悪魔の誘惑
お姫様をお姫様だっこしながら空を飛ぶ小柄な犬仮面は、王都より十分に離れたと思われる森、ぽつりと建つ掘っ建て小屋を見つけた。
ハンターの物か、盗賊の物か。
視界に入った瞬間に即断即決で降下の姿勢に入ったソラだったが、その小屋の周囲は、土は荒らされ剥き出しで、木は焦げ後が残っていたり薙ぎ倒されているといった、派手な戦闘の跡が残されたままだった。
降下というより落下。重力に逆らわず<飛行>を解いたソラは、仮面のかスキルのか恩恵の元は分からないが、開けたまま強風を受けても何ともない目のお陰で“それ”を見つけた。
蠢く、黒い塊。
見る者に等しく嫌悪感を与える“それ”は、背の高い男性三人を余裕で包めるような大きさで、表面には赤黒い靄がかかり、その靄の下からは触手のようなものがいくつも見え隠れしている。
“それ”は忌避すべき存在、その名は……
「ソラちゃんキィーークッ!」
──黒い塊にめり込む、か細い左足。
トランポリンの要領で斜め上に跳ね返ったソラ──と、未だ目覚めぬ姫様──に対して、黒い塊は凹んだと一緒に地面を陥没させた後、ソラとは反対の方向に数十本の木を巻き添えに、何か色々とグロテスクなものをぶちまけながら、飛んで、跳ねて、転がっていった。
人を抱えたままだというのに、無駄な回転と捻りを加えてからの着地。
「『悪魔の涙』『悪魔の触手』『悪魔粒子』……さっきのって、悪魔だったの?」
何事も無かったかのように小屋へと足を踏み入れ、適当な場所に姫様を寝かせてからアイテムの確認。
新しいアイテムの有無で魔物の生存が確認できるので、目視が難しい場合は特に重宝しそうだ。
「強い悪魔は人型か大型かってイメージがあるし、さっきのはきっと悪魔の中で一番弱い、云わば『悪魔擬き』だな、うん」
勝手にそう決め付けたソラは、後で仮面の素材にしてみようと決めた。
・・・
「ぅ……ここは……?」
最高級品であるはずの自室のベッドよりも肌触りや温もりが段違いで良い布団。思わず出ることを躊躇い、首を動かしての状況確認。
そんなに良い布団が置いてあるとは思えない襤褸で外の景色が見える隙間だらけの木の部屋で、扉は一つ。それだけ。
身動ぎするだけで軋む床に、この布団が直接敷かれていることに言い知れない怒りを感じた。
見るべき物が余りにも少ない状況確認を終え、抗い難い誘惑に逆らうことなく反発の無い枕に頭を埋めた彼女は、ふと眠る前の思い出し、それについて深く考えることもなく温もりに身を任せて……
──布団を跳ね退けて跳び起きた。
「あれ、ようやく起きた?」
声の聞こえたほうへ勢いよく顔を向ければ、扉から今まさに室内に入ろうとしている少女が……
全裸で立っていた。
「えっ……悪魔は!?」
予想外の展開に混乱。
「悪魔? さっき倒したよ?」
こっちはこっちで自分が広めた噂を忘れ、嘘ではないが素 で返答してしまう。
「倒した!? 子供の貴方が? どうやって!」
取り乱した様子を見せる姫様に今になって「悪魔違い」に気付いたが、子供と言われムカッとした。
「これでも十七歳だ!」
「……十七?」
明らかに、顔や体型ではなく下の方を見ている。
自分が全裸のままだとその時に気付いたソラは、少し惹かれるものがあったものの、大人しく下着を含めた新しい装備に着替えるのであった。
『変態』タグの追加を真剣に検討中。