不審者と侵入者
玄関からの侵入者は、覆面レスラーというよりは強盗が被っていそうな黒地に三つの穴、両目と口の穴が空いた覆面を剥いだ。
ソラの仮面並みに怪しい覆面の下から現れたのは、女性が惚れてしまいそうなほどに端正で中性的な、その業界のスターと紹介されれば納得してしまうほどの美貌。
隊長格が降参したので庭で捕まっていた五人も同調し、揃って投降したわけだが。
首元から覆面を引き上げ、目を瞑った美人顔、覆面に収まっていた長い髪がしゃらりと靡きながら重力に従いゆっくりと落ち、頭を振るって手櫛で髪型を整える。
その一連の流れは録画し、何度も見直したいほどに美しい。
ベル、カタリナ、ネルフィー、ゾーヤ婆さん以外の女性陣は、うっとり。
庭で一人づつ取り押さえることに成功したニーナとアルセは五人のそれを間近で見てしまい、顔を赤らめ。
一緒に見張っていたオードは取り押さえたのが女性だと判ると、地面に投げる際になにか柔らかいものを掴んだ事とその感触を思い出し、別な意味で顔を赤らめた。
「眼福だわぁ」
玄関から来たほうの侵入者を見ていた女性枢機卿のオランケットさんはそう言うと、聖教会の方式で拝んだ。
拝み終えると、顔を真っ赤にして見惚れていたウブな付き人を突っついてからかうのだった。
そして、ソラは。
ーー時間を少し遡り、侵入者が覆面を取る寸前の事。
扉が爆発しても動じずに座っていたベルは非常に冷静に、侵入者の数や行動を観察していた。
偶然、部屋の隅にそれを見つけてしまったベルは、そればっかりを見ていたが故に肝心の覆面を脱ぐシーンを見ることが出来なかった。
一つ見つかれば次々に見つかる、部屋の隅っこを中心に複数箇所に現れた、それ。
それは禍々しい気配を漂わせ、小さな壁の染みのように存在する渦。
ベルがよく知るそれは移動用の魔法で、簡単に使っているが実は途轍もない魔力を消費し、使い手は一人しか有り得ない特別な魔法。
……その唯一の使い手はというと。
玄関扉を壊した侵入者の前で、しゃがんでいる。
よく見ればその手元に小さな『ゲート』があり、それを覗いては数秒待って閉じ、という動作を繰り返している様子。
その行動の意味を理解したベルは、戦慄した。
「……遡った時間を盗撮、しているのね」
ソラの『ゲート』という魔法は条件付きではあるが、過去に行くことが可能だ。
今回は過去に行くのではなく繋げて覗くだけで、それを『Persona not Guilty』のメニュー機能である録画モードで撮影。
複数箇所にあったのは、全員分の個別撮影、庭の五人が一つの画面に収まるようにとか、アングルを変えたりだろう。
使い方を模索して工夫するのは素晴らしいことだと思うのだがやっていることはただの盗撮。それも人の弱みだったりベッドの上ではなく、綺麗な女性の健全な物である。
いくらでもあれやこれやと利用方法が湧いて出てくるモノをソラはどうしてかそのままの利用法か地味な使い方しかしないことを、ベルはずっと前から気にしていた。
それを指摘するつもりは、今はまだ無い。
ゾーヤ婆さんの咳払いで空気が変わり、各員は気を取り直し。
「ライト姉さん、何も扉を壊さなくたっていいでしょ」
「突入を焦ったことは否定しない」
カタリナは玄関扉を壊した侵入者に対して親しげに愛称で呼び、呼ばれた方もそれを気にしない。
ゾーヤ婆さんは自宅を壊されたのだから当然、不機嫌である。
「ケッ、アンタはその歳になってもまだドアノブの使い方を知らないのかい」
「この敏感な時期に、怪しい集団が先生の家に押し入った所を目撃したのです。多少の損害は……」
「それで負けたんだからただの壊し損じゃない。後でアンタのトコに請求しとくからね」
「……了解です」
この対応を見ていれば、余程の鈍感でもなければ、侵入者である彼女たちの正体に予想が付くことだろう。
カタリナは庭に続くガラス戸を開けて庭の面々を室内に招き入れると、先生の「アタシの家だよ」という言葉にハイハイと適当に答えてからソラを呼んだ。
「椅子とか用意出来ないかしら」
「任せて!」
虚空から木の椅子を取り出して並べる姿にも驚きだが、先程の戦いというか一方的な戯れは室内と庭を、ソラと呼ばれた子供は目にも留まらぬ速さで往復していたはずで。
ガラス戸は、今まで閉じられていた。
……不思議がる侵入者たちだが、ソラのデタラメは本人とベルくらいにしか上手い説明が出来ず、受け入れるしかないことをハンターチーム『流れ星』の面々は知っていた。
因みにゲーム中最速になれるスキル<忍者>は忍者なので壁抜けも可能で、ソラは直線距離を目に映らない速さで高速移動しただけの、いつものデタラメだ。
椅子を出したついでにソラが代用の扉を付けている、僅かな時間。
怪しいのは誰がどう見ても自分たちの方だったということにようやく気が付いたオードは、侵入者というレッテルを貼ってしまった魔女小隊の面々と打ち解けようと雑談していたわけだが。
「正門を見張っていたんですか!?」
「ええ、そうですが……それが何か?」
「気にしないでライト姉さん。彼、ちょっと変わってるから」
魔女小隊の、それも捕まえる際に柔らかい何かを掴んでしまった女性からそれを聞いたオードはなんだか嬉しくなって、ニコやかな雰囲気になった。
怪訝そうな顔をする先輩魔女に、カタリナがそれとなくフォローにならないフォローをした。
ムラトニアの最大戦力である魔女による警備だ。
気付いていなかっただけで、しっかりと間者対策をしていたのである。
手持ち無沙汰なのでソラの作業を眺めていたベルは、扉を嵌め込んで開閉の確認をしているソラに尋ねた。
「……気付いて?」
「正門辺りから尾行されてたのには気付いてたけど、まさか玄関を壊すとは」
<直感>が働いたのはまさに壊された瞬間で、慌てて間に入ってマントを広げて破片を受け止めたのだ。
スキルの頼りすぎはよくないと、ソラは扉を壊されたことを反省していた。
落ち込むソラを見て、『ゲート』で過去に介入すればいいのにと思うベルだが、きっとソラにしか分からない“なにか”があるのだろう。
いつか教えてくれれば嬉しいが、考えるのは考えるので楽しいのである。
先程の盗撮のように、小規模であれば介入しているのだからーー。
「現役から退いた先生より姉さんたちの方が詳しいかも知れないし、結果としては良かったかもね」
ーーそれについて思考するのは後でも良いと、ベルは思考を切り替えた。
脚の低いテーブルを囲むよう、全員が元々ある椅子やソラが追加した椅子に座る。
庭で稽古をしたり、離れた場所に居たりはしない。
自分が繋ぎになるべきだろうと、カタリナが話を振った。
「クーデターと聖国への属国化っていうのを今日聞いて、偶々その場に居合わせた聖国の枢機郷を連れて事情を聞きにきたの」
どうやって移動を、というのは聞くだけ無駄な気がしたライト姉さん、パーライトは、こっちも無駄だろうがと思いつつもそれを聞くしかなかった。
「枢機郷といえば聖国の実質的支配者だ。お前があの"馬鹿な計画"で任されたのはラクール王国だろう。一体、どういう繋がりだ」
「計画ってのは何だい?」
事情を知らない先生からの横槍に、実に、実に恥ずかしいことだが、パーライトは国の恥部を掻い摘まんで話すことに。
"計画"というのは、無駄に金と人員と被害を出した世界へのテロ攻撃で、集団誘拐『未遂』事件のことである。
ソラが召喚後の最初に見つけたゴブリン村(全滅)、王国の帝国との国境に位置する村(情報部の秘密基地)を襲おうとしていたゴロツキ集団、オードたちと一緒に攻めた隠蔽基地で敵のボスが前口上中に即死。
ソラが知っているのは他にもあった気がするが、即座に思い出せるのはこのくらい。
それを大陸の広くで行うことによって世界中の不安を煽り、どさくさに紛れて良家の子女を誘拐を企みつつ、魔女を投入することによってその混乱を静めて一躍ムラトニア人民共和国の名を世界に轟かせようという、計画性皆無な作戦のこと。
所謂、マッチポンプ。
自前のマッチで火をつけて、火事があったから消火したよ偉いでしょ、というやつだ。
……不穏な要素としては、その計画に聖国が関わっているかも知れないという情報。
実際の成果は、小さな村ならば確かに被害は甚大だったが、その後の追跡により実行犯たちが討伐されている事例が多く、魔女が出る幕は無く、ついでの誘拐は一件の成功報告も無く、帝国に至っては諜報活動によりムラトニアの計画だと見破っている。
この無謀な計画のお陰で魔女や関係各所が上層部への見切りを付け、クーデターがスムーズに成功したとも言える。
怒ると思っていた先生はポカンとした表情をして、呆れ、失望の溜め息。
計画の話は、流されることに。
「あんな馬鹿らしいのさっさと辞めて、今はソラと一緒に色々とね。帝国の方でやった千年祭お疲れ様会にこちらの枢機郷さんも参加されていて……」
「帝国の千年祭に来賓として。ソラちゃんとは友人です。その計画とやらと、そして今回のクーデターにも関与はしておりません」
聖国も一枚岩ではないのだろうと納得したパーライトは、先生の前だし、個人として枢機郷と縁を結べるのは特にこれからのムラトニアでは役に立つことだろうと言い聞かせ。
……決して、仮面の子供が恐いから、ではない。
仲間と目で会話して頷き合ったパーライトは、包み隠さず自分の知っていることを話すことにした。




