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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
西方奔走
131/133

訪ねて、訪ねられて

 ムラトニアの首都は、なんだか埃っぽい。

 赤道に近い温暖な気候で、乾燥地帯。

 財政難により道路の舗装が甘く、首都の大通りですら剥き出しの土なのだから、ある程度の土埃は仕方がない事。


 だが、これは土埃の埃っぽさではない。


 この国の知識階級が果たして「大気汚染」という言葉と知識を持っているのか怪しむほどにモクモクと黒煙を吐き出す煙突が、仲良く列をなして立っている姿が遠くに見える。

 何らかの工場から生えているであろう煙突は大通りから見ると霞んでいるように見え、何だか目が痒くなってくる。




 エルフ(本当はハイエルフ)であるネルフィーが、小さく咳き込んだ。

 それを見てからのソラの行動は素早く、インベントリから日本の薬局で買った箱入りの使い捨てマスクを取り出し。


 反対の手に、『Persona not Guilty』の仮面装備を取り出した。

 状況を省みてソラがこれだと選んだ仮面装備は、高性能フィルターと吸収缶と呼ばれる濾過材が詰まった缶が毒ガスを清浄な空気に変えてくれる、ついでに目を守ってくれる防塵ゴーグルと一体となった『防毒マスク』。

 本来なら環境に合わせた吸収缶を適切に選ばなければ効果が薄い防毒マスクだが、ゲーム性能故、被るだけで毒無効の効果付き。

 ……高性能の代償に、見た目の怪しさが半端ではない。

 謎の乱反射により着用者の目が外からでは確認出来ない。口元の左右に飛び出した缶。シュコー、シュコーと鳴る呼吸音。


 右手はひと箱数百円、口と鼻しか隠せない上に効果が微妙な安物マスク。

 左手は黒くて頑丈、顔の前面を全て隠せるし高性能だが、とにかく見た目がアレなマスク。 


「さあ、あなたの選択は、どっち!」


 いつ付け替えたのか。

 篭もった声でシュコーシュコーと鳴らしながら、ソラは全員に選択を迫った。






・・・






 平民にしては豪勢な一軒家の持ち主である老婆は、自分の事ながら偏屈な婆さんになったものだと自覚しており、つまらない客には居留守を使うことにも躊躇いはなかった。

 居留守の頻度は歳が嵩むにつれて多くなり、今では息子夫婦ですら孫を連れて来なければ歓迎しないほど。

 まあ、息子にはもしもに備えて合い鍵を預けているので、中から返事さえすれば勝手に入ってくるのだが。


 扉をノックする小さな音から一拍遅れ、老婆が耳にしたのは懐かしい声。

 つまらなさそうにしていた表情が一変、安楽椅子から立ち上がった老婆は歳に似合わぬほどそそくさと玄関へと向かい、玄関の鍵を開けると。


 扉を開いて真っ先に目に入ってきた懐かしい声の主が、口を覆っていた白い布をずらして成長した顔を見せたことに喜び。

 その喜びを消し去るほどの衝撃を、背後の集団から受けた。


「先生、お久しぶりで--」


 声を遮るように、扉をそっと閉めた。



 鍵を掛けると、行き時と比べて驚くほどに歳相応な速度でゆっくりと歩いて指定席に戻り、老婆は深々と、長い溜め息と共に腰掛けた。


「……耳が遠くならないってのも、少し考え物だね」


 教師生活最後の生徒だと気付きさえしなければ、居留守を使ったものを。

 居留守していれば、あんなに良い子だったカタリナが、あんなに怪しい集団と連むようになったと知らないまま、ぽっくりと寿命を迎えていたものを。

 中の住人を一切気遣わない、拳で殴りつけるようなノックを聞き流す。


「育て方が悪かったのかねぇ」


 誇らしかった記憶にほんの少しの陰りが差したところで。

 鍵を掛けたはずの扉が勢いよく開き、怪しい集団を引き連れたカタリナが押し入ってきた。


「違うんです先生! 空気がですね!」

「五月蝿いよ莫迦たれが! 恩を忘れてアタシを脅そうってのかい!? 愛らしかったあの子が! 怪しい集団を引き連れてアタシの家に押し込みとはね!」


 立ち上がった老婆が手当たり次第に物を投げてきたが、スキル<解錠>で扉を開けたままカタリナに道を譲ったので近くにいたソラが二人の間に割って入り、飛んできた物を掴んではそっと床に並べていく。

 変な仮面を付けた子供に気付いたカタリナは、叫んだ。


「ソラ! 責任取って何とかしなさい!」

「うーん、御婆様にはちょっと刺激的すぎたかな?」


 ちょっとどころではない。

 よりにもよって、カタリナ以外の全員が“あの”仮面を着用し、玄関先で外さなかったのが問題だ。



「全員、マスクを外す!」


 背後を向いてカタリナが叫べば、意外な事に、防毒マスクを付けたままの聖職者が手を挙げた。


「カタリナさん、これ凄いんですよ。付けてる違和感がなくてですね、空気は美味しいし、もう手放せないっていうか」



「は・ず・し・な・さあああああああああい!!」



 カタリナの悲鳴にも似た叫びを耳にした老婆は呆気に取られ、カタリナが激情していくのとは反対に、落ち着きを取り戻していった。

 怪しいマスクを外した面々と一緒にカタリナを宥めると、老婆は怪しかった一団を家の中へと招き入れた。




 仮面に似合う格好として白い防護服を着ていたソラに関してはさらに一悶着あったが、ベルの一声でその場でクルッと一回転、無難な服に着替えた。

 替えの着替えは手に持っていなかった、脱いだ服はどこへ。

 老婆はぱちくりと目を丸め、カタリナは「こんなのだから気にしたら疲れますよ」と相応しい紹介をした。



 老婆は家族を持たない『人造人間』である魔女たちに一般教養を教える、幼少期をもっとも一緒に過ごす、彼女たちにとっては母親のような教師であった。

 魔女たちへの影響力が強くなりすぎるので教師は頻繁に入れ替えられるのが常なのだが、些細な喧嘩で人を殺せる魔法が飛び交うのが当たり前な魔女の学校は、自主退職者多数、ずば抜けた肝っ玉を持っていなければ続けられない問題児だらけ。

 勤め始めから四十年。

 最後の生徒を送り出した最後の教師となり、引退を考えるよりも先に勤め先の学校が潰れてしまったゾーヤ先生である。



 一通りの挨拶を交わし、聖国の枢機郷という存在に驚き、しかし何か納得したかのように頷くと、教え子を優しく見つめ。


「アンタも苦労しているようだね」

「……ええ、ここ一年くらいは特に」


 今回の訪問とクーデターを繋ぎ合わせた老婆のちょっとした勘違いだが、主にソラと出会ってからは苦労していたカタリナは、訂正はせずに同意した。



 先程の防毒マスクよりは遥かに怪しくない、目元だけを隠す仮面に変えたソラは、喉を痛めてしまったネルフィーに『エリクサー』を飲ませていた。

 死の淵からでも完全回復、それとマジックポイントも最大値に回復してしまうそれは、咳き込んで傷めた程度の喉には明らかに過剰すぎる。


 何も知らずにとんでもない薬を口にしたネルフィーはいつも眠たそうにしている目をカッと見開き、ハイエルフというこの世界では最上級の“魔力の容器”であるが故に、急速に体を満たしていく魔力の奔流に軽いトリップ状態に。

 様子が変だと気付いたソラがその手を握り、魔力回復は余計だったかと魔法『マジックドレイン』で余分な魔力吸い出す二度手間。



 玄関から直ぐにリビングになる平屋の一軒家。

 定位置の安楽椅子に座る老婆、ソファにはカタリナ、ベル、オランケット。

 枢オランケットの付き人は女中のように背後に控え。

 ソラとネルフィーは床に座り、他の面々からは手を繋いで見つめ合っているようにしか見えない。

 オード、ニーナ、アルセは、広い庭で組み手。



 庭を見やる老婆は、妹に投げられる兄を見て鼻で嗤った。

 ひっくり返った男の無様な姿を嗤った、のではない。


「こんなに汚い空気の中で運動するなんて、莫迦だね」

「先生なら詳しいかとクーデターの話を聞きに来たんですけど……私がこっちに居た時、あんな工場ありませんでしたよね?」

「あれが原因さ。魔女に頼れなくなった連中が戦争商売に手を出してね」


 魔女事情を知らない枢機郷が目線で助けを求めてきたので、ベルは二人の会話を止め。


「まず基本知識として、ムラトニア共和国は千年前に“対魔族用決戦兵器”として魔女を作り出して以来、魔女を貸し出す傭兵稼業で国を養ってきた国なの」


 ベルの説明口調に察した老婆とカタリナが続ける。


「それが今から二十年とちょっと前くらいにね、魔女を作ってた研究所の所長が他国に亡命しちまったのが切欠さ。それ以来、魔女が作れなくなっちまったのさ」

「責任者が替わったくらいなら問題無かったらしいけど、逃げた所長のことを父親のように想っていた魔女が暴走しちゃって……資料とか装置とか機密だらけな研究所をその、残った研究員ごと、ね」


 老婆は当時の大混乱を懐かしみ、カタリナは被害状況が詳しすぎて残酷だった授業内容を思い起こして空笑い。


「つまり、魔女はもう……?」


 枢機郷の問いに、カタリナは手を挙げた。


「私ことカタリナが、この国で産まれた最後の魔女」



 そして話は、工場群とクーデターに繋がる

 ピースとピースが組み合わさり、合点したオランケット郷。


「傭兵を貸し出していた相手に今度は武器を売ろうとして工場を乱立させたものの、商売が上手く行かなかったのですね」 


 その通りだと老婆。


「年がら年中戦争してる北の連中も人不足であって武器は足りていたのさ。多額の資金と人員を投入した工場は建築費の元すら取れず、汚染のせいで都市は病気が蔓延。上の連中はそれでも足掻いて税金から締め上げようとして……」


「この有り様ね」


 ベルが皮肉を込めて会話を締める。

 老婆は鼻で嗤った。




「話は終わった?」


 ソラがひょっこり顔を覗かせると、ベルは首を横に振る。


「聖国が出て来た経緯と、“私たちがやるべきこと”がまだね」

「あんたらがやるべき……?」


 老婆の疑問に、特に隠しはいないからとソラが気軽に答えようと……するのを止め、自分を狙う気配に気付いた小動物のように顔を上げると、玄関を睨んだ。


 ソラの動きに釣られた面々も玄関を見つめーー。


 ーー何も起こらないじゃないかと誰かが口を開こうとした寸前、木製の扉が爆ぜ散った。




「何だい今日は!?」


 座っていた面々は飛び散る木片から顔を庇おうと手が無意識に動く中、それよりも先にまたもソラが間に入り、何時の間にか背にしたマントで破片を全て打ち払う。

 扉を爆破、入り口を確保した覆面の侵入者が家に踏み込もうとした、が。


 騎士のような格好でマントを付けていたと思ったら今度は忍者衣装に着替えて狐の面を被っているソラが、家と外の境界に一歩踏み込んだ侵入者の背後にどうやってか一瞬で回り込み、首を切り落とそうとした忍者刀を、寸で止めた。

 覆面だが、クビレと胸とお尻のラインに注目。


「女の子じゃん」


 その一言であっさりと敵意を消して刀を外したソラに、侵入者は反転して魔力を丸く固めただけの魔法を放つが、そこには既にソラは居ない。

 魔法は敷地を飛び越え、土の道路に馬車の車輪が引っかかりそうな穴を開けた。


「庭の方は?」


 背後からの声に侵入者はまたかと振り返れば、視線の先、庭で取り押さえられているのは五人の仲間。

 庭には三人しかいなかったはずだから数の有利は取れていた、はず。

 しかし見れば、突入前に観察した相手には一対一で取り押さえられており、他二人は小さな子供に踏まれている。

 ……庭に、四人目?


 まさかと、有り得ない答えに辿り着いた侵入者は、試しに太股に隠したナイフに手をーー。


 ぞわり、と、悪寒が走る。


「こんな場所に隠すなんて! フヒヒ……」


 背後から太股をなぞる、誰かの指。

 そして消えた、庭で仲間を踏んでいた四人目の姿。




 侵入者は降伏して、覆面を剥いだ。

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