夜逃げと卵と仮面キャラ
ソラは今、夜空を飛んでいた。
「ペルギルだとジャンプからの平行飛行だったのに……」
決められた動作しかできないゲームの縛りから解き放たれたスキル達は、ゲームでは知り尽くしたといえるソラを何度も驚かせる。
ゲームでのスキル<飛行>は上昇や下降ができず、使ってい間は少しずつMPを消費する。
橋の架けられた崖を橋を無視して渡りたい時や、雑魚を無視して進みたい時。ただ走って移動するよりは速いので、移動速度強化系のスキルが手には入るまでの繋ぎ、という微妙な扱いだった。
<飛行>を材料にした<飛行>の効果も持つ複合スキル、<天使><悪魔><吸血鬼>などをメインに使うプレイヤーならば移動や戦闘の補助として頻繁に活用するが、<ジャンプ><二段ジャンプ>といった、そのスキルでしか発動しない効果を持つスキルを材料にしてしまうので、ゲームでの人気はいまいち。
「雲の上まで行けるし、下降も問題なし。慣れれば急旋回とか曲芸飛行も出来そうだし。なにより、ゲームじゃ出来なかった魔法の同時使用も集中すればいけそう」
もしかしたら、現実となったことで一番評価が上がったスキルかも知れない。
「──問題は、寒さかな」
雲の上まで行ったときは、死ぬかと思った。
応急処置として、ワイルドウルフの毛皮で装備品であるコートを作った。
MPの消費は少なく、全部を使い切るつもりならば数時間は飛べる。
「晴れてるし、鳥型の魔物は夜だからか見当たらないし、移動は楽だし」
飛ぼうと思えば飛べる、人にはない不思議な感覚が宿る。それは他のスキルにもいえることだが。
「置き土産、気に入ってくれるかなぁ」
夜中、こっそりとニーナたちの住むギルドハウスから抜け出してきたソラは四人の顔を思い浮かべ、仮面の下に気持ち悪い笑顔を浮かべたまま夜空を駆けていった。
・・・
いつも一番に起きては素振りをしているハーレムパーティー唯一の男オードは、見慣れたリビングに見慣れぬものが堂々と鎮座する光景を見て、それに目を合わせたまま固まった。
犯人にまず妹を思い浮かべたが、流石に有り得ないと即座に否定。
そして漸く、起き抜けの頭は正解を導き出した。
「あの小娘か」
出会い頭に意味の分からない理由で殴られ、おおっぴらに女好きと公言する子供。
村に連れ立って歩いた道中に見たその未知数な実力から、昨晩、目を赤く腫らしたカタリナから又聞きしたギフトや故郷の話などは嘘ではないかとオードは疑っていた。
疑って、いた。
「片手剣と丸盾はニーナか。アルセの弓と矢のセット。カタリナの杖に……本? ネルのは……なんだこれは?」
メンバーの名前が書かれたプレートと、纏められた武器のセット。
武器なのか何なのかすら分からない物も中にはあったが、ギルドでのランク通りに安物で揃えていたこのパーティーにとっては素直に嬉しく、そして一宿一飯の恩義にしては貰いすぎで受け取って良いものか迷う物、でもある。
だが、普段から疑い深いオードにしては珍しく、高価な貰い物の裏側を、この時、一切考えていなかった。
「ソラが居ない!」
朝食時に料理を教わろうとでもしたのか調理担当のアルセが何やら騒ぐ声が聞こえた気もしたが、そんなことよりもオードは、手を伸ばした。
「うぅ……アル、朝からうるさいよ……」
「まあ、無いとは思うけど一応、各自持ち物のチェックをしましょう」
「食事が作ってある!?」
寝坊助なニーナが珍しく、寝間着のままだが目をこすりながら部屋から出てくれば。
寝起きとは思えないほどしっかりと身支度が整えられたカタリナが念の為と注意を促す。
キッチンに向かったアルセは、滅多に口にすることがない白いパンと、見覚えのないジャム、あとは温めるだけで完成するスープにまた驚愕の声を上げていた。
「オード、これは?」
「あっ──ネルか」
裾を引っ張られようやく全員が起きてきたことに気付いたオードは、気配もなく背後に現れたネルフィーに驚きながら、いつの間にか握っていた柄を元通り、壁に立て掛けた。
「どうやら、全員分の装備らしい」
「おおぉー、ソラってば太っ腹! あたしのはコレ!」
「ニーナ! 室内で素振りしないの危ないでしょ!? ──夜の間に全員分……まさにギフトの力、ね」
寝間着のまま剣を片手に飛び出していったニーナに呆れつつも謎の本に軽く目を通したカタリナは、意味深げな笑みと同時に本を閉じてから、いつもとは様子の違う仲間に気がつき、声を掛けた。
「オード? いつもなら真っ先にニーナを叱る貴方が……オード?」
「……職人の勘、ってヤツか」
あれだけ男が嫌いと言わんばかりの態度だったのに、しっかりとあったオードの分。
出会った時からずっと、ニーナと同じ片手剣と盾という装備をしていたはずなのに、そこにあったのは一際目を惹く──
「いつ、俺が大剣使いだと気付いたんだ?」
小さな村の鍛冶職人では修復不可能な壊れ方をして、予備の片手剣を使っていたのに。
刀身だけで身長ほどもあるそれに、オードは、一目惚れした。
・・・
地平線から太陽が半分、顔を覗かせた。
人の手は馬車道しか入っていない大自然。
草木が織り成す草原と森と、どこまでも続く川とその先にある山を、そしてそこに住む生き物達を、異世界の朝日は照らし出した。
「余った材料で適当に大剣置いてきたけど、男だし、それでもいいよね」
テレビでしか見たことのない雄大な光景に目を細めつつ、異世界はテレビでは見れないかと苦笑。
こんな時に置き土産のことを考えるのは、何も夜中にこっそり旅立たなくても良かったのでは、という後悔からか。
「いや、でもさ──」
異世界という慣れない環境で最初に関わった人達が、あそこまで無防備に胡散臭い旅人を信じてくれたのは、きっととても幸運なことだとソラは思う。
普通は疑い、距離を置き、家に泊めるなんて無理だ。
そんな人達を裏切るような気がして、嘘で塗り固めた言葉やあからさまな男嫌いアピールで自分なりに距離を置いたつもりだったが、それでも夜の間に消えるなど正直、気が引けた。
……が、理由ならちゃんとあるのだ。
「──称号『英雄の卵』ってなに!? ハーレムパーティーでシスコンで仲間に『魔女』と『ハイエルフ』が居て、本人が『英雄の卵』!?」
魔法が使えるようになったソラは、本来なら敵の弱点を調べるゲームでよくある魔法を全員に対して使ってみた。
「出来過ぎだろっ!?」
ゲームでも一部の敵キャラに称号なる項目があるのは知っていたが、それは周りから呼ばれている二つ名だったり、群れのリーダーだったり他とは強さが違う特殊な魔物に対して人間が付けたあだ名だったりだ。
本人が自覚していない運命や、職業──果たして魔女は職業なのか──、特殊な種族を表すものでは無かったはずだ。
いや、今は魔法の変化を考える時ではない。
ソラは称号を見た瞬間、今作れる最高の武器を置いてすぐに旅立つことを決めた。朝食はサービスだ。
それは、既に様々な運命を巻き込み始めている英雄なんてものに巻き込まれるのを避けるためだとか、追加ハーレム要員、脇役ポジションになるのが嫌だった──などというものではない。
「仮面の怪しい、でも敵とは思えない不思議な人物……」
「意味深な『何か』とか持ってないなら、武器置いて消えるくらいしか出来ないじゃないか!?」
「本来なら村を襲わないはずの、とか、ここらには生息しないはずの、とか、見たこともない、とかいう魔物、叉は謎の騎士団とか夜盗とかの襲撃イベントも起こらなさそうだったから、即席じゃあれくらいしか演出できないから!?」
「……まあ、良い…………」
「私の存在を記憶に刻み、後々の再会イベントで『お前は、あの時の……!』と呟くがいい!」
「それが英雄の宿命だ!」
──御約束の、敵か味方か判らない謎キャラになりたかった。
ソラの考えは、ただそれだけだった。