物語は動きだす
スキル<飛行>の最大速は、長距離マラソンのランナーほどか。時速二十キロか少し速い程度。
速くはないが、移動手段が限られているニートルダム──この世界では、個人の移動速度としては優秀なほうであろう。
街から街への移動手段として一般的な護衛付きの馬車は、人が歩く速さか多少速い程度である。振動から荷物を守るためだったり、護衛の足を考えたり。
何より、空は魔物が少ない。
地表近くは虫系の魔物が鬱陶しく、ソラは地面と雲の間くらいを飛んでいた。
羽が生えているわけでもなく、頭を先頭に風を切っている。
「<天使>とか<天狗>なら飛行時のスピードに補正が入るけど、羽は目立つよねー」
飛んでいるだけで十分目立つという事実には気付かず、むしろ羽があったほうが「飛んでいる」ということを「羽があるから飛べるのかと」納得させることが出来るかもしれない。
そもそも現在、人の目など無い。
異世界の旅人というと、もっと活発に行商人や冒険者を見かけるものだと思っていたソラは、心底がっかりした。
ソラが辿っている街道は田舎道なので、当然といえば当然だ。
終点が神殿で、あとは有名なワインの産地。ワインの出荷時期ならまだ買い付けにくる行商がいるだろうが、変わった素材になる魔物が住んでいるわけでもないのでハンターはまず来ない。
「──で、これで三つ目か」
だが人目が無い一番の理由は、街道に存在する小さな村が、悉く滅んでいたからだ。
中心広場に降り立ったソラは、ぐるりと見渡し、ここにもハンターの家が無いことを確認した。
ハンターがギルドから借り受ける家にはハンターズギルドの紋様が描かれた扉か看板が付属されていると聞き、実際にニーナ達の家にも看板が付いていた。文字でないのは、この世界全体の識字率の低さか。
「……で、またゴブリン擬きの犯行」
死体の腐敗具合から犯行日時を予測できるような知識を持たないソラだが、野外であって肉体が残っているということから、素人ながら最近の出来事なのだと判る。
人間の亡骸の中には、緑色の肌をした醜い小人の姿が。
それに近寄ると、ソラはとある魔法を使う。
「アナライズ」
鑑定魔法、だが……
『名も無き亜人の亡骸』
「死体だからダメなのかな。この世界で使えない、なんてことはニーナ達で実験済みだし、使えないなら『名も無き亜人の亡骸』じゃなくて何も表示されないはず」
俯せになっている緑色の死体を蹴り飛ばす。
「汚い布、でも服を着ている。武器は石斧。個体は雄のみ」
何の恥ずかしげもなく秘部を見る。
人間のほうはというと、足で触れることなく観察のみ。
「女性に襲われた気配は無し。扱いは男と同等。つまり繁殖目的ではない」
開きっぱなしの家に入る。
木の家具と淡い色の布製品。現代の日本人からすれば物が無さ過ぎて少し驚くが、素朴で温かみのあるワンルームの一軒家。
「特に荒らされた痕跡無し。食べ物も普通にある。食料不足でもない」
人と亜人で食べる物が違う、だったら。
尚更、襲う理由としては選択肢から無くなる。
外に出て、ソラは考える。
この三つ、そして神殿を出て最初に見つけた村は、同じだと。
「ギフトの中に魔物を操る系のがあって…… 」
人間がボスだった場合、食料の大切さは分かっているはずだとその言葉は尻すぼみに消える。
「人攫いでもなくて……」
家の数と亡骸の数を数えると、不自然に抜けてたりするような怪しい数ではなかった。
「……確定、かな」
何となく犯人に目星が付いたソラは、再び空へと飛び上がった。
「後はカタリナが私からのラブレターに気付いて、オー……オール? オーム? オーラ…………英雄の卵が何とかするでしょ」
既に名前どころか顔さえも思い出せない。
ソラはこの村が襲われるという事件に関しては、英雄が卵から孵るための試練なのだと思うことにした。
そして自分は、自分がやるべきことを急ぐことに。
「見間違いじゃなければ、召喚された時、私と同じ制服が──」
ソラの学校は、女子校だった。
短っ。