誘拐犯は愉快犯
独り言で散々ネタバレした姫は、室内に入ると着替えることなく部屋を出て行く。
「(独り言の多さは友達が少ないせいかな?)」
そう思う本人はどうなのか。
姫様の貴重な着替えシーンを見れなかったソラは天井から音もなく着地すると、当然のことのように姫を追跡開始。
「(声出せないって不便。ペルギルの主人公は喋らないから、<無音>にこんな弱点があるとは知らなかった)」
耳がある敵に気付かれ難くなる<無音>は、ゴーレム系やアンデット系には無意味で、人間系や動物系は<インビジブル>や<無臭>も合わせないと効果が薄いという微妙スキル。
大理石っぽい廊下を姫様が歩いているというのに、誰一人とも擦れ違わない。使用人すら居ない。
「(<忍者>にしちゃう? 装備整えないと使えないスキルの代名詞だけど)」
使用人──否、メイドが大好物そうな少女はメイドが居ないことを何やら騒ぐかと思いきや、姫の背中を視界に収めながら自分の世界に没頭していてそのことに気付いていない。
いくつかの部屋を素通りし、階段を下りて、下りて、下りて。
「(<忍者>にしたほうが性能上がったような……)」
地上二階まで下りると、ようやく他の人間の気配。
しかし姫が歩いても軽く頭を下げる程度で、「後ろにぞろぞろと従者を連れて」という現象が起こらない。
「(……ゲームで使わなかったけど、面白そうな効果のスキルがあったような。何だっけ?)」
一階まで下りて、城内の一角にある屋根のない場所。踏みならされて雑草一つ生えていない地面。
姫が訪ねるような場所ではないそこは、城内にある騎士の訓練場。
騎士が何人か、姫に気がつき駆け寄ってきた。
「(騎士……<騎士>は序盤の序盤で出来るけど、器用貧乏すぎて使わなかったなー。中盤までは防御無視の攻撃特化でしょ)」
思考に没頭したまま、視界の端に全身鎧が映ったことで脱線しつつ、スキル構成に頭を悩ませるソラ。
隠密系の抜群の安心感から、ソラは完全に油断していた。
すぐ隣に立っていても存在がバレないのだ。警戒心も慣れれば消える。
どうして自分は城に来たのか。
隠れて何を警戒していたのか。
結局<忍者>にはしなかった。
いま居るのは何処なのか。
「──姫、失礼とは思いますが、そちらの姿を隠した者は新しい護衛ですか?」
そちら?
ソラは思考の海から這い上がり、姫の周囲を見渡した。
騎士らしい騎士が三人、姫の前に居るだけ。
「護衛? 私にそんなものが付かないこと、貴方はよく知っているでしょ?」
───内、一人と目が合った。
・・・
「貴様ぁ!」
見破られて効果が切れたスキル。
姫と騎士たちの前で姿を現したソラはまさかバレるとは思わず、ぽかんとした間抜け面を仮面の下でしていた。
早かったのは、意外ながら姫だ。
「捕らえなさい!」
「はっ!」
突然背後に現れた仮面の子どもに驚いたが、部屋で語った致命的な独り言を聞かれた可能性が脳裏を過ぎり、それが結果として迅速な指示となり騎士を動かした。
傍にいた三人が素早く腰に下げた剣を抜き、隠密を見破った壮年の男性が先頭となって襲いかかる。
地球の現代日本に生まれ育ったソラは、当然ながら剣を向けられるのは初めて。
それも、人を殺せる真剣。
ほんの一瞬、ソラは頭を真っ白にした。
「『アロー』」
何がソラを動かしたのか。
『Persona not Guilty』における基本となる攻撃魔法を放ち、同時に姫へと向かって駆けた。
透明ながら蜃気楼のように風景を歪ませてそこにあることを示す魔法の矢は、先頭の、隠れていたソラを見破った騎士へと一直線に放たれ、盾を持たない騎士は咄嗟に剣をそれに合わせ──
──魔法が当たった箇所が、衝撃と共に消滅。
「っ、散開して囲め!」
その衝撃の強さから柄から手を放してしまい、地に落とした剣の状態を見た壮年の騎士。その魔法への危機感から、後ろの仲間に回避的な指示を出した。
が、それは悪手。
「きゃあっ」
「……この女は貰う」
姫に抱き付いた仮面の子どもは背中から黒い翼を生やし、見た目からは想像もつかない低い男性の声で騎士たちにそう告げると、羽ばたきと共に城より高く飛び上がり、西の空へと黒い羽根を撒き散らしながら去っていってしまった。
騎士たちは、ただただそれを見送ることしかできなかった。
・・・
やっちゃった。
<悪魔>による飛行能力強化状態での急浮上、急発進のコンボに悲鳴を上げる間もなく気絶した姫様を抱き締めながら、ゆったりと空を飛ぶソラ。
咄嗟にネタスキル<声変わり>──ゲームでは主人公(以下略──で声を変えたが、姿を見られたのは痛い……仮面だが。
姫を攫った理由も特に無いし、成り行き。
まさか一番安心だと思っていた<インビジブル>が破られたことから、あの壮年の騎士は看破型のギフト持ちか、叉は超人。
もしくは、ゲームで全ての隠密が効かない……ボスキャラか。
「……見られた仮面と装備の交換は急ぐとして、取り敢えずどこかに降りて姫様を堪能──じゃなくて介抱しないと。……ドレスは苦しいから脱がせるよね、ぐへへ」
ソラはソラだった。
・・・
青い空を見上げることしかない騎士。
「くっ。……召集と各所への連絡の後、直ちに作戦会議を始める」
茫然からいち早く立ち直った壮年の騎士──ラクール騎士団団長は己の失態を悔やみ、姫の無事を祈りながら考える。
今の自分に出来ることを。
「──やむ終えまい……勇者と異界の者たちを呼べっ!」