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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
西方奔走
133/133

聖女考察

お待たせしすぎました


 

 現在から十三年ほど前の聖国イストリアに、奇妙な少女の噂が流れる。

 流行病や天災を起こる数ヶ月前には予言してみせ、親を通じて近隣の住民に注意を促す。

 狂言の類は数あれど、少女の予言は少女が言葉を話せるようになってから現在に至るまで、未だ外れ知らずなのだとか。


 噂をその目で確かめようという道楽者から利用しようとする悪党まで集まり、都市と都市を繋ぐ行商の中継村という長閑な村では大小様々な混乱が巻き起こり、身分ある者が傷害を加えられた事件によりイストリアの政府を兼ねている聖教会は、件の親子を首都大聖堂へと保護することを決定した。



 時は流れ、現在から七年前、聖人であり国家首長でもある聖教会の教皇が老衰により逝去。

 全ての枢機郷が参加した秘密会議により、教会本部で修道士として修業を積んでいた予言の少女が新たなる聖人の座に選ばれ、本来であれば聖人の座と一緒に授かるはずの教皇の席は、政治の世界に足を踏み入れるには幼すぎるといった理由から空白時の代理を行っていた首席枢機郷がそのまま務めることに。


 オランケットが枢機郷に選ばれたのは四年前であり、その時には会ったこともない予言の聖女の推薦があったのですんなりと枢機卿になれたのだとか。




 時はさらに進み、一月前。各国が千年祭の計画やら準備に追われている頃。


 聖国イストリアでは、次期枢機郷とも噂されていた司教とその一派の裏の顔が聖女の予言によって暴かれ、近年稀に見る協会内部での大捕り物が行われた。

 国内では聖教会の権力により大規模な異動程度の混乱で収めることが出来たのだが、問題は彼の一派が、聖国の名を悪用して他国で問題を起こしていたことだ。


 長距離の移動はギフトに頼らなければ馬車を使うしかないこの世界、他国の千年祭に政治的、宗教的に重鎮である枢機郷を大使として送り込むことによって国としての余裕を示し、聖教の更なる普及に努める。

 そのような事情によりオランケットを含む多くの枢機郷が不在という状況下で聖女を中心とした緊急の会議は開かれ、静観や反対の意見も出る中、聖女の強い主張によりムラトニア人民共和国の救済は決定した。



 ムラトニア人民共和国の脅威は魔女だけ。

 国に囲われている魔女と何とか連絡を取り、何とか説得して聖国側に引き込めれば……と外交官や諜報担当が悩む隙もなく、聖女が文通友達だという魔女の代表者と何の変哲もない普通の手紙で連絡を取り、貴族、魔女の処遇や救済後の統治などを往復二回程度の手紙で呆れるほど簡単に取り決めた。

 それも、主国が属国に下すような、聖国が絶対有利な条件を。


 魔女の代表者曰わく、連絡を取れた全ての魔女が革命に協力的であり、魔女が千年祭の警備を全て把握している事を利用したクーデター計画を立案したという。

 聖国は軍備や人員を一切割くことなく事後処理を任されただけ、ムラトニア人民共和国の革命は成功したのであった。






・・・






 魔法陣と言われても納得出来る幾何学的な木目をしたテーブル。

 バラバラになったルーズリーフが雑に広げられ、持ち寄った情報を纏める者、自分用にメモを取る者、絵を描く者、その全てを同時にこなす者に分かれてペンを動かす音が部屋に響く。


 右手でメモを書き、左手でイケてる魔女さんたちの似顔絵を主に描いていたソラは、情報が出尽くした空気を読み取ると白黒写真かと見紛うほどの力作、アニメ調、デフォルメキャラ化といったお気に入りの作品はインベントリに仕舞い、暇潰しに描いた濃い劇画調のオードを、本人に向かって投げた。


 ゾーヤ婆さんの小さな家は現在、女性十二人に男性一人という異空間。

 その男女比率の中にいる男に何となくムカついたので笑える絵を描いたはずだったソラは、貰った本人が嬉しそうし、そして覗き見した妹や仲間にも好評なその様子に愕然とした。

 絵画というものが貴族の贅沢であり、発展途上のこの世界。

 劇画という書き込み重視のリアルな似顔絵はむしろ王道であり、ソラが好むようなアニメ絵は崩しすぎていてあまり好まれない傾向にある。



 ソラが敗北感に襲われている中、真面目な面々による纏めの作業は終わった。



 現場の中心近くにいた魔女小隊の情報。

 枢機郷による聖教会の内部事情。

 ベルの帝国情報部からの横流し。

 自国の話だが、終わった事に興味が湧かないゾーヤ先生は安楽椅子を揺らし、若い子らの声を子守歌代わりにウトウトと。



 こっちの世界の女性に絵を送る際は崩さないでリアルに、しかし適度な美化は忘れない。

 そう学んだソラは、ズレていた思考を本題に直し、手元のメモに“重要!”と書き記した人物のことを唯一知っていそうな人に尋ねた。


「オランケットさん、この“聖女”ってどんな人なの? 可愛い系? 美人系?」


 どこかのタイミングで聞かれると思っていた枢機卿は、しかし。


「ごめんなさい」

「うぇ?」


 突然の謝罪に変な声を出したソラは、何故かベルを見た。



 目が合ったベルは周囲を確認すると、オランケットの付き人は何となく駄目そうな気配がするし、ゾーヤ婆様は微睡み、あとは他国の政治に興味を持たなさそうな集団だ。

 枢機卿オランケット以外は自分だけかと納得すると、書物から得た知識で実情は知らないと前置きした上で語った。


 ……毒を交えながら。


「『聖神の下に全ての生物は平等だ』と謳っている宗教の総本山は、聖教会の幹部が国家の役職を兼ねている極度の権力集中国家。絶対権力者である教皇の脇を固めているのは、一族で役職を世襲している自称宗教家の政治家ども」


 枢機卿の沈黙は、聴衆には否定しない、と捉えられた。


 実際の所オランケットは、その権力集中国家の中でもなかなかの権力者である自分の前で堂々と聖教会の矛盾を言い切るベルの胆力に驚いただけだ。


「そんな集中国家らしく教皇になる人物に伝統的に与えられてきた『聖人』という称号は、本来は信者の中から一人だけが選ばれる神聖な称号。その称号自体には何の効力も役割もないけど、歴代で持っていたのが教皇ばかりだからかイストリアでも特別視はされているようね」


 話を聞いていたソラは関係ないと思いつつ地球での『聖人』に持っている印象と今の説明を照らし合わせ、その些細な差違を比べて聞いて。


「生きてる人しか選ばれない? 基準は慈悲深いとか、人として模範的とかじゃなくて?」

「選ばれたら死んでからも聖人だけれど、選ばれるのは生きている人、というか過去数百年は教皇だけね。今回の流れを見ると聖人の称号を与えてから教皇が決定しているみたいだから、“聖人に選ばれるような人物にこそ教皇の座が相応しい”、そんな大衆向けの伝統があったのかも知れないわね」

「そっかぁ」


 大人の事情って奴か。

 納得したソラは、他の人には見えないウィンドウを開いてステータス画面に移ると、ペルギルのコレクション要素である称号の欄をいつの間にか手に入れていた『聖人』に付け替えてみた。

 ……当たり前だが、何の実感もないし効果もない。


 ソラが称号欄で一人遊びをしている間、ベルが何を言いたいのかを察した魔女小隊の頭脳担当、副隊長さんが手を挙げて発言した。


「……つまり予言の聖女は内政や人事に口出しをしているけども、本人に役職があるわけではないので、ただの一般人ということに……?」


 外国のクーデター支援、司教という他国ならば貴族や政治家に当たる人物への告発、枢機卿の人事。

 それらへの影響が強い発言をした人物が、何の権力も持たないはずの一般人。

 まさに特別扱い。


 ベルは頷き、予想を語る。


「大方、予言をした時だけ、恐らくは新しく教皇になった人物を通して会議に参加していたのでしょう。それ以外の時は一般人として過ごし、しかし予言を悪用されないように聖教会に匿われた状態で。そして予言の悪用は、何も外部の人間だけを警戒しているわけではない、という事でしょう?」



 枢機卿の長い、長い溜め息。


「……聖女様は会議などの集まりの後、『消える』のです。枢機卿の中には“そういう者”を雇って調べさせた者もいましたが、どれも失敗に終わったと。我々に私的な交友はありません。さすがにイストリアの首都の中に住んでいるのだとは思いますが、どこに家があるのか、名前が本物なのかも」


 それと。


「……本当に、予言をしているのか。誰も、予言をする瞬間は見ていないのです」



 今までは口を出すところが無かったが、“常識”としてオードは尋ねた。


「枢機卿なんて地位なら、ギフトなんて違法性はさて置き簡単に調べられるだろ? 予言のギフトって確か有名なのが……」



 予言のギフト。

 そのギフト自体にソラはピンとこないが、今の会話の中に、ソラには実に気になる点があった。


「ギフトって簡単に調べられるの? なら私のギフトもーー」

「ソラ」


 呼ばれたので思わずベルの方を向くと、目が合うと同時に首を振られた。



「皇帝が勝手にやって……機材が壊れたそうよ」


「……そっかぁ」




「聖女のギフトは、私が所有する“石盤”では“エラーコード”を出しました。過去に出た事がある予言のギフトなら登録済みで、しっかりと写るはずなのに……有名な予言のギフトには儀式が必要だと書物にはありましたが……」




 一体、何の話をしているんだろうねぇ。


 眠っているような真似をしながらしっかりと聞いていたゾーヤ婆さんは、ソラとベルの自由すぎる会話に、枢機卿の聖女を疑う発言と、この会話が何処へ向かっているのやらと、目を閉じたまま小さく微笑んだ。

 が。



「ソラが聖女に直接会えば全て解決ね。行きなさい」


 ベルが雑に指示し。



「そうですね。ソラさん、宜しくお願いします」


 オランケットが、その付き人が頭を下げ。



「カタリナの故郷がひとまず無事だって判ったし、俺達は帰るか?」

「久し振りの里帰りだし、他の人にも挨拶してきたら?」


「そうは言っても先生に挨拶は出来たし、歳が近かった先輩はここに来ちゃったし、他の魔女はねぇ……」


 オードとニーナの兄妹に、やるべきことは終わったと言外に告げるカタリナ。



「やっぱ気になるし。会いに行ってみるよ」


 ソラが承諾したことで全てが無理矢理だが丸く収まり、会話は終了。


 一体このソラという少女は何なんだ、と、改めてゾーヤ婆さんは思った。




繋ぎ話をこれだけの期間引っ張ってしまい、申し訳ございません。

次はこれより早く投稿できる……はずです。

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