その頃、卵
「ニーナ、生きてるか?」
「……けふっ……なん、とか、ね」
ヘンテコな仮面の少女と出会った草むらで、傷だらけの男と女は、来るであろう仲間の助けを待っていた。
オードとニーナの兄妹は、血塗れの身体と壊れた鎧、新品同様の武器を地面に投げ出しては揃って大の字で寝っ転がり、星空を眺めながら言葉を交わし合う。
「ヤバかったな。五回くらい死ぬかと思った」
満身創痍。
二人の周辺には数え切れないほどのゴブリンが折り重なっては冷たくなり、流れ出た血液は水溜まりとなり鉄の匂いを風に乗せて遠くまで運ぶ。
強すぎる血の匂いは逆に獣を遠ざけ、そうでなかったら二人は今頃、狼の腹の中、だ。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ~、生き返るぅぅぅ~」
「おい、女の子が変な声出すんじゃない」
仲間の魔法使いから「超高級な回復薬だから、死ぬまで使っちゃダメよ」と念押しされた液体を、ニーナは躊躇わずグビグビと一気飲み。早速現れた効果で傷がジュワジュワと見た目こそ気持ち悪いが、本人は痛気持ちいいらしく、脱力感溢れる声。聞いた方まで脱力する。
その気色悪い治り方をなんとなしに眺めていた兄は、視線を下に向けて、心臓が止まりそうになった。
「って足!? おいニーナっ、おまっ、足が!」
「うへへへへへ……ん? あ、これって死んでなきゃ五体満足に治る超回復薬なんだってさぁぁぁ~」
「……よくそんなもん持ってたな、アイツ」
まだ短い付き合いだが、命を預けられるくらいには信頼している魔法使い。その過去は謎である。
「あ、ソラから貰ったらしいよ。『次に会った時までに使ったら、その胸、しこたま揉ませてね』って」
「確かに高い代償だが……いつ会ったんだ?」
一夜で消えた客人──いや、今では兄妹の恩人。
「カタリナが貰った本ってね、ソラと手紙みたいなやりとりと、小物の受け渡しが出来るんだよ~」
「通信系のマジックアイテム……そらまた、とんだ大物だなおい」
確かどっかの国では現役で働くお宝だったっけと、現実逃避にはならない現実逃避。
中堅にも届かないようなハンターが所持しているのがおかしい物ばかり増えていく。片時も離さず本を持ち歩いているので流石におかしいなとは思っていたが、まさかの通信機。
「……まあ、いいや」
会話中に生えきってしまった傷一つない妹の生足を見て、権力者に目を付けられたらとか盗まれたらとか他にも知らされてない何かがとかそもそもあの少女は何者だとか、そんな事はどうでもよくなってきた。
「それが無かったらニーナは足を失ってたし、そもそも貰い物の武器が無かったら死んでたしな」
ニーナの盾には何度背中を守られたか。
乱戦の終わりが見えてきたことで油断してしまった時。盾が円盤のように飛んできて目の前にいたゴブリンの首を跳ねた時はら戦闘中にも関わらず声が出るほど驚いたものだ。
どうやらその直後、片足を失ってしまったようだが。
片足を失ったニーナが泥まみれになりながらも生き残れたのは、数多くのゴブリンを斬ったというのに刃こぼれどころか血すらも付着しない片手剣のお陰で。
鋭く斬る、ではなく本来は金属板の重さで叩き斬るはずのオードの大剣は、しかし怖ろしいまでの切れ味を発揮した。頑丈さと切れ味、本来同居できないはずのその二つが合わさった大剣は、攻撃は勿論のこと盾としても大活躍し、自分の我流剣術の荒さに覚えがあるオードは、武器に頼り切った戦い方をして生き残れた。
「……、……な」
「ん? 何か言った、お兄ちゃん?」
「強く、なろうな」
武器が良いから。回復薬があるから。
「このままじゃ、こいつばかり有名になっちまうからな」
一緒に横たわる剣を撫でた。
物語の中に存在する伝説の武器や呪われたアイテム。本来は道具を使うはずの持ち主たちは、優秀すぎた道具に主役を奪われ、ただの脇役へと成り下がる。
それは嫌だ。せめて隣で、一緒に有名に。
「持ち主に、相棒に相応しい強さが欲しい」
「……そうだね。うん、絶対に、強くなろうね」
ニーナは、幼き日の記憶と共に、新たな誓いを流れ星に願った。
───数多くの亜人種を操り、首都を物流閉鎖による兵糧責めに陥れようとしていた洗脳ギフト使いは、計画の初歩の初歩で、名も無きルーキーパーティーに討たれるのであった。
───ハンターズギルド期待の新人、チーム『流れ星』が初めて表舞台に現れた事件である。