そして勇者は聖剣を手に
切りどころを間違え。後半いらない?
2015.2.26 最終修正
ソラは白い空間に居た。
地面も空も無く、無重力のように上下の感覚は無い。
「……夢?」
声は出るらしいが、身動きはしようとする気が起きてこない。
と、距離感の掴めない白い空間で、目の前に肌色の何かが現れた。
──山頂がこちらを向く二つの山は。
「……これは!」
「水泳の授業で着替える時に慣れからか堂々とブラジャーまで一気に脱いだ水泳エース、佐々木のみーちゃんの──」
先を言いかけたが、その先が少女の口から出ることは無かった。
──山は、二つだけではなかったのだ。
「銭湯でよく会う花屋さんと飲み屋の看板娘さんと、一度しか見掛けなかった大学生のお姉さん!? 学校一の巨乳ネネ先輩に、大きさで悩んでるけど色と形は芸術品だよ委員長!?」
──白が減るにつれ、濃度の違う肌色と僅かな桜色が視界を埋め尽くす。
その部位だけで、一度しか見ていなくとも記憶している無駄な才能。
「……天国? 私、死んだ?」
天国なら、そこだけじゃなくて全身見せてくれたっていいのに。
──そんな言葉が過ぎった瞬間、視界は黒一色に染まってゆく。
「ウソウソ! 巨乳も貧乳も大好きだから! だっておっぱいだよ!? 大きさだけで優劣つけるなんて勿体ない!」
──独自理路を展開し始めたが、それは関係ないと言わんばかりに問答無用で黒く染まる世界。
「そもそも優劣なんて好みだよ! わたしは! 例え邪道と罵られようとも! 『努力の実らないおっぱいは無い』と宣言したい! 大きさ? 形? 色? ……結構! 恥じらう姿も堂々とした姿も魅力の一部さ!」
──だからお前のおっぱい論は関係ねぇー、と加速する黒化。
「だから────」
「──揉ませろ!」
森に響く、ソラの叫び。
「……ん?」
「……ガゥ?」
何故か、ドアップで、犬と目が合った。
「(……確か、お腹が空いたから変な木の実をかじって、甘いけどお酒っぽい味がしたから…………あれ?)」
そこから記憶が欠けている。
未成年ではあるが自分がアルコールに強いと知っていたソラは、あの実にアルコール分が含まれて酔って倒れた可能性を秒殺。
「(幻覚か睡眠作用……しまった! ファンタジーなら状態異常を引き起こす怪しい木の実の一つや二つ……)」
無防備に仰向けで倒れた人間に、覗き込む肉食獣。
「チェストー!」
「!?」
この危機的状況を打破するため、ソラはブレイクダンスを踊った。
解説。目が合ってしまった大きな犬が固まっている間にソラは、全身に力を込めて軽く肩を地面から浮かせて小さな反動を得ると、ブレイクダンスに詳しくなくても大抵の日本人ならテレビなどで見掛けたことがあるであろうほど有名な、肩や背中、手を使って足を大きく開脚した状態で回転する「風車」という意味を持つ『ウィンドミル』を披露した。
急に繰り出された「蹴り」に慌てて距離を置いた犬が、警戒を露わに唸り。
勢い余って三周ほど余分に回転した少女は止まり方が分からず大地と無様に包容し、むくりと起き上がった。
「フッフッフ、身体能力を強化するスキルをいくつも得た私を、ただの少女と思うなよ! ……初成功はいいけど、土の上でやるもんじゃないなぁ」
地球でチャレンジした経験と聞きかじりのコツを知っていたから成功したものの、アクションゲームの格好いいダウン起き上がりのようにはいかないかと、異世界生活数時間で早くもボロボロになったブレザーを見て気落ちする。
「……まぁ、なるようになるさ」
気を取り直して犬……頭蓋骨の形的には狼に目をやると、こちらを観察しながら僅かずつだが右へ右へと横歩き。隙を窺いつつ、ダメ元で死角に移動か。
ペルギルの狼系モンスターなら速攻で飛びかかってくるのにとソラは思いつつ、足下に落ちている石を拾う。
「キャラクターモーション、投石」
意味はないと分かりつつ、何となく口に出してから石を投げる。
ペルギルは一人プレイ限定のオンラインゲームという変わった立ち位置なのだが、開発当初は多人数参加型オンライン、所謂MMORPGを想定して作られたという経緯がある。内容を盛り込み過ぎたら容量が足りなくなったのだが、プログラマー達が口を揃えて「傑作」と評価するシステムを削るのはあまりにも惜しいと、開発中の仕様変更で一人用ゲームになったという裏話。
その名残で、多くのオンラインゲームでもプレイヤー間のコミュニケーションツールとして存在するモーションが残されていた。
そしてそれは、『Persona not Guilty』というゲームではコミュニケーションが不要であるにも関わらず、とても大事な要素としてプレイヤー達に使われていた。
《スキル<投擲>獲得》
──『行動』によりスキルを得るペルギルで、最も簡単にスキルを得る方法として。
「さぁ、敵が居ないと得られないスキル、一通り取らせて貰うまで逃がさないよ?」
悪魔のような笑顔で、少女は投石で怯んだ犬に飛びかかった。
・・・
召喚の神殿よりも厳かでありながら神聖な空気に包まれるような錯覚を覚える、この世界有数の力を持つ宗教の教会。
その、大広間。
城で召喚された事情を説明された後、日が暮れたにも関わらず休むことなく神殿に連行された勇者。他の日本人は城で豪華な客室を一室ずつ借りて休んでいるにも関わらず、だ。
「勇者様のお力は、他のギフトとは扱い方から常識まで異なる特別なお力なのです。その一つが、召喚されたその日に神聖な場所で力を解放すること。それにより『世界』に勇者の存在が刻まれ、勇者のギフトが真の意味で解放されるのです。……もし、その儀式が行われなかった場合、勇者のギフトはその半分の力も解き放つことができないそうです。過去に召喚された勇者の中には、力を解放する前に城から逃げ出した愚かな者がおりまして……逃げ出すくらいに嫌なら一言言ってくれればと、その勇者擬きは連れ戻して元の世界に返されました。もしその勇者擬きが真の力を解放していたなら、この国の兵士では連れ戻すことなど不可能だったでしょう。まあ、解放していたなら連れ戻す必要もないのですが……」
姫は話が長い。
そして姫曰わく「勇者擬き」は、恐らく、異世界に勇者として召喚された全能感からハッチャけてしまった健全な青少年だろう。
連れ戻されて帰される時、絶望したのか安堵したのか、はたまた別の感情を抱いたのかは、その場に居合わせた人間しか知らない。
それはさて置き、舞台は教会の大広間。
「これが……」
勇者の手には今、この神殿の空気にすら負けないほど神聖なオーラを発する、装飾過多の剣が。
柄を握った瞬間、勇者の身体は力を失った。
意識を飛ばした勇者は精神世界とでも呼ぶべき場所で、『聖剣に封じられた精霊』を名乗る美しき女性から、聖剣の、勇者の力の扱い方を教わることになった。
「見事に騙されてくれましたね」
この教会の最高責任者である壮年の男は、普段から顔に貼り付けている誰にでも親しみやすい笑顔を外し、姫の膝枕で眠る勇者を馬鹿にするように見下す。
「世界が違う。選ばれた。力を得た。頼まれた。特別な存在。……それだけを理由に油断する愚かな人間。最も怖いのは同じ人間であると、勇者達の世界では教わらないのでしょうかね」
無表情の神官。
三人しか居ない大広間で勇者が意識を失ってから数分。
姫と神官、最期の打ち合わせが終わったところだった。
柔らかな微笑みを浮かべ勇者の黒髪を撫でていた姫は神官の方を一切見ずに、勇者の安らかな寝顔を眺め口を開けた。
……その場だけを見れば、微笑む姫とその膝枕で眠る勇者は、とても絵になるような光景。
姫の口から出たのは、残念ながら場違いな言葉。
「もう忘れてしまいましたか? 前回の『勇者擬き』を」
神官は顔を歪め。
「……忘れるわけがありませんよ、あんな大失態」
前回の勇者候補は、非常に賢い男だった。
それ故、「勇者の力の解放」という儀式を疑われ、儀式とは何の関係もない場所で聖剣を解放された。
「ただの馬鹿が渡された玩具に我慢できず、という可能性が高い気もしますが、『馬鹿に計画を壊された』というよりは我慢できる範囲でしょう」
……訂正。
賢い男、ということにされていた。
「今回は召喚から神官を配置しましたけど、徒労でしたね」
「馬鹿に馬鹿されるよりマシです。それに、そうした方が教会の見栄としてはいいことに気が付きましたから、全くの無駄ではありませんよ。その点だけは、召喚されなかった前回勇者に感謝しています」
鼻で笑う神官。笑うのは前回の失態か、前回勇者の末路か。
「……神に力を認めさせるため、聖剣の力を最初に解放した聖地」
姫の独り言に視線を向けた神官は、その独り言を引き継ぐ。
「──その力を認めた神は、聖剣の主に『勇者』の称号と更なる力を与え、魔王討伐を『勇者』の天命として授けた」
卵が先か、鶏が先か。
「これでこの建物は、聖地。いずれは総本山の移設先、となるかも知れませんね」
ククク、と聖職者らしからぬ笑い声を上げた神官に、姫は嘆息。
「アナタの方は、後は順当に勇者が魔王を倒せば終わり、ね」
おや、と姫を見やる。
「計画では、そちらもそれで……」
「何言ってるの、こっちはそれからが本番。教会の総本山は貴方のその時の発言力に任せるけど、魔王を倒した勇者を欲しがるのは教会や他国だけではないわ」
顔を上げ、ようやく神官と目を合わせた姫は──
「──まあ、それも『聖剣の精霊様』次第かしら」
すぐに、勇者へと目を戻した。
神官は笑う。
「幼少の頃より姫のことは存じておりましたが、そこまで狂っておいでとは。知りませんでしたよ」
何が楽しいのか、大広間に男の笑い声が響いた。
サブタイトル『そして勇者は聖剣を手に』