皇帝、ハマる
建ち並ぶ木造家屋。整えられたら庭と敷地を定める柵。家の前には石畳の道が横切り、オーガの集落がある森の手前から港予定地までを繋ぐ。
「スキルって便利だわー」
“造りたい”と望み、材料と道具を揃えてスキルを発動させれば、あら不思議。
『Persona not Guilty』の生産は基本、持っている生産スキルの所持数により補正が掛かる。武器を作ろうが<料理人>の補正で強くなるし、<刀工>を持っていなくても刀は作れる。とにかくスキルの数を増やせばいい。
例外は、イベントと全ての生産スキルの合成で手に入る<神の創り手>。これ一つで生産補正がMAX。
全ての生産スキルを持っているなら補正MAXにはなるのだが、全生産スキルを一つにまとめることで、一覧表示がすっきりする。ゲームではこれが地味に重要で、全所持スキルを全表示や五十音順にすると生産スキルが邪魔で邪魔で。
ゲームではそれを手に入れるイベントでしか名前通りの活躍をしない<大工>、イベントですら活躍しないで会話だけで手に入ってしまう<庭師>、石系の装備を作ることで手に入る<石工>。
家を作る経験など無いのに、何をやれば、何が必要か、手順は、力加減は。
まるで、事前に一連の制作過程を見たかのように理解でき、練習したかのように身体が動く。
調子に乗って時間を忘れ。
夕焼けに気付いた頃には村が一つ、この辺境の地に新たに生まれていた。
「『ポータルハウス』」
そして自分で作った家には入らず、空き地に降ってきた家に帰るのだった。
「その内、スキルで出来ることの限界とか調べないとなー」
───フラグだ。
・・・
帝国の城の、とある一室。
「村ができました、か……」
現在の所、唯一の『友情のグリモワール』持ちである男性が、食後の優雅な一時を過ごしていた。
城の警備を勤める騎士の一月分の給料よりも高価なティーカップを傾け、その透き通るような美しい緑色で喉を潤す。緑茶だ。
シャトフ山脈。
過去、それこそあの山が帝国領に含まれる前から幾度と無く挑まれ続けてきた「死の山」。
一番低い山と山の切れ間ですら人には高く、そこは高所を好む魔物の溜まり場。
ある時は著名なハンター、ある時は無謀な若者、ある時は名誉欲しさの領主軍、ある時は追われた誰か、ある時は先鋭揃いの帝国軍。
山越え不可能な絶壁。
それも最近は白龍が住み着いたとかで、挑む物好きすら皆無になって久しい。
皇帝は、グリモワールに書かれた文字を指でなぞる。
【シャトフ山脈】ソラの観察実況スレpart34【越えちゃいました】
グリモワール最大のパートスレ、ソラの観察実況スレの最新板だ。
「娘よ、我が家の夕食を料理スレに上げるとは……て、なにっ、写真機能搭載!? 有料!? いつの間にか買ったのだ娘よ!」
皇帝は書き込みを一切しない、所謂『ロム専』だった。
「これ、『水鏡』より優秀だよなぁ……」
皇帝は、この本を世界中でバラまこうとしているあの少女とは絶対に対峙しないことを、主に自分の楽しみのために固く誓った。
・・・
ソラお手製の海鮮料理を向かい合って食べた二人は、いつものように一緒にシャワーを浴び、一つのベッドに一緒に入った。
「住人を誘致して、オーガと交流して、勇者を観察しながら英雄の卵を育てて、あと……何かある?」
「帝国のことも気にしたら?」
「あっ、『お姫様女王様化計画』も準備しなくちゃ」
「そうじゃなくて……」
「お米の仕入れと栽培?」
家の中では流石に仮面を外しているソラの頭を撫でながら、ベルは溜め息。
「帝国は敵にしないほうが……」
きょとん。
「なんで?」
「なんで、って……?」
ソラがゲームのマップ機能から描き写さした地図を見れば、その広大さ──当の皇帝本人は小さいと言っていたが──がよく分かる。そしてベルの故郷である王国よりも文明的であり学問が発達し、庶民であろうと成り上がれる土壌ができている。
大陸で最先端を競う大国、そこのトップと対峙するということは……?
帝国は山脈を越えられないと歴史が証明している。
先鋭揃いとはいえ、ソラのペットに成り下がった白龍にすら勝てるかどうか。
ソラには飛行能力も転移魔法もある。
敵が居れば食料を期待できる『ドロップアイテム』と、どこでも呼べる家『ポータルハウス』。
服も自前で作れれば、荷物も『インベントリ』に仕舞えるし、温泉だって出せる。
そもそも、ソラの戦闘能力は───
「皇帝を人質に取るか、殺しましょう。最悪、帝国を滅ぼせばいいかしら?」
「お姫様のお父さんだから、物騒なのは嫌だなー」
「そうね、貴方はそういう子ね」
お姫様のお父さん。
皇帝はそんな理由で、ソラとの敵対を本人が知らぬ間に回避していた。