必須アミノ酸的な何かである。
「英雄とクエストについてが、報告書裏の走り書きだと……!?」
皇帝の周辺に暗雲が立ち込め、背後に稲妻が見えた……気がした。
「ソラ、最後までしっかりと書きなさい」
「えぇー。ハンターに売れそうな商品とか考えてたら、それでお腹いっぱいになって飽きたんだよ」
皇帝が無駄に、迫真の「皇帝の驚愕 ─パターン1─」を披露。
驚愕だけで数パターン他、驚愕以外にも戦慄、迷い、癒し、怒り……。魔法ともギフトとも関係無い、普段は威圧感となって溢れ出ている謎オーラを使った、皇帝鉄板の一発芸だ。
それをまるで気にしない二人に、皇帝オーラは「皇帝の哀愁」へと切り替わった。
「まあ、これは後でやるとして、だ」
報告書をポイッと、無造作に机の上に放り投げた皇帝。佇まいを直し、人の仕事部屋の炬燵でいちゃつく二人を見る。自由すぎだ。
「……実は最近、我が城下町に奇妙な噂話が流れていてね」
その語り出しに、ベルが疑問を抱く。
「天下の皇帝が、噂話。それも、私たち相手に?」
「噂話というのも、なかなかどうして馬鹿にできないものでね。人の信用を“利用”する政治とは、切っても切れない間柄なのさ。それと、どうしてこんな話を君たちにするのかと言うと……」
言葉を切る。
それに疑問を抱くより前に、賢いベルは察した。察してしまった。
膝の上、腕の中で、不自然に固くなる身体によって。
「……ソラ、怒らないから素直に話しなさい」
「ぎくっ」
「──初めは、城内の使用人だ。次に図書館、学校、ギルド、研究所。貴族の屋敷、大型商店、個人商店、民家。果ては夜道だ」
背後に『ゴゴゴゴゴ……』と帝国語で効果音を浮かべた皇帝が、重々しげに語る。
「本人以外誰も居ない場所で。子供の人影を見た、女の子の笑い声を聞いた、物が勝手に動いた、誰かに触られた。ああ、作りかけだったはずの料理が完成していた、というのもあったな」
「ソラ……」
「いや、ほら? まだ私と決まったわけじゃ──」
「そういう体験談を語るのは何故か若い女性だけでな。中には『仮面を見た』という謎の証言もあったのだが……」
「うぐっ、降参でーす……」
ジト目の二人に、ソラは懐から取り出した白旗を、ヒラヒラと振った。