あくまで勇者の旅立ち
お姫様と二人きり。
お姫様と森林浴。
お姫様と手つなぎデート。
実際は、人っ子一人見当たらない不可侵領域の中、襲い来る“悪魔“と呼ばれる魔物と数分ごとに戦闘をして、襲撃の度に足が竦むお姫様を勇気付けるために手をつなぎ。
「ウザイなー」
左手の柔らかい感触に全神経の七割を動員している心意気で、残った三割で歩きながら魔法を使うソラ。
ベルの説明によると、悪魔とやらは体の実体が無いほど高位で、そうなると物理的なダメージは望めないし他の生物に取り憑いたりしてくる。憑いた場合、素となった生物の能力を肉体が自壊するまで引き出し、肉体が壊れれば他の生物に乗り移るというたちの悪さ。
逆に体が実体、先程からよく見かける兎や野犬など生物を模した存在は下位で、ソラが戦った──虐殺したハングリーウルフより個体としては強い程度で、憑くには獲物を瀕死にまで追い込まなければならず、群を作らないのでハングリーウルフよりは総合的には弱い。
その程度ならば厄介な魔物だが下位の悪魔ですらそれに合わせ、強靭な生命力、エルフに匹敵する魔法、そしてその存在感の無さ。
一匹の下位悪魔に軍事大国ですら混乱を招く、自然災害、ドラゴン、それらと並ぶ脅威として怖れられていた。
「見っけ」
ソラが指をさせば、放たれる弾丸。
樹木の葉に隠れ、枝に止まっていた一匹の小鳥型の悪魔は飛び立つ暇もなく撃ち抜かれ、地面に堕ちる前にその姿を消した。インベントリの中に、アイテムが増えた。
「……よく、見つけられるわね」
最初の兎型は偶然藪を鳴らしたが、悪魔は僅かに浮いているので足音が無い。匂いも無く、呼吸をしていなければ血も流れていない。
所謂、霊体、ゴーストタイプに分類されている魔物だ。
下位悪魔で実体のある兎型だったからこそ藪が音を立てたが、小鳥型の悪魔は隠れていたし身動ぎもしていない。
「まあ、ミニマップに場所は映ってるからね。方向と距離が分かれば後は姿を探すだけだよ」
視線の右上に常に表示されている円形のレーダー。敵対するものを赤点で表示するそれは、<嗅覚強化>や<聴覚強化>といった五感強化系スキルや、<シックスセンス><直感>といったスキルの効果で、ゴーストだけでなく忍者やカメレオンすらも映し出してしまう隠密殺し。
さらに現実となったこと名前通りの効果を発揮するようになったスキルのお陰で、ソラは<視覚強化>で視力10を超え、<直感>により些細なものも見逃さず、<心眼>により目に見えないものすらも見通す。
今ならば、背後からスナイパーライフルで撃たれても避けれる。
どころか、撃たれる前に<直感>で反撃しているかもしれない。
そもそも、当たったところで怪我をするかも微妙である。
「雑魚ばっか。悪魔素材はユニーク防具の材料になるからいいけど」
例のコスプレ衣装は悪魔が材料だ。
「……狼の時も思ったけど、なんでゲームとは違う素材で、ゲームと同じアイテムが作れるんだろ?」
『Persona not Guilty』の悪魔は、手足と爪が長い黒い人型と、羽根の生えたマッチョな山羊頭の二種類。黒いモヤモヤオーラは人型が魔法を使う時くらいにしか現れず、装備次第ではスキル<悪魔>を使ったプレイヤーの方が悪魔っぽいという残念な敵だ。 出現するのがラストダンジョンとクリア後の隠しダンジョンなので、その強さは残念どころか折り紙付きである。
インベントリに入った『悪魔の元』というアイテムを見ながらソラは、「『悪魔の爪』『悪魔の翼』はあったけど、他は『血走った魔眼』と『マッスルゼリー』だけだったような」と、虚空に呟く。
山羊が落とす『マッスルゼリー』は、ネタ装備の素材としてだけではなく空腹値と体力を大幅に回復できるアイテムとして重宝されていた。
「……まあ、ゼリーから褌が出来るよりはマシか」
隣で聞いていたベルは、褌って何だろう、と首を傾げていた。
・・・
「飽きた」
歩いても歩いても木木木木木木。
ベルが疲れたようだったので、少し開けた場所で休憩。
突然、ソラが愚痴った。
「抱えながら飛ぶ?」
左右に勢いよく振られる頭を見て、そういえばそれで気絶したんだっけと納得。
「うーん……抱えながら走る?」
分からないが飛ぶのと似たような結果になりそうだと思ったベルは、考える間もなく同じ反応を返す。
「多分、木とか魔物とか無視して真っ直ぐしか走れないから、飛ぶより酷いことになったと思われ」
壁に穴を空けた経験から、未だ制御できる自信が無い。
「森を抜けるまで、どのくらい掛かりそうなの?」
「二三日くらい? 野宿挟むし、出来ればさっさと森を抜けて食べられそうなものがある場所まで行きたいんだけど」
悪魔達の巣。
この森は森とは思えないほど生命の気配が薄く、野生動物はおろか山菜や人間が食べられる木の実の類も生っていない。生えているのは、苦い雑草や食べられない木の実だけ。
それだけではなく、樹木も材木としての利用価値が少ないものしか生えておらず、水場の気配も無い。
まるで人間の手が伸びてこないよう、森自体が進化したかのように。
「ねえ、ゆっくり飛ぶからさ。羽根さえ出さなければそんなに速くないからさ」
「……」
そっぽを向かれた。
「ツンツンなお姫様もかわいいよ」
「……」
女性への賛美がどうしても口から飛び出てしまう、男ならナンパ野郎と呼ばれてもしかたのないソラ。
お姫様なのにこの手の言葉を言われなれていないベルは頬を赤く染め、しかしそっぽを向いたまま。
「大丈夫! 優しくするから! ベルは私の腕で抱かれていれば良いから!」
聞きようによっては怪しい言葉で説得を続け、お姫様抱っこでお姫様を運ぶという、男と一部女性にとって夢のような時間を獲得するソラであった。
その頃、勇者が旅立った。
日に日に、勇者の扱いが雑になってきた今日この頃。