圏内
人類と魔族との戦いを終わらせただけではなく友好を結び付けた初代勇者の影響は、世界全土へと及んだ。
当時、国や宗教によって違っていた暦。
世界を旅する内に自分の誕生日すらあやふやとなりそれに戸惑った初代勇者は、一から覚えるのが面倒だからと開き直り、新しく自分用に作ることにした。
召喚された年を元年。その時滞在していた国に丁度四季があったからとそれを日本の四季と合わせ、十二に区切り、閏年の仕組みをよくは知らなかったのでそこは旅の途中に知り合った賢者に丸投げ。
そうして誕生した「勇者歴」を初代勇者は愛用し、旅の仲間達、制作に携わった賢者、滞在した国で知り合った人々へと。
そして世界が魔物という人類共通の敵を除き平和となったことで国同士の交流が進み、バラバラな暦で不便が生じた事により、港を多く持つ帝国と、再出発をした魔族を中心に爆発的に広まった。
その後で召喚された次代の勇者達は、異世界情緒に些か欠けるその暦を覚えやすいと喜んだり呆れたり。
今回の勇者一行は、そんなものかと納得した。
が、ソラだけは「日本が舞台のパラレルワールドでもないのに、十二ヶ月の三百六十五日とか!」と不満げだった。
・・・
王都を旅立ち、早、一週間。
異世界らしい捻りもなく、地球と同じ七日。
ハンターチーム『流れ星』は、ハンターランク昇格以来、初となる長期任務を遂行中。
「その犯人は、本当に王国内に居るの?」
馬車の御者席で、周囲を警戒しながら手綱を操るオード。
馬車の後ろから足を外に出して座り、背後を警戒するアルセ。
縫い物をしているカタリナと、その太腿を枕に眠るネルフィー。
カタリナが持っている物よりも装飾が豪華な本に何やら書き込んでいた鎧姿のソラは、ニーナの質問に本を消した。カタリナで見慣れたニーナだから驚きもないが、魔道具に詳しい人、特に職人ならば、顎を外して言葉を失うか、何が何でも調べようと持ち主に襲い掛かるような光景だ。
「まず、これを見て」
「……何コレ?」
本を消したその手に新しく握られていた物を床に広げるソラ。
それを上から覗きこんだニーナは、似ている物を見たことあったような無かったようなと思考を巡回させた後、見たこと無かったと結論づけて疑問を口にした。
ソラの口から出たのは、その見たことあった物だった。
「今回の件に関する地図だよ」
「地図? ごちゃごちゃしすぎて、よく解んないけど……」
「魔力の吹き溜まりを調査するときの地図に似てるわね」
と、そこにカタリナが寄ってきた。
枕が動いたネルフィーを見れば、先程までカタリナが縫っていたクッションが代役を努めていた。固さや温かさが変わってか、顔をしかめている。
「今回の──皇帝命名『人工大氾濫事件』──被害が確認できた場所、確認できた日付、亜人か魔物かその種類は、人の目撃情報なんかを書き殴った地図だよ。執務室で皇帝と偉い文官の人と作ったんだけど、こんだけぐちゃぐちゃにしたほうが機密文書として機能するんだって」
自分で見やすい分かりやすいということは、相手にも見やすくて分かりやすい、ということ。
書いた自分でも分かりづらいのなら、書いた時の記憶がヒントとなり、ヒントの無い人間には難解になる。
絶対ではないし、暗号と呼べるほどのものでもないが。
「で、書いてて分かったんだけど」
ソラが地図上を次々と指差しながら、同時に分かったことを解説する。
「大きな街、ハンターが多く居る街は襲われない」
「辺境とか小さな村が襲われやすい。これはまあ、さっきのの反対だね」
「帝国では幾つか返り討ちになってる」
「『悪魔の森』周辺は手を出していない」
「帝国の被害は大きいようでいて、実は開拓村とか廃村間際とか、本当に小さな所しか狙われていない」
「対して王国の被害は、小さな所でも不自然なほど避けられている村があったり、そこそこ大きいのに襲われている場所もある」
「距離があるのに、同一犯と思われる犯行が同時期にあった」
「基本は魔物を単一種で。たまにゴブリンが混じってたけど、君達の活躍からゴブリンによる被害は減った」
「魔物の強さは徐々に上がっているけど、襲われる場所は小さな所のまま」
ソラの説明で、カタリナは地図上の法則を理解したようで。
ニーナは絶対に分かっていないだろうが、相槌に「なるほどなるほど」と繰り返している。
「つまり、犯人は……」
カタリナがソラの目を見れば、いつの間にか鎧を外していたソラが、紅白の巫女服に狐面、狐耳と狐の尻尾を九本も生やしていた。
言葉を止めたカタリナに一つ頷き、言葉を引き継ぐ。
「実行犯にギフト『魔主の手』を持った人間が居て、人数は同時期の発生件数から少なくとも残り五人。何らかの連絡手段を持って計画的に事件を起こす、黒幕に王国貴族かそれに並ぶ大物を隠した組織」
ニヤリとソラが笑えば、ニーナは唸った。
「……なんで?」
カタリナは狐耳を優しく撫でた。
「ほんと、ソラは可愛くなろうと思えば可愛くなれるのにねえ」
転がってきたネルフィーが、ソラの九本の尻尾に絡まった。
アルセが、仲間になりたそうな目でこちらを見ている。
オードは決して後ろを振り返らず、手綱と警戒に集中した。
キャピキャピと黄色い声で騒がしくなった背後に向かって、聞こえていないだろうと思いながらも呟いた。
「……で、どこに向かえばいいんだよ」
「一本の目立つ木があるから、そこで休憩ね」
「あ、はい」
今日も平和である。
この平和も、あと数日で終わることになるのだが……。