現実はいつも僕らを裏切る
悪魔の森。
毒にも薬にもならない草。柱にも木炭にも向かない木。川も湧き水も無い、資源に乏しい森。
「あそこに見える街道が境界線。どうしてなのか、悪魔は森の中から出てこないそうなの」
野生動物や普通の魔物ならば、生息域と言われる場所以外で見かけられるのも至って普通のことだ。群から離れた迷子や、餌を探しにテリトリーから出てくるもの、生存競争に負けて追い出されたものなど、異世界でなくても当たり前の光景である。
しかし、悪魔と呼ばれるそれらは、数少ない例外以外にはテリトリーから出てくることが絶対に無いという、不思議生物なのだ。
「弱いから出てこないんじゃないの?」
「……貴方以外、そんなことを言える人間は居ないから」
空飛ぶ少女とそれにお姫様だっこされるお姫様。
上げる悪魔は、その目に何を思うか。
鳥や蝙蝠に取り憑いた悪魔も居るのだが、近寄る隙なく不可視の矢に撃ち落とされていく。
「森から出ない悪魔……生物が近づかない森……野生動物なんていないのに、どこで憑いて──」
「そんなフラグ的なことを言うと後で強制的にその謎を解くような場面が訪れちゃうから、口に出したり余白で思考を語ったりしないほうが良いよ」
「それも……てんぷれ?」
「そう、テンプレ」
世間知らずなお姫様に異世界の偏った知識を植え付ける。それもテンプレ。
勇者とか英雄とか魔物とかお姫様とか、物語のようなこの世界。
魔力やギフトのように、地球とは違う法則として所謂『フラグ』『テンプレ』『強さのインフレ』が普通に起こり得るのではないかと予想しているソラ。
予想というより夢想か。
「私の物語は始まったばかり……そう、ファンタジーにおける起承転結の起、もしくは事件解決後の次なる事件の始まりとして、最も多いテンプレは──」
ズビシッ、と街道を指差すソラ。
自分より身長の高い相手を片腕で抱いたままという無駄な難易度が、ソラのチート具合を仄かに物語っている……かも。
「盗賊かモンスターに襲われ中の馬車だ!」
カッコつけて指差す方向。
今まさに、土煙が舞っていた。
・・・
「糞っ垂れ!」
御者席で声を荒げる男は、手綱と長い鞭を振るって馬を酷使する。
普段ならこんな振るい方はしない。緊急事態なのだ。
だからこんな道は通りたく無かったのだと、しかし計画の段階では道を変えさせる反論を持ち合わせていなかったのだと男は頭の中で愚痴る。
今からあの時に戻れるのなら、大声で訴えてやるさ。
盗賊共に襲われるぞ!、と。
・・・
盗賊稼業というものは、過酷な仕事である。
毎回が命を賭けた大仕事。どんなに簡単そうな仕事でも相手は抵抗するのだから死人怪我人当たり前。労力と釣り合わない儲けも当たり前。獲物が一月も見つからないのこともザラだし、大量だからといって全て狙うことも、当たりっぽいのだけ狙うのも駄目。
金持ちだけを襲えば、金持ちは一人も通らなくなるか、護衛の質と量に馬鹿みたいな金を使いだす。金持ちには自然と情報が集まるようになっているし、何より奴らには、金がある。
適度に儲け、無差別を装うことが大切だ。
何故なら人間は、自分だけは大丈夫と思いたがる生き物なのだから。
・・・
馬車が盗賊に襲われるという、異世界モノの大定番。
さて、その時、ソラは───
「ボロい幌馬車一台、護衛無し。他国に嫁ぐための旅に出ているお姫様でも令嬢でも無さそうだし、奴隷を積んだにしては小さ過ぎ」
上空で、犯人と警察のカーチェイスを撮影するヘリコプターの如く。
「盗賊団の方は恐らくだけど、本来の狩場が何かしらの事情で使えなくなった小規模な盗賊団ね」
「その心は?」
「悪魔の森との境。王国と帝国を繋ぐ街道の中で、首都と首都を結ぶ二番目に近い街道。通称、『柵越しの地獄道』」
帝国。
ソラ的、ファンタジーになくてはならない物の一つである。
「近くに人は住まない。近道にもならない。悪魔の森に行くハンターも居ない。つまり、誰も通らない。誰も通らないなら騎士が見回ることもない。……獲物も通らないけど、隠れるにはピッタリな場所でしょ?」
「成る程ね。そんな道を通るのは通らないといけないような事情持ちで、そんな事情持ちは消えたところで騒がれ辛い」
「正解。組織を維持できるほどのお金にはならないでしょうから、此処が本拠地にはなりえない。安全に身を潜めるための隠れ蓑。動物も他の魔物も悪魔の森を避けるから、森にさえ入らなければ世界でも有数の安全地帯なの、この周辺って」
正解のご褒美、と頭を撫で。
「でさ、どうする?」
「こんな道をあんな馬車で通るなんて、今の情勢で亡命者は無いでしょうから、国外逃亡を謀る犯罪者じゃないかしら?」
「思えば、お金持ちかハンターくらいしか旅をしなさそうな世界でボロっちい馬車が襲われているって、そういうことか暗い事情持ちだよね。非合法な商人は?」
「この道以外は魔物が出るのよ? 普通は護衛をつけるし、非合法な商人もそれは変わらない。商人本人が戦えたとしても一人は有り得ないでしょう。囲まれたら荷物を守れないわ」
結論。
魔物、盗賊が出る系の異世界で馬車一つは、かなり怪しい。
「テンプレの裏事情。全く、世知辛い世の中だね」
魔物も盗賊も居るのに商人一人。
「物語としては普通だけど、冷静に考えるとかなりおかしいかも。主人公商人の最強ものか、商人を装った諜報員フラグ?」
ソラが考えている間に馬車は囲まれ、哀れ、盗賊と身なりが変わらぬ男たちは盗賊一人を道連れに全滅。そして犯罪者だからこそ出所の怪しい金品を持ち、盗賊団の懐を潤す。
「漁夫の利、いっちゃう?」
「ぎょふのり、が何かは知らないけど、襲うのは止めた方が良いかも」
馬車はそのままに荷物を馬に積んで引き返す盗賊団は、悪魔の森とは反対の森から飛来する矢に襲われ、数を減らしながら大慌てで逃げていった。
「この道って、『盗賊の避暑地』とも言われているの」
異世界、マジ殺伐。
「あっ、この盗賊たちって、王国でいま話題のゴブリンから逃げてきたのかもね」
「ゴブリン? 王国にゴブリンはいないはずよ?」
「えっ?」