残念ながら描写カット(No ノクターン)
よくある木造宿屋、その食堂。
『流れ星』という何とも在り来たりなチーム名を名乗るそのハンターパーティーは皆で……いや、二人を除き、呆れた顔でそれを見守っていた。
隣のテーブルから、宿屋の跡取り息子が声を荒げる。
「ロウソクは残り三分の一!」
同じく隣のテーブルから、看板娘は神妙に、しかし食堂に居る全員に聞こえる声で囁く。
「これは、歴代最速タイムに賭けた人の勝ちで間違い無いでしょう。誰がこんな小さな体を見て予想できたか。何と、もう、最後の料理を乗せたスプーンが……」
大皿が乗ったテーブル、そしてそれに挑んだチャレンジャーを囲む人々。
「持ち上がり、そして今、口の中に……」
宿屋の跡継ぎと看板娘がはやし立て、他のお客さん、騒ぎを聞きつけた通りすがりも固唾を飲んで見守る中……。
「完食! 完食です!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
跡取りが、酔っ払いが立ち上がった。
「記念すべき十人目の達成者の誕生です!」
誰も聞いちゃいないだろうが、感極まって目に涙を浮かべた看板娘が偉業を讃える。
ナプキンで口元を拭いてから、仮面の少女はスプーンを置いて掌を合わせた。
「ごちそうさま」
───こうして宿屋「腹満たし亭」名物「腹破裂盛り定食」に、新たな金字塔が建てられたのであった……。
・・・
「……で?」
「ん、なにが?」
周りの喧騒が落ち着き、食後のお茶を楽しむソラ。
まるで何事も無かったかのように通常運転へと戻った宿屋──賭けの儲けでホクホク──では、『流れ星』の黒一点オードとソラが向かい合って座っていた。
ベルを皇帝の所に預け、自分にしか見えないメニューに表示される『フレンド』を選択。本の持ち主であるカタリナの居場所に当たりを付け。
行ったことがある場所なら何処へでも。出現場所は決まってフィールド入口と街の入口限定だったゲームに比べ利便性も犯罪性も増した魔法『ゲート』でささっと帝国首都から王国首都に来たソラは、最小表示された地図に点で表示されたカタリナを訪ねて宿屋「腹満たし亭」へとやってきたのだ。
そこで部屋に招待されたソラは「カタリナに秘密の話がある」と言って他のメンバーを食堂へと追い出し、数刻。
「お腹空いた」
満足気、やけにテカテカとしたソラだけが食堂に現れた。
一緒に居たはずのカタリナは……。
「温泉の時、“薬の代金”貰い忘れてたから」
それで察する『流れ星』。
薬を使った本人であるニーナは顔を赤らめ。
アルセはさっきまでの部屋の中を想像したのか固まり。
オードは羨ましげに手を開けたり閉じたりし。
ネルフィーは、野菜にフォークを突き刺して口に運んだ。
「いや、部屋から出てきたと思ったら大食いに挑むし……よく、その体で入るな」
「スキルだからね」
「“すきる”?」
スキル<大食い><鉄の胃袋><美食家>、それらを混ぜた<暴食>。
ゲームでは『空腹度が満たされていても料理を食べられる』という、料理アイテムのバフ効果──『食後数分間、攻撃力上昇』といった──をいつでも得られるようにできるスキルだ。
料理アイテムを消費する、<鉄の胃袋>は他にも防御力上昇スキルの素材になるので、ゲームでは滅多に、拘りのある人以外は全く使わないスキルでもある。
『空腹度が減りづらくなる』<仙人>を持っているソラは一月くらいなら平気そうだが、食事は娯楽だ。
何か食べたい、だが王国のお金を持っていないソラは当初、オードにでも「さっきまで味わっていた『二つの霊山』のあれやこれ」でも教えて集ろうと思っていたのだが、メニューに『時間内に食べきったら無料、賞金有り』を見つけてしまったのだ。
スキル構成を変え、料理をタダで楽しんだ。
しかも賞金付き。
一石二鳥である。
あれやこれも自分だけの秘密にできたので一石三鳥、もしくは他にもあって五鳥くらいは獲っているのかもしれない。
「そうそう。代金と料理で忘れてたんだけど──」
ようやくかと溜め息を吐いたオードだが、次の言葉を聞いて咽せた。
ネルフィーとこの場に居ないカタリナ以外、たまたま隣のテーブルから盗み聞きしていたオッサンすら、絶句。
「隣の国の皇帝陛下から『流れ星』宛てに直接依頼貰ってきたんだけど、受けてみる? それとも、断っちゃう?」
「……は?」
「はい、正式な依頼書。皇帝陛下に何回も念押しされたんだけど、なんか断っちゃってもいいらしいよ?」
顔の筋肉を過去に無いほど引き吊らしながらも、震える手で何とか依頼書を受け取ったオード。
まず最重要なのは、『捏造したら物理的に首が飛ぶ──ならまだマシ。皇帝陛下のお慈悲に乾杯』と酒場でもっぱら噂の、ガングリファン帝国印と皇帝陛下直筆のサイン。
オードの記憶違いでなければ、サインは分からないが帝国印は本物だ。
依頼内容。
ここ最近騒がれている魔物の大量繁殖と、何者かによる亜人の洗脳襲撃事件。その一連の問題解決。
報酬。
直筆で『私に何を望むんだい?』。
「ここ、こ、ここ……」
「こ、こ……皇帝陛下? ニワトリの真似っぽいけど」
声が出ない。冷静なソラに無性にムカつき、空気を唾ごと飲み込んだオードは、テーブルに拳を叩き付けていきなり立ち上がった。
「───断れると思ってんのかバカヤロー!!」
「野郎じゃないよ、ソラちゃんだよ?」
そうじゃない、そうなことじゃあないんだと。
隣のテーブルのオッサンは、仮面の子供に心の中でツッコミを入れた。
・・・
「どんな騒ぎになるのかしら?」
本当に楽しみ、と。
ガングリファン帝国継承権第一位のお姫様の部屋。
そこで炬燵に温まりながらソラを待つベルは、お姫様が国民に魅せるような笑顔で笑った。
「むむ。先に上がったからと随分と余裕だな、ベル」
扇のように広げられたお姫様のカード。先程までは扇げるほどあったそれも、今は二枚。
そこへ伸びる手。
「娘よ。上に立つ者は義務として、常に余裕を見せていなければならないと教えただろう? はい、上がり」
「のわあぁぁぁ! 無し! 無しじゃ父上!?」
「うーん……じゃあ、『パパ』って呼んでくれたらいいよ?」
「さすがパパ!」
「はい、引いたカード。混ぜた後、もう一回引き直すからね」
「うん!」
その後、何度やり直しても父が上がり、娘はすっかりふてくされるのであった。
「そんなだから母上に逃げられるのだ!」
「逃げてないから。仕事上、仕方なくだから」
「……どうでもいいけど、まだかしら」
待ち人も次のゲームも、ベルの下へ来るのには時間が必要そうであった。