音速には到らず
五日目にしてようやく無事な村を目にしたソラであったが、不注意により真上に接近するまでそれには気付かなかった。
案の定、村中から見上げられるわ、指を向けられるわ。
ソラが目立つのはこれからの計画に支障を来すと判断したソラは、首都が近付くにつれ狭まってきた村の間隔を頼りに、次の村まで暖かいベッドはお預けかと泣く泣く、早々に跳び去っていった。
──背中から蝙蝠のような翼を生やし、真っ黒なオーラを撒き散らしながら。
・・・
悪魔が王都へと飛び去る姿を呆然と最後まで見送っていた新米ハンターは、その名残である黒い魔力痕が消えたと同時に慌てて、村長宅にあるはずの緊急連絡網へと駆け出した。
初めて王都から離れた依頼を受けた新米にしては優れた判断だが、そんな新米の目撃情報が果たして、上まで届くだろうか。
とある行商人の男は、真新しい革鎧を着たハンターが顔を青くして駆け出した行き先を予測すると、荷物を畳んで馬車へと積み込みだした。
「なんだい、今日はもうお仕舞いかい」
顔見知りの村人男性に声を掛けられた行商は、焦りや困惑といった表情を浮かべてそれに応えた。
「今の見たでしょ? 方向が方向ですから、戻らないわけには……ね?」
「そりゃそうか。確か、王都に妻と子供がいるんだったもんな。そりゃ心配だわな」
勝手に納得して立ち去っていった村人を愛想良く見送った行商は、馬車の陰に隠れると一変、本業の顔つきとなり、これからのことを思案した。
「急いだ方がいいのだろうが……はて、あれが魔族?」
聞いていた話とだいぶ違うと脳が違和感を訴えるも、そんなのよくある話だと深く考えず、計画通りなら次の行動は、と復習。
──こうして、咄嗟の思い付きである『ソラちゃんじゃないよ悪魔だよ作戦』は、思いも寄らぬ事故と勘違いを巻き起こしては、このまま転がり続け。
因果応報。
ソラの下へ帰ってくる時には、全く違う形となっているのであった……
・・・
「は、速くない?」
スキル<天使>ではなく<悪魔>を選んだ理由は、<天使>が光魔法特化の回復や補助がメインのヒーラーポジションなので、現状、必要の無い特化スキルなのに対し、<悪魔>が闇特化……ではなく、物理と魔法のバランスが良い隙のない戦闘向けのスキル構成だからだ。
光属性に弱くて光属性の魔法が使えなくなる以外、現段階のソラが組める飛行能力ありきのスキルでは一番の戦闘能力を誇るのは、自分を「弱い」と思っているソラにとって、せめてもの防衛手段だった。
もし本当に防衛することになったとしたら、相手が魔王であろうと過剰防衛になるのだが。
<飛行>を組み込んで生まれたスキルには大体、飛行時の能力を上げる効果が付いているのは知っていた。
だがしかし、明らかにゲームの「スピード上がっ……た、のか?」という微妙な効果ではないほどに、差を計るのが馬鹿らしくなるくらい上がっていた。
具体的に言うなら、既に王都が見えるくらいに。
「ステータスが上がって移動速度が上がるようなのとは、ちょっと違うか。効果自体が上がってる?」
ゲームで移動速度を上げるには、俊敏は回避率なので、スキルと装備の効果の2つ。
だが現実で足を速くしたいなら、とにかく走って鍛えるのが一番で、後は正しいフォームや靴といった要素か。力と俊敏は似て非なるもので、同じ筋肉でも二つでは扱い方が違い、しかしながら速く走るためには力も必要。
だが、人間離れした筋力があれば、人間離れした脚力も出せるというもの。
それに比べ、<飛行>は不思議な能力で飛んでいるので、筋力は関係の無いはず。
「羽は出てるけど、羽ばたいてないし」
倍、どころではないスピードを体感。
失敗を繰り返さないソラは、王都が見えた時には低空飛行に移り、森の中に見つけた木の空白地帯へと着陸。
そして、落ち着いているように見えて、実はガクガクと震えていた足から崩れ落ちた。
人間は空飛ぶ生物ではありません。