怒り。計画。振り上げた腕。涙。
一振りで人間を真っ二つに出来るほど巨大な蟷螂。
「あれは?」
「虫は嫌」
ソラが乱獲したワイルドドッグの上位種。
「犬だよ、わんこだよ」
「野生すぎて可愛くない」
いつか美味しく頂いたジャイアントホーンラビ。
「可愛くない?」
「夕食の素材が見つかって良かったわね」
カブトムシとクワガタを足して魔改造したような金属製の虫。
「かっこよくない?」
「虫は絶対に嫌」
足に貴族っぽい派手な服の男性を掴んでいる猛禽類。
「顔、よく見れば怖さの中に愛嬌がない?」
「無視ね。二つの意味で」
巨大でどぎつい色をしたカエルの群れ。
「無いね」
「無いわね」
人間を刺そうとすれば胴体に風穴が開きそうな針を持つ、針相応な大きさをもつ蜂。
「かっこよくない?」
「貴方、虫が好きなのね」
カナブン。
「かっこいいのだけだよ?」
「燃やしながら言うと説得力があるわ」
人一人乗れそうな程度のドラゴン。
「二人乗れるなら考えたわ」
「んじゃ、素材貰いまーす」
なお、ベルが断ったドラゴン以外の魔物も、スタッフが美味しく頂きました(素材的な意味で)。
・・・
遠くに何やら、建造物が見える丘の上。
「何なら良いのさ!」
ソラがぷんぷんしていた。
勧めれば断られ、サイズが惜しかったドラゴンは逆にソラをイライラさせ。
「小さい癖に王道的なドラゴンすんな!」
緑色で翼が退化。なのに飛べるという不思議なドラゴン。
ベル曰わく、このサイズで成体だというのだから大きな個体を捜すのも諦め。
「見た目? 強さ? 特殊能力?」
ソラがベルに、女性に対して詰め寄ることは珍しい。
それだけ魔物を仲間にするというゲーム的な『魔の目』を楽しみにしていたのだが、肝心の所有者であるベルがこれである。
城から出られなかっただけに、今回の「魔物巡り」を本の知識と実物を比べながら純粋に楽しんでいた──割には表情を変えなかった──ベル。『悪魔の森』からの旅も楽しくはあったが、観ることを目的とすれば目線も変わる。
そして、改めて問われたことで、ソラに魔物を仲間にしない理由を話していないことに気が付いたベル。圧倒的な人付き合い不足を、地味に、ソラを怒らせる程度に発揮した結果だ。
仮面から覗く目を、見つめる。
「ソラ。私のギフトは魔物を仲間……いえ、魔物を強制的に従えるの」
「うん。その後で如何に本当の信頼関係を築けるかが大事、っていうテイマー系のテンプレだよね? モノとして扱うと何れは制御から外れて暴走するんだよね?」
「それは知らない」
ソラの問は切り捨てられた。
「従えた魔物、どうするの?」
「え?」
きょとん。
連れて歩く。
召喚する。
捕まえる時に使ったボールに入れて持ち運ぶ。
頭の中に浮かんだ答え。
そして、気付く。
「魔物捕獲用の道具──」
「あっても檻ね」
そんな物があったら世界中魔物使いだらけで、ベルのギフトの価値が無くなる。
「乗って──」
「ソラが飛んだ方が速いのに?」
森や山や川や崖、そして魔物。
地上の旅も偶になら良いが、その内に飛びたくなるだろう。
上を経験してしまうと、下げることには苦痛が生じる。
「鳥とかドラゴンなら一緒に飛んで──」
「いざとなったら最高速度で逃げるでしょう? ソラの最高速度に付いて来られる魔物がそこら中に居るとでも? 置き去りにして囮に使うの?」
ソラには、そして本に書かれてある知識しか知らないベルには、この世界にどんな脅威が存在するのかがイマイチ解っていない。
途方もなく強い魔物が秘境に眠っていたり、叉は新しく生まれているのかも。力ではどうしようもない自然現象があるかも。空を飛べる、距離も速さも通用しない殺人者が居るかもしれない世界なのだ。
ソラに、「仲間」を切り捨てられるのか。
「そもそも魔物を連れて歩いた人間を、ギフトだからって、他の人が簡単に受け入れるとでも?」
「うっ……」
無理だ。怖くて当然。
それはつまり、街にすら入れなくなるということ。
だが、この時のソラはポジティブだった。
どの位ポジティブなのかというと、ミスったら即死、残機を減らしてステージの初めからやり直し系のプレイヤーキャラくらいポジティブだった。
普通、いくら生き返るといっても怖じ気付くだろ。
ソラの目が、キラーンと光り、そして燃えた。
「──それはつまり、『魔物と共存できる街を築き上げろ』と。如何にもテイマーな主人公がやりそうな事を私にやれという、ベルからの遠回しなおねだり……」
「ソラ、私は諦めてと言いたいだけで」
「美少女からのおねだりを! このソラちゃんが! 断るとでも! ……否!」
無駄に手振りを加え、無駄に叫ぶ。
「スキルだけじゃなくて、この世界の魔法、そして生物を全活用してでも!」
呆れ、ただ見つめるだけのベル。
「ベルベルの望み、全力で叶えさせて頂きます!」
ズビシッ、と何故か敬礼。
「……ベル、ベル?」
無駄にハイテンションな宣言より、いや、真面目でハイテンションな宣言なのに、そこだけ呼び名が変わったところが気になるお姫様。急な展開に混乱している、ともいう。
と、ソラはスキル<熱血>を消して素面に戻った。
「異世界で街作り。スッゴくロマンと王道を感じるけど……」
「それよりも、『この魔法ってこんな事にも使えそう』『そのスキルの本当の使い方はそうじゃない!』っていうのを実際に試せる……長年のゲーマーの夢を叶えるのに、街とか国作りってホント向いてるよね。国だと何か色々と面倒臭そうだから、そこまでやる気はしないけど」
実は、拠点作りは随分と前から計画していたりする。
詳しく話すと、英雄の卵と出会い「旅に出る理由無くね? 生産職として家でハーレム築けば良くね?」辺りである。
それをただ、「ベルのため」という理由を付けて発表しただけに過ぎない。
「生産職として、ペルギルでも作れなかった街を一から作る……燃えるね。うん、実に燃える」
計画を発表するタイミングを密かに謀っていたソラのネタ、そしてダシにされた。
そのことに気付いたベルは、拳をきつく握りしめ、自分より低い頭へと振り落とした。
───それはベルが生まれて初めて、怒りに任せて他人に振り上げた腕だった。
女の子に拳骨をされたソラは、そこでようやくベルを怒らせてしまったことを知り、本気で反省し、本気で泣くのであった───
次章より、書き方が少し変わります。
誰かの物語に乱入するバグキャラ、という構図です。
その前に閑話挟みます。多分。