勇者一行の目立たない人……目立たない?
勇者一行の召喚組は、五人。
『聖剣』村瀬春斗
『命掌』水森綾
『祈願創生』安田遊
『雷集の守』宮本八子
『斬魔の心得』舞原拓也
──これは、今まで出番の無かった、とある男の話。
・・・
召喚から約二ヶ月。
勇者たちは未だ、三人のラクール王国騎士と共に旅を続けていた。
現代日本で生まれ育った五人には精々、設備の整った安全な場所での、説明どころか全部やってくれるガイド付きの、便利な道具を駆使した三日程度のキャンプ経験しかない。
半年間は騎士付きでラクール王国内を周り、旅の仕方や魔物との戦闘を訓練し、それから召喚組だけでの旅を始める計画だ。
「……なんというイージーモード」
この段取りを城で説明された時、唯一の社会人、安田遊は愕然としたとか。
……騎士三人は、精霊の祝福のせいで男性騎士にアレな勇者が暴走しないようにと送られた、王国からの生け贄だったりする。
約一名、どこかのホモ騎士団長が立候補したらしいが、騎士団長だからと却下されたそうな。
「踏み込め! 喉に突き刺せ!」
騎士に指示されるがまま、二足歩行で立ち上がる熊へと踏み出した。
振り回される丸太のような両腕を、大木をも切り裂く爪の下を掻い潜りその大きな懐へと入ると、涎が垂れる口の下に剣を突き刺した。
「ぼさっとするな!」
剣を引き抜きながら急いでその場を離れると、出ない叫び声を上げようとしている熊に落ちる雷光。
「あくまで足止めに徹しろ! お前は一人じゃない!」
そんな指示を聞きながら舞原拓也──仲間からはタクヤと呼ばれている──は、別の熊を相手にする勇者を下に、次の熊へと走り出していた。
「お疲れさん」
「……ああ。そっちこそ、大活躍だったな」
スポーツドリンク風の冷えたジュースを受け取りながらタクヤは、ジュースの制作者で、今回は勇者以上に熊退治に貢献した安田遊──おっさんもとい、ユウ──を素直に称えた。
森から一旦抜け、休息を取る一団。
繁殖期になると動けない雌のために同種で群れ、人里や他の動物の群れへと無差別に襲い掛かる危険な熊。
そんな地球にいたら確実に人によって絶滅させられているであろう魔物の退治を請け負った勇者一行は、今日も騎士に見守られながら、何とか傷一つなく完勝した。
それもこれも、ギフト『祈願創生』を使い慣れてきた安田遊の活躍である。
材料さえあれば体内の魔力を少し消費するだけで加工が。材料が無くても、魔力で補えばどんな材料だろうと魔力から作り出せる、馬鹿げた性能のギフト。
落とし穴や木の柵を敢えて見えるように設置し、群れを分断、誘導。
掘った土を材料に矢倉を作り、木登りが得意な熊のために鼠返しならぬ「熊返し」を取り付け。
接近戦は弱いので女性陣と共に矢倉の上に登るが、森に売るほどある木を加工して設置型バリスタを四方に取り付けた矢倉はまさに、簡易な要塞。
これも訓練なのでなるべく手を出さないようにしていた騎士たちだが、手を出すまでもなかった。
「……攻守のバランスが取れた『聖剣』に、作ることに特化した『祈願創生』、回復の『命掌』、高威力と広範囲攻撃の『雷集の守』……」
『聖剣』は剣の形をしているが、そもそもは精霊であり。持ち主に自動防御の結界を張るわ、剣の形や長さを自由に変えるわ、魔法は使えるわ、斬鉄なんて表現では生温い切れ味だわ、広範囲に光の波動をバラマくわ、と、本当にチートですどうもありがとうございます状態なギフトだ。
『祈願創生』は作ることに特化しすぎて、貴重なギフトであることも含めて戦闘の前線で使われる機会は歴史上では例が無く──千年ほどの記録で、持ち主は二名ほどしかいないが──、騎士も戦闘でこれほど活躍するギフトだとは知らなかった。
『命掌』は名前の通り「掌」から傷を治す光を出すギフトだが、その回復力は並みの回復魔法や魔法薬の比ではなく、脳が、心臓が傷付いても蘇生出来るレベルと言えば分かるだろうか。『祈願創生』と共に、王が旅立たせるのを躊躇ったギフト。
『雷集の守』は逆に、王が勇者と共にさっさと王都から追い出したかったギフトだ。雷を操る力なのだが、とにかく危険。降らせることも球状にすることもバリアのようにすることも可能だが、全部が全部電気なのだから攻撃的すぎる。巻き添え上等。何度か、勇者だけが味わっている。
仲間の派手すぎるギフトに気後れし、自分は此処にいていいのかと思うタクヤ。
そんな仲間に、遊は何と言葉を出せば伝わるのか。とにかく呆れた。
「いやいや。魔法斬れるとか、幽霊斬れるとか、斬撃が飛ぶとか。そもそもそんなギフトじゃないのに空を走れるとか、ギフトに頼り切った俺らよりも、お前は十分おかしいから」
「?」
『斬魔の心得』は「魔を斬る心得」であり、「斬魔と呼ばれた神話上の悪魔が後世に残した、己の信念」であると伝えられている。
その刃は魔力を切り裂き、魔力でもって身体を維持するゴーストや精霊を斬ることが可能で、斬魔がギフトと共に残したと伝えられる技を習得できる。
だが、斬魔の技は「斬る」ことのみで、「空を走る」などという技は存在しない。
「何を言っている。この世界には魔力が空気中を漂い、そこら中にあることは知っているな?」
「そりゃ、魔法は一緒に教わってるからな。それが?」
「それを踏めばいい」
「───はい?」
「横断歩道の白い部分だけを踏むように、空気中の魔力を踏んでいくだけだ。立ったままは耐えられないようで無理だが、踏み台にするくらいなら容易いぞ?」
遊は目に魔力を集め、遊には球体に見える自然魔力を見る。手を伸ばす。透ける。
「いや、触れないだろ」
「魔法だ。踏む瞬間に自身の魔力を足から流して硬化、踏んで次の足場となる魔力に跳ぶ。その繰り返しだ」
硬化すると確かに触れたが、一瞬で拡散。この世界の魔法はとにかく万能なのだが、人の魔力が少ないことと、魔法を維持させるには魔力を流し続けなくてはならないという欠点がある。
なるほどと、遊は魔力を踏みつけ、跳ぶ!
一段目を跳ぶ瞬間に次の足場を探し、一度の足場に大量の魔力を使うわけにはいかないので踏みとどまることもできず、慌てて近くの自然魔力を踏み、そして次の足場の選定……
「いデッ!?」
五歩。耐えたほうである。
「いや、足場一秒も保たないとか無理。召喚の副作用とかレベルの影響で身体能力上がってるけど、絶対、無理」
「……そう、なのか?」
因みに、この二人の後ろで聞いていた他のメンバーも試してみたのだが。
水森綾は一歩目から次に跳べず。
宮本八子はメンバー1の膨大な魔力を駆使して足場を長く大きくしたが「地上走ればよくね?」「魔力の無駄遣い」と酷評に泣き。
勇者は走れたが、方向や速度に意識が割けず木に激突。もう一度やるが、今度は踏み外して落下。方向、足場の選定、自分の攻撃に加え敵を意識するとなると、戦闘では使えないと断念。
タクヤすげーという空気の中、騎士三人はそもそも魔力に触れられるようにはなれず、魔力を自在に操れる勇者たちすげーと、遠巻きに見ていた。
・・・
雲に紛れ、勇者たちを監視する目。
「ホバリングで飛んでるより魔力の節約になるけど、移動は飛んだ方が早いかな」
英雄の卵に会いに来たついでに、勇者を見にきたソラとベルだ。
こんな高さだ。ベルからは勇者どころか生き物すら全く見えないのだが、ソラには見えるし声まで聞こえるらしい。
ベルは、何も無いはずの空中に立たされて足が竦んでいた。
覚えたばかりの足場にお姫様を下ろしたソラはというと、足場も何も無いはずの大空で縦横無尽に飛び跳ねまくっては、手で何かを掴んで鉄棒の原理でクルリと回ったりと一通り試しだした。笑いながら。
そしてベルが立っている足場を広げて降り立って最初の言葉が、それである。
「立体軌道は戦闘で役立つだろうし、覚えておいて損はないかな……それよりも、あれってやっぱり──ブゥ!?」
ベル、渾身のビンタが炸裂。
涙目のベルに萌えたソラだったが、なかなか許して貰えず、今度はソラが涙目になるのであった。