筋肉とは違う肉
「前言撤回。これより敵を抹殺します」
年齢詐称疑惑と性別を間違えた感が否めない童女の囁きを、ベルは聞かなかったことにした。そのほうが面白そうだから。
村長、という肩書きを持つ筋肉ネコに案内されるがままについて行った先では、獣人ではない一人の女性が、大量の洗濯物を竿に掛けている最中であった。
「おーい! 客人だ、マエリー」
「はい? あらあら、小さな旅人さん、こんにちは」
一部分だけ服のサイズが合っていない、おっとりとした美人。
お辞儀の時の谷間が凄い。
本に書かれてあったこと以外には疎いベル。
マエリーと呼ばれた女性の一部。生まれて初めて見るほどに膨らんだそれに、実務的な使用目的に対しての多大なる無駄に呆れ、多数の男やソラの目を釘付けにする以外の効果や使い道があるのかと考え、実はそこに暗器を仕込んでいるから不自然に膨れているのではと予測を立てたり、何故だかちょっと悔しくなったりと、実は微妙に混乱中。
ソラは、頭をまっさらな状態にしてまでのガン見。
「俺の妻だ」
自慢気に胸を張って告げた言葉は、弄られキャラから『ソラの敵』に変わった瞬間。
筋肉ネコは、何故だか分からないが背筋に冷たいものが走ったことに首を傾げているのであった。
・・・
本を閉じたソラは、それを膝の上に置いて正面を見た。
「……王国に帰る気、無い?」
「ソラ、肉袋じゃなくて私の目を見て言いなさい」
「肉袋……」
ベルの毒に、アマリーは落ち込み下を向く。その肉袋が机に乗っかり「ムニュ」っと強調される。
そんな桃色のような一部猛吹雪のような空気が読めていない筋肉ネコは、嫁さんをチラチラ見てはデレデレとしながら、デレデレとしながら話すことではない依頼の話を二人組にした。
『万年花を食す魔物の討伐』
チンチクリンと腹黒の年若い女二人組に頼んだのは、二人の歩いてきた方角が「賊」か「悪魔」の二択だからだ。
国と国を繋ぐ『盗賊の避暑地』を外れ、道無き道を歩いてこの村に辿り着いた理由は不明だが、整った身形と表情を見れば襲われて逃げてきたわけでないことは確かで、チンチクリンの方は子供を投げるほどの怪力、空を飛ぶというギフト、叉は特殊な魔法の使い手であるとサシャから聞いていた。
大した防具どころか武器を身に付けていないことから、二人とも後衛の魔法使い。
この場合の魔法使いとは、炎や水を操るギフトのことも含んで、だ。
見当違いの推察から、それでも盗賊団を退けるほどの実力者と判断された二人。
「魔女のおっぱいを揉みしだくチャンスなんだよ? 一回、王国に帰らない?」
「ソラ、目の前の無駄肉じゃなくて私の目を見て言いなさい」
「無駄肉……」
村長の話なんて、誰も聞いていなかった。
「なら、仕事の報酬にそこにある脂肪の塊でも好きにする権利でも貰えば?」
「人の女には手を出さないことにしてるから、ダメ」
「脂肪の塊……」
でもと、誘惑を振り解いたソラはようやく、ベルの目を見た。
「でも、ポーションの材料は欲しいかな。もしもに備えるのは大事なことだけど、それ以上にポーションの味が気になる。激マズだったら考え物だし」
「なら、勝手に採取しちゃえば?」
「アンタら、万年花の採取は許可制だぞ」
「……そういえば、村長が居たわ」
密猟する気だったのかと呆れる村長は、こいつらマイペースすぎると、素直にハンターに依頼したほうがいいかと考え直した。
腹黒はともかく、ちっこいのは中々の腕だと村長は見ていた。
「肉袋……無駄肉……脂肪の塊……」
「アマリー、お前も子供の戯れ言を真に受けるな」
「こう見えてピチピチの十七歳」
「……嘘だろ」
今日、一番驚いた村長だった。
なんだか不調です。