これを野営とは呼ばない
何日も掛けて森を抜けたソラとベル。
当たり前の話なのだが、夜は野宿、野営である。
野営は、魔物だけではなく盗賊、毒持ちの虫や蛇にも気をつけなければならないが、やらないわけにはいかない重要な作業である。
見張りも立てられない少数のハンターならば日帰りできる狩場の確保が必須で、 遠出には大所帯のパーティーを組むのが普通。腕に覚えがある者は、虫除け含む野営道具には装備並みに気を遣うものなのだ。
今日も森を抜けられなかったと森に飽きてきたソラは落ち込むものの、じゃあ宿屋に、とはいけないのだから野営するしかない。
夜中に抜け出した一件以外、実は異世界に来てから野営ばかりのソラ。
独りの時は<警戒><直感>といったスキルを使いながら木の上で器用に眠っていたソラ。
だったが、悪魔の森での小屋以降、同行者もできたことだし、何よりお金が貯まってきたので、ゲームらしいといえば実にゲームらしい方法で夜を過ごしていた。
「あそこで良いかな?」
それなりに広さのあるスペースを上空から見つけたら、降りて周囲の掃除。ソラが倒すと血の一滴すら残さずインベントリの中でドロップアイテムとなるから、臭いに釣られて他の魔物が現れることもなく。
「『ポータルハウス』」
そして広場に向かってとある魔法を唱えると、空から家が降ってきた。
空から家が、降ってきた。
敵を倒せば勝手に増えるお金。ゲームならば極々当たり前のシステムは、ソラの能力として残っていた。
が、ゲームとしては当たり前なのだが、買い物をすれば勝手に減るように、プレイヤーは数字としてのそれを見れるがアイテムのように取り出したりは不可能。出来るゲームもあるにはあるが『Persona not Guilty』には搭載されておらず、ソラは異世界では相変わらずの無一文だった。
だがそれは、全く無駄なお金というわけではない。
ゲームの中には「お金を消費する技」というものが存在し、『Persona not Guilty』にも、それは複数あった。
『ポータルハウス』
中盤以降に覚える、敵が溢れるフィールドにお金を一万消費して家を生み出す魔法。
中に入れば寝室で宿屋と同じように回復でき、敵が入ってきたり破壊されたりすることもない。安全に生産作業に入れ、スキルの練り直しなども可能だ。
だが、ソラはゲームで使用することは滅多になかった。
空から降ってくる演出のせいか洞窟型、後半に現れる異界型ダンジョンでは使用不可能。セーブはできない。生産もスキルの組み換えも敵が現れようが関係なくできるので、大体どこのダンジョンにも存在する敵が現れない場所を覚えればいい。
所持金を一万消費するなら、そのお金で回復アイテムを買った方がどこでも使えて利便性が高かった。
「ごはんできたよー」
ゲームではただの背景だったキッチンは、水道が使えればコンロに火も付く。フライパンや鍋も最初から置いてある。
「そう」
柔らかいソファから身を起こしたベルは、逢ったこともない女性ハンターとの文通を切り上げてダイニングテーブルへと移動した。
入ってすぐのリビングとダイニングキッチン。二つの扉は、一つは四つのベッドが並ぶ寝室に、もう一つはゲームでは意味なしのバスルーム。
ベッドが四つなのは、ゲームでの最大パーティー人数である。
現実となり、全てが利用可能となった魔法の家。
家の中に誰も居なくなると勝手に消えてなくなること、物を仕舞ったり置いたままにしておくと次に出した時には消えてしまうこと等に目を瞑れば、非常に有能な魔法に昇華したのであった。
「はい、あーん」
「今日も洗いっこしようね」
「ベッド、一つあれば十分だよね」
産まれてこの方、友人が出来たことも、誰かと共同生活をしたことも無かったお姫様は、百合な少女によって色々と染められていくのであった。