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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
勇者は何処へ向かうべきか
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祭は終わるのか

誘拐された第三王女は、綾から見れば様変わりしてしまっていた。


はっちゃけた人間の近くに居続けたせいで王族としての立ち振舞いを忘れてはっちゃけてしまっただけなのだが。


「国に帰りたくないのですか」

「呪われた第三王女だった頃、私の行動は常に監視されていたわ。今はこの通り……まあ、前よりかは自由ね」


見渡して、おどけたように肩を竦める。

ーーまるで、この白い世界が自分を捕らえるための牢獄であるかのように演技する。




命の保障がされた戦闘、最低限の情報を伝えるのが仕事である他とは"会話だけ"という異なる難しさがあるベルの役割。

他が簡単というわけではなくベルが勇者相手に戦闘で時間を稼ぐというのが無理なのと同じように向き不向きの問題なのだが、今回集まった面子は脳味噌まで筋肉が詰まっているか社交性が低い連中ばかり。


情報を伝えるだけならスキル<変装>したソラでも良いのだが、裏切りというのも、勇者物語には必要なエッセンスだろう。




「頼めばお茶の用意はしてくれるし、例えば……そうねーー」


王女が親指と中指を弾いて鳴らす。


すると、世界が変わった。


「なっ……」


目まぐるしい変化が綾を襲う。

白しかなかった世界に、色が、形が、空が、大地が、建物が、植物が、生物が。


風は吹き、雲は流れ、鳥は鳴き。



綾の耳には、懐かしき重低音が届いた。


「なん、で……」


綾は絶句して、思わず立ち上がった。



ビル街を望むカフェの、オープンテラス席。

街路樹が等間隔に並ぶ片側二車線の道路、色も形も様々な自動車、チェーン店の看板、提灯がぶらさがる居酒屋。


太陽はお昼過ぎの角度だが燦々と輝いており、鳥の群れが太陽の前を横切った。


「お茶だけじゃなくて、新しい世界まで用意してくれるの」


指ぱっちんからの流れは台本なので言い切ったが、どうせ聞こえてはいないだろう。

ベルはお話の相手が戻ってくるのを待ち、お茶を飲んだ。



「……違う、これは、偽物だ」


「正解。受け入れるのにだいぶ時間が掛かったわね」


一目瞭然なのに、綺麗でも何でもないはずの見知らぬ景色に見とれてしまい、思考が鈍ってしまっていた。

泣きそうになっていた綾は、敵の作戦だ、堪えるんだ、と自分に言い聞かせると滲みそうになった目の辺りを腕で拭い、はっきりと目を開いた。



綾と王女以外に人の姿がまるで無く、自動車は無人のまま信号機が赤になれば止まり、青で動き出す。

二人がいるカフェはガラス張りで外から中が見えるのだが、店員の姿は見えずに動くのは時計の針ばかり。


ビルが立ち並ぶほど栄えた街で、日中、こんなに人の姿が見えないことなどあるのだろうか。

コンクリートジャングルの無機物的な街、そんな世界でも溢れているはずこ生命の営みがまるで感じられない。



冷静になって頭が働き出した綾は、二人以外の生命体、視界を横切っていった鳥の姿を探した。

この世界に馴染みすぎたせいで違和感がある、命という異物。

それは街灯の上に一羽。

群れではなく、一羽。


「監視かしら」


王女も鳥を見たが、気にする様子もなくお茶のお代わりを入れた。


「貴方は?」

「……いえ」


飲むつもりはないが温もりが欲しくて手で包むように持ったカップはすっかり冷えてしまっており、白い世界に居た時からそれほどの時間が経っていたのかと綾は驚く。


入れる意味とない毒を警戒して茶を飲まない客人に、王女は冷めた表情で。


「貴方程度ならいつでも殺せるというのに、わざわざ隔離して毒を飲ませるなんて手間を掛けるとでも?」


救おうとしている王女からはっきりと殺せる、などと言われると何とも複雑な心境だが、言葉の毒には綾も慣れてきた。



「王女の時は猫を被っていたんですね」

「面白い言い回しよね、猫を被るって」


ずれた回答に何か引っ掛かるものを感じるものの、続ける。


「そもそも貴方が本物の王女という証拠はない。本人だとしても洗脳されているかもしれなくて、貴方本人ではその可能性を否定できない」


哲学じみた問い掛けに、王女は綾目線では不気味に、にやりと笑った。


「私が私であることの証明は確かに難題だわ。あまりにも難しすぎて、貴方たちを元の世界へ帰す方法を教えようとしていたこと忘れて思考に没頭してしまいそうなほどに」


くすくすと笑う様は、綾が知っている王女様なのだ。

内側の暗さを隠さなくなったというか、王族としての立場を捨てたような立ち振る舞い。


「……知っている王女様とは全然違うのに、逆に本人だと思えてきました。演技ならもっと王女様らしくするはず。似せないことにあまり利点はないはずです」


「あら、自己の証明を先にされてしまったわ」



ーー微笑か、真面目か。

その二つの表情しか見れなかった王女の時はお人形さんのようだったのに、対面する同一人物は実に人間臭い。



……そして、楽しそうだ。




「さて、用事を済ませましょうか」


おもむろに手を伸ばして拳銃を掴んだ王女は両手で持ち直し、偽物の青空へ向け。

何をするのか行動を読んだ綾が耳を塞ぐより一瞬早く、発砲。

炸裂音が建物に残響し、拳銃と建物が見せ掛けではなく実在していることを証明した。


ついでとばかりに、発砲音で飛び立っていないのが野生ならばどこか不自然な鳥に向かって二発三発と、躊躇なく鉛玉を放つ王女。

カラスのような外見で意外と綺麗な鳴き声を出した鳥は、抗議するかのように喚き、建物の隙間へバサバサと飛んでいった。



茫然自失な綾は、残弾を確認してからテーブルに拳銃を置いた王女を見る。



「合図を送ったら監視を離すよう交渉したの」


随分と乱暴な合図である。


お茶を一口飲み、まだ入っているカップを見詰めて「お代わりを頼んでからにするんだった」と呟いてから綾の顔を見ると、王女然とした笑みを浮かべ。



「さて、貴方たちを元の世界へ帰すため、『世界を救う物語』を始めましょう」






・・・






千年祭に合わせた王都襲撃は、世界へ向けた狼煙だ。

魔物のせいで電波塔も建てられない、情報の伝達がとても遅い世界だが。


ーーこれから何か起こるぞ、いや既に起こっているぞ、どこでだ、何がだ、勇者が、勇者の敵が。

ーー大陸ではおかしなことになってる国がいくつか、聖教会本部の聖国も何やらキナ臭い噂があるし、そういえば帝国も帝都が襲われたとか、魔族はまた新たな魔王を名乗る奴が現れたとか。


物騒な噂というのはとにかく足が速く、重く受け止めるか軽く流すかという認識の差はあれど、王都襲撃の報は世界を駆け巡ることだろう。



そこに、縦横無尽に世界を飛び回れる奴が、各地で好き勝手を始めたら。


好き好んで人殺しはしないが道徳観がどこか崩れて、何でも出来て、とにかく強い、男嫌いで女好き。

既に起きている問題を利用して、火がない所に煙を立てて、気が向いたなら仲間を増やして、知らない誰かの名を名乗り。


隠れてこっそりしていた奴が、隠れなくなったなら。






・・・






「これから一年、世界の各地で大小様々な混乱が起きるわ」


王女の予言のような断言に、綾は生唾をごくりと飲み込んだ。


「勿論、偶発的な事件もあるでしょう。その中でも、世界を騒がせるほど大きな事件をいくつか辿れば、全ては一つの共通点に集約される筈……」


王女は椅子から立ち上がり、人の上に立つ者の威圧を全開に、綾を指差す。

綾は空気に呑まれ、口が渇き、一言も話せない。




「勇者ではなく、貴方がこの世界を救うのよ、水森綾」



「故郷とは異なる世界、ニートルダムを仲間と共に歩きなさい」



「世界の果て、混乱の元凶、私を拐った犯人、貴方たちを地球に帰せる唯一の存在」



「止められるのは世界で一人、水森綾だけよ」



「私は世界が面白くなる方に賭けたわ。貴方はそれを、止める方に賭けなければいけないの」



言葉を失った"宿敵"に、ベルは微笑む。




「私が恋したあの人の、その心を射止めてみなさい、恋敵さん」






言葉の意味を理解した時、顔を真っ赤にした綾はテーブルに両手を叩きつけ、椅子を弾き飛ばすほど勢いよく立ち上がった。


ニヤニヤと綾を見ている王女には威圧感も威厳も無く。

後半部分が少し恥ずかしかったのか、頬を赤らめた、ただの美人な女の子。


「なんですか恋敵って! 射止めてみろとか……まるで……」

「今日は可能性が一番高い貴方に釘を刺しに来たの。やれるものならやってみなさい、私は受けて立つわ」

「知らない人に恋なんかしません! 勝手にライバルに仕立て上げないでください! ましてや世界を混乱させる犯罪者になんか」


「あら、貴方の知り合いよ?」

「えっ?」



そこへ、叫びながら落ちてくる何か。


「グェアア!?」

「なにっ!? ……って、安田さん!」


「……おおぉ、水森嬢……腰を……腰を……」


落ちてきたのは綾の仲間である安田遊。

部屋の底が抜けたかのように落ちた先は、先程まで綾が居たのと同じ一面真っ白な空間で。

しかし綾のように無作為に歩き回ったり思考したりというようなことも、誰かが待っていて会話したりということもなく、着地した際に強打した腰の痛みにずっと転げ回っていたのだ。


ようやく痛みが引いてきたと思いきや、二度目で止めのこの落下。


「因みに、それでは無いわ」


幸いにして回復ギフト持ちの前に落ちたので、今度は痛みが長引かずにすんだが。

それ扱いの安田遊は、王女にフラれた。

綾は綾で、これは無いと内心では思っていた。



「色々と面倒な話を聞いたでしょうし、私は行かせてもらうわ」


指を鳴らすと世界は色彩から崩れ、また白いだけの世界が広がっていく。


「待ってください。まだ聞きたい話が!」

「ん? その声は……王女か?」


回復した安田遊が上半身を起こして王女の姿を探した時、既にその姿は見えず。

そして霧が晴れるかの如く、白い世界が拡散して薄くなっていくところだった。




「ご無事でしたかアヤ様!」

「どうしてユウ様が一緒に?」


見知った騎士が駆けよってきたことで綾は劇場に帰ってきたのだと安堵すると、急な疲れに襲われ、眠るように気を失った。





・・・






千年祭の長い夜は、こうして終わりを告げた。



それは世界が混沌に包まれる、始まりの夜。




鳥は仮面を付けた少女に化けると、回収した最愛の仲間を抱き抱えながら何故か煙たい空を飛んでいた。



「空に向けて撃つって決めてたじゃん!」

「ええ、だからソラに向けて撃ったのよ。それにしても楽しそうね」


「ベルと"委員長"の会話は聞かないって決めてたから、他の回収する物を片付けて、後は王城の様子を見てたんだけどそれが面白くって。聞く?」

「そうね、帰ってからにしましょうか」


「帝国の東端だし、あっちは夜明け近いかもね」

「……夜を飛ばすと時差の大変さが身に染みるわね。地球の本にあった時差ボケ、今なら理解できるわ」



『ゲート』を潜れば、そこも夜空。

現れたのがソラの気分により上空で、遥か東の地平線がうっすらと白ずんでいるようにも見える。



「そういや『蜃気楼の貝殻』は?」

「ちゃんとここに。気軽に世界を創造出来るとか便利ね、これ」


少女から少女に手渡された貝殻は白い煙を吐き出し、その僅かな煙だけを残してインベントリへと消えた。


ベルはずっと蜃気楼に包まれていたが、ラクール王国劇場の舞台上に動かずに座っていたのだ。

王城で会った際に綾を仲間にする設定を勝手に行い、プレイヤーと仲間キャラ以外は入れない結界を張った、その中に。

最強騎士の乱舞を、相手という最高の特等席から「凄いわね」とのんびり眺めていたり。


「所詮は実体のある蜃気楼だよ。味気無いし、命は作れない」


相手を無限回廊に閉じ込めることで護身用としても使えそうだが、ソラは気に入らないらしい。


「やっぱり世界は自然が一番だよ」

「これから壊れる世界が?」


「星で生まれ育った人間が壊すなら、それもまた自然の一部的な?」

「正しくはこの星の人間ではないけどね、貴方は」




二人はのんびり空の散歩を楽しみ、そして家へと帰っていった。

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