西方へは駆け足で
千年祭の翌日、ソラの館では小さなパーティーが開催されていた。
パーティーといっても開催が急だったので参加者は少ないもので、帝国の千年祭は数日間行われるので帝国の皇族や貴族は最初から無理なものとして声も掛けておらず、魔大陸の住人も予定が分からないのでグリモワールで呼び掛けはしたが結局不参加。
千年祭に関わらない帝国で出会った知り合いと、完成しつつある館前の村の住人だけのパーティー。
ソラが誘いはしたものの、聖剣使いのナツキは案の定参加は見合せ、ルドルと共に北国への旅路に戻っていった。
彼らはルドルのギフト『英霊顕現』の為、死後に魂が魔力となって留まる英霊の死所を巡る旅を続けている。
ナツキを送り届けるついでにソラはルドルと会話をしたのだが、ガングリファン帝国は千年前の戦争の激戦地区なので期待していたそうだが、既に同じようなギフトによって回収されたか、聖職者によって浄化されたのか。
墓場や戦場跡には魂が残っていなかったそうだ。
その会話の中で気になった部分があったので尋ねてみたら、自分も伝え聞いた話で真実は知らないが、とルドルは教えてくれた。
浄化魔法という、対アンデットのお決まりに好奇心が刺激されたソラ。
パーティーに呼んだゲスト、聖国イズエルトの枢機卿、オランケットさんに話を聞いてみた。
聖国から親善大使として世界最大の大国である帝国の千年祭に参加、という名目で、本国の醜い権力争いから逃げてきた偉い人。
枢機卿という聖国では最高位に近い身分でありながら、驚くほど若い見た目をしたその女性は……。
聖職者なのに酒を積んだテーブルを囲み、酒好き仲間とビールジョッキで呑み比べをしていた。
既に五回以上はジョッキを空にしているはずだが涼しい顔をしたオランケットさんは、丁寧に教えてくれた。
「昔の話ですね。二百年くらい前までは"大地に縛られた魂が魔に犯されて穢れていく"と言い伝えられていましたから、こう……魔力をぎゅっと集めてですね、一気に解放することで周囲の魔力ごと残留魂を消し去る浄化魔法が、私たちのような職業で流行っていまして」
同じテーブルで甘いお酒を呑み、浄化魔法とやらが気になって聞き耳を立てていた魔法使いのカタリナは、魔力を集めたことによって起こる魔法現象をよく知っていたために思わず口を挟んだ。
「それ、爆発するよね?」
「ええ、爆発によって魔力を撹拌する魔法ですから」
神聖さの欠片も見当たらない事実。
この時点でソラの興味は薄れてしまっていたのだが、女性の話は可能な限り最後まで付き合うものだとソラは認識しているので、会話は続く。
「残留魂は雨風といった自然現象には強いので千年でも万年でもその場に留まり続けますが、急激な魔力の流れには存外弱いものでして。今では研究も進み残留魂は無害だと結論付けられましたから、そんな魔法も"残留魂"という言葉も廃れて久しいんですけどね。よく知ってましたねソラちゃん」
聖職者の格好をしていなければ、気さくなお姉さん。
十代後半でも通じそうな若々しさ、その見た目からは予想もつかない地位、そして。
上半身の一部分がとてもふくよかなカタリナと並ぶと、上半身の一部分が正反対な意味でよく目立つという特徴がある女性である。
「なら、私が倒した相手の残留魂は残らないのかしら……」
「あらら、カタリナさんは爆発系の魔法がお好みで?」
「好みも何も、ギフトが『爆心地』っていうそのまま爆発に特化したギフトだからね。物心つく辺りから魔法の勉強を始めたけど、どうやってもギフトに引っ張られるのか爆発しちゃって。今でこそ魔法も操れるようになったけど、子供の時は爆発する度に泣いて悔しがってたなぁ」
「ふふふ、可愛らしい思い出ですね」
ーー落ち着いた女性同士のこういった会話というのも、なかなか乙なものである。
ソラがグヘヘと笑いだしそうなほど弛んだ顔をしていると、顔見せだけした後は会場から出ていたベルが護衛の女騎士さんを連れ、ソラへと一直線に駆け寄ってきた。
賑やかだったパーティー会場は、ベルの駆け足での登場により静まりかえり、誰もがそちらに目と耳を向ける。
「ムラトニアが聖国に吸収されたわ」
それを聞いて周囲はざわついたが、特に驚きを示したのは、二人。
枢機卿オランケット。
魔女カタリナ。
聖国の上から十本の指に入るお偉いさんと、ムラトニアを故郷とする魔女。
口を手で覆い隠すという、驚いた時のありきたりな行動を取ったオランケット。
しかしその目は真剣で何やら思考を巡らせているのを、ベルが観察するかのように見詰め。
驚いて目を丸めた後、やれやれといった様子で長い溜め息を吐いたカタリナをソラは見ていた。
・・・
ムラトニア人民共和国に潜入していた帝国情報部の話によると、千年祭の当日にクーデターが勃発したという。
千年に一度のお祭りということもあって、普段は地方に封じられている貴族が首都に召還されており、千年祭開会式典の上段席、全ての席が埋まったところで警備に当たっていた騎士が造反。
開会宣言の為に席ではなく別室で待機していた王族も直ぐ様、親衛隊であるはずの騎士によって取り押さえられた。
まさに、一瞬の出来事。
報告する情報部員が、異様な光景だったと追記してきたことがある。
それはクーデターが成功して聖国の支配下に置かれると祭壇に上った騎士が宣言した際、開会式典に集まっていた民衆が、熱狂的な歓声を挙げて歓喜したのだと。
そして、祭りは何事もなかったかのように開催された。
いや、前日までの予想よりも遥かに賑わっていた、と。
「それはそうね。私だって嬉しすぎて踊りだしたいほどだわ」
カタリナがそう言うと、踊るのかと期待したソラがよく跳ねそうな二つの塊をじっと見詰めた。
元・ムラトニア人民共和国の首都近辺。
パーティーを抜け出し、最高速で『ゲート』を繋ぐための準備をしたソラの働きによりあれから数十分ほどでこの場を訪れた面々は、幌馬車に乗った旅人を装っての首都入りを目指していた。
面子は、ソラとベル、『流れ星』の面々、それと枢機卿とその付き人の、合わせて九人。
長く滞在するつもりはないし、館には少人数だがパーティーに参加したまま寝泊まりするお客様もいたので、世話役としてメイドは置いてきた。
「ムラトニアは国境で貰える入国許可を見せないと、首都に入れないんじゃなかったか?」
手綱を操るオードが背後に向けて問い掛けると、頼もしい返事が一つではなく三つも返ってきた。
「私は、王族と一部の貴族を除けばこの国の最高位にあたる魔女よ?」
「聖国の者が門に居れば私が出ましょう。きっと大丈夫です」
「『ゲート』で門を無視する? それとも殴って壁壊す?」
最後のだけは聞かなかったことにしたオードは、考えてみた。
発生時に首都の外にいた陣営不明の魔女を、果たしてクーデター陣営はそう易々と懐に招き入れるのだろうか、と。
王族陣営の魔女がもし居るのだとすれば、昨日の今日で全ての王族や貴族が死刑を執行されたとは考えづらいために何処かに幽閉されていると予測して、その脱獄を企むのでは。
問うにしても門では嘘を吐けばいいだけで、貴族の次席だという地位を活かせば行動範囲も広いだろう。
都合よく嘘を見抜くギフト持ちが居れば、双方に都合よく話が進むのだが……。
そして枢機卿という手札を、なるべく隠したほうが良いだろうとオードは考えていた。
帝国の千年祭に参加していたはずの枢機卿が、帝国から間に国を三つほど挟んだ土地に、聖国が関わったクーデターの情報が出回っていないはずの翌日、入国許可書を持たずに首都を訪れる。
聖国内の権力争いというものをオードは俄な知識でしか知らない世界だが、馬車の荷台に乗せている女性枢機卿の政敵がこのクーデターに関わって居るのなら、怪しまないわけがないのだ。
偽物として扱われるのがオチで、やはり嘘を見抜けるギフト持ちが相手方に居れば……。
周囲には視界を遮る森や丘もなく首都は既に御者席のオードの視界には収まっているのだが、帝都どころか王都よりも小規模で、街壁も随分と低く見える。
ハンターとして魔物の専門家でもあるオードは、その頼りない街壁には不安しか沸いてこない。
「……あの……その……」
「ああ、どうした?」
御者席、隣に座る弓使いアルセが袖を引っ張ったことで気を取り直したオードは、どうしたのかと問い掛けた。
するとアルセは、近付いてくる門を指差した。
「門に"歓迎"という旗が立っているのですが……」
「なんだって?」
「ん、なになに何かあった?」
カタリナが踊らないことに落胆してからは<地獄耳><聞き耳>に集中していたソラが幌から顔を出し、オードと二人で首都の入り口を見た。
「……見えん」
しかし、普通の人間としては良い方という程度の視力しか持たないオードには旗があることが辛うじて判っても、文字どころか模様にすら見えない距離。
勿論、ソラには余裕の距離だ。
「歓迎の他にも旗はあるけど、どれもお祭り用のだね。それに門番とか騎士が立ってないし、門が開いてる。祭囃子は聞こえてくるし、もしかしてお祭りだから自由に出入り出来るんじゃない?」
ソラの分析に驚いたのは、常識人オードだ。
「そんな馬鹿な……」
祭というのは参加者や観客として外部の人間が大勢出入りする、諜報員や犯罪組織が入り込むには絶好の機会なのだ。
大きな国であれば招かねざる客の二桁や三桁は居てもおかしくはない、下手に考えなしで開くべきではない行事なのである。
だから検問を強化し、見回りを……。
そして、酔っ払いがイビキを掻いて寝転がっているくらいしか人気がない正門を難なく潜り抜けた幌馬車は、何事もなく宿屋へと辿り着き。
部屋を借り、馬車を預け。
「あり得ない……」
愕然とするオード。
一番の力持ちであるソラが嫌々だがオードの腕を引っ張って歩き、カタリナの案内で話を聞けそうな人の下へと向かう一行であった。




